煙昇る所

ジャージー・デビル

プロローグ 

今年もこの時がやってきてしまった。信仰と人の為悪龍を討ったかの聖人を称える吉兆の日が、底知れぬ欲で身を穢す悪鬼を解き放してしまう忌まわしき呪いの日が。

奪わせはしない。家族も、居場所も、この生活も、すべて私の物だ。私たちが手にするべきものだ。地を這う貴様らが、天に近い我らから奪おう等と驕るな望むな。貴様らは皆、空を見上げず己が地のみに目を向けろ。

移動都市の外周、街の到着地点で積み荷を移動させる為に他の部位と比べ、幾段低く作られた積み上げ場から地上から上り詰めてくる農奴どもを見下ろす。年に一度、僅か2週間のみゆされた移動の自由を死に物狂いで行使し、上を目指すその様はまるで聖書に記された反逆者ルシファーが手を伸ばしてはならない物にその手を伸ばしているようだ。


「木偶どもが、俺達に近づくな!!」


奪われぬ為に領主に無許可で改造を施し、砦へと変貌した積み上げ場にて仲間とともに昇りあがってくる農奴どもを撃ち落としながら家族を思う。彼らあっての幸せ決して奴らに奪わせてなるものか。この瞬間を決して手放しはしない。軍から横流しされた型落ち品の銃に弾を込める度に決意を固める。だが俺達には圧倒的に経験と銃の数が足らず、群がる農奴どももの何割かは街の足を昇り、砦にいる俺達へと接近していた。


一人また一人と奴らに打ち殺され、殴り殺され、街から落とされゆっくりと我らの数を減らされる。食料難に陥り、未だに打開策がない都市である以上住民の数が減るのは喜ばしい事ではあるが仲間の死を喜ぶ気はしなかった。


反対に奴らは同じ農奴だろうと我ら都市民だろうと、死んだ時に歓喜とも憤怒とも取れぬ雄たけびを上げ勢いを増していく。悪鬼と人ではやはり考えかたがまるで違うようだ。


同じなのは形と材料の肉と骨だけでとても同じ生物とは思えない。人を殺すのは躊躇われるが、形が同じだけの悪鬼なら殺すのに躊躇は覚えなかった。

へたくそな射撃を運と回数で補おうとがむしゃらに引き金を引く。

それを繰り返していくと武器の使用にも慣れてきたのか意図的に農奴の急所に弾を当てられるようになりより確実に排除する事が可能になった。生き残る未来が見え始めた。

生き残れる、俺はこの地獄を生き残れる。これが終わればいつも見たいにススマミレで酒をひっかけそのまま家族の元に、日常に帰れる。

決意を新たに放たれた弾丸はただの防衛から能動的な殺意となり、最初の頃に比べ命中率そして殺傷能力においてより効率的になる。他の仲間たちも俺と同じく覚悟を新たにしたのか、はたまたただ単に慣れてしまっただけなのか、開戦直後に比べ目に見えて農奴たちに弾が命中している。

勝てる。確信がより固まり自然と胸が高揚する。じきにこの戦いも終わるだろう。

農奴どもめ、おとなしく鉱山だか農地だとかで惨めに消費されていれば少なくとも弾丸が肉に食い込む痛みなど知らずに済んだだろうに。農奴どもめ、叶わぬ夢など抱かねば後戻り出来ぬ死地に身を投じる事も無かっただろうに。

気付かぬうちに口をゆがませながら少し早く勝利の余韻に浸っていると事は起こった。

人が空を飛んでいたのだ。より正確に言うと血をまき散らしながら空中高く放り投げられていた。

驚愕にかられ眼下を見下ろし仲間を確認する。するとどうだ、栄養不足で小さい農家の中に黒い何かが混じっていた。その黒い何かは両手に機械を装備し、駆使し、駆けまわっている。その姿は小さく、黒く濁った色も合わさり、さながら蜘蛛の様だった。

あれがやったのだろうか、観察していると突然見失ってしまった。確か壁の裏に隠れていたはずだが言ったどこに消えた?軽くパニックに陥っている自覚を感じながら注意深く積み上げ場を観察する。……やはり居ない。


「うぐぅおぉぉ!!」

 

突如背中を襲った抉られているかのような痛みと上に引っ張られる感覚に必死にあらがう。分からない何が起きた?痛みが指し示す根源に目と体が引っ張られる。唾と不安と恐怖を吐き出しながら踏ん張るが背中が飛んでいく感覚に顎が震え歯を鳴らす。何がどうなっている?体が上に裂かれる。纏まらず、くるりくるりと回り続ける頭を上空を向け、……雲を見た。そして見た事を後悔した。


街を稼働させている時に発生する排気雲からなぜかクレーンに使うような長い鎖が垂れさがり、私の背中に向かって伸びていたのだ。

鎖が巻き戻されているのか引っ張る力がどんどん強くなっている。


誰だ、誰が私を殺すのだ、見つけ次第殺してやると黒い意思を決め縮んでいく鎖の先を睨みつける。下手人はやはりというか先ほどの蜘蛛だった。

その蜘蛛はやはり他の農夫に比べ一段小さく、なぜか熊の皮に袖を通し、それ以外の全身も炭で煤け黒くなっており、顔も熊の頭蓋に突っ込まれ、見る事が出来なかった。右手には私とつながった鎖が杜撰に巻かれ、左手には人の手に余る重たそうな蒸気器具が握られていた。


私が最後に見たのはそれだ。そして最後に聞いたのは、私の死と己の自由を望む狂人の叫びだった。


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