推し事

佐々木実桜

いらない

長年推してきた彼が、結婚した。


相手は最近よく見る若手女優。


近々朝ドラヒロインを務めることが決まったあの子。


同い年で、同じ高校だったそうだ。


若くして芸能界を志す子達が通っていた高校。


曰く、5年の付き合い。


曰く、お互いに一目惚れをした。


曰く、幾つもの壁を共に乗り越えてきた。



なにが、


なにが5年だ。


たかが5年。



私は、彼がデビューする前に路上ライブをしていた時から好きだった。


誰も立ち止まらないなか一人であまり上手くないギターを弾きながら歌う幼い顔した男の子を、私が一番最初に目に留めた。


今や彼は20代半ば、あれから何年経った?


それが、たった5年の女に。


ずっと、ずっと彼だけをみてきたのに。


路上で惹かれてから、欠かさず通った。


『君が俺のファン1号だ』


幸か不幸か無趣味だった私だったから、お小遣いは貯まっていた。


SNSで彼が路上に立つと載せたら通って、一番前で聴いていた。


『俺、結構大きな事務所にスカウトされたんだ!』


喜びを隠すことなく彼は私に報告した。


『路上ライブの頻度は少し減るかもしれないけど、また聴きに来てね』


細かい台詞まで覚えている。


そして彼は、芸能人が通うことで有名な学校に進学した。


『みんな凄いんだ、レベルが違うって感じ。でも俺頑張るよ!だから、これからも応援してね!』


頻度の減った路上ライブで彼は私に言った。


歌手志望だったはずの彼だが、路上ライブはなくなって、彼は同世代の子達と踊るようになった。


『事務所の意向で、アイドル路線にしてみないかって言われて、グループを組むことになったんだ。俺、踊れるかな』


困ったような笑顔で言う彼を励ましたのだって私だった。


高校卒業して、下積み時代を乗り越えて、やっとデビューできた時も。


ファンクラブ会員番号だって1桁台をとって、デビューイベントの握手会も、ちゃんと行った。


『一番最初に俺を見つけて、今まで一番応援してくれてありがとう、これからも頑張るから、みててね。』


それからずっと、ずっと、ずーっと応援してきたのに。




一目惚れ?


そうだね、私もそうだったよ、一目であなたを好きになった。


貴方の顔も声も自信ないって言ってた踊りも最近増えた演技もバラエティーでの天然発言も、


知れば知るほど好きになって、知れば知るほど沼にハマって、そして、抜け出せなくなった。


でもね、私分かるよ。


『幾つもの壁』の中に、『ファンの存在』があること。


金だけ出せばいいのに、貴方の私生活に口出してくるファンがだるいって、だいぶ前に流出した裏垢で言ってたもんね。


盲目だったからスルーしたけど、あれ、デマじゃなかったでしょ。


あーあ。


やだなあ。


私の生きがいが、なくなっちゃう。


応援したい気持ちはあるよ、ずっと好きだったんだもん。


でも、でもね、



宛先の決まってるラブソングなんていらないの。

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推し事 佐々木実桜 @mioh_0123

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