しゅうまつは、君とカレーを食べよう。

由希

しゅうまつは、君とカレーを食べよう。

「もし、人生最後の晩餐を選べるとしたら、何が食べたい?」


 目の前のカレー鍋を掻き混ぜながら、不意に幼馴染みのフユキが言った。


「少なくとも、このカレーじゃねえなぁ」


 それに対し、俺はグツグツと煮え立つカレーを眺めながら答える。


「失礼な、僕の自信作だぞ」

「冷蔵庫にあったもん片っ端からブチ込んだだけのカレーが自信作って、それでいいのかお前」

「僕にかかれば、どんな材料を使っても美味いカレーになるのさ」


 その自信はどこから来るんだ。俺は思わず嘆息する。

 フユキとはかれこれ十年以上の付き合いになるが、フユキがこの手の根拠のない自信を発揮した時は十中八九失敗する。それでも懲りないのだ、フユキという奴は。


「さ、出来たよ。召し上がれ」


 カセットコンロの火を止めて、フユキが別の鍋に炊いておいた白米を皿に盛り付け、その上に出来上がったカレーをかける。少なくとも匂いだけは、俺がよく知るカレーだ。


「……いただきます」


 覚悟を決め、カレーを受け取り一口すくう。瞬間、俺は絶句した。


「……なぁ」

「何だい?」

「何でカレーの中に、尻尾が付いたままの甘エビが入ってるんだ?」

「冷蔵庫にあったんだよ」

「ならせめて尻尾取れよ!」


 嫌な予感的中。こんな事なら、俺も一緒に冷蔵庫を確認すれば良かった。


「て言うか、これ生で入ってたんだろ? 腐ってねえよな?」

「匂いは嗅いだから大丈夫だよ。……多分」

「何一つ信用出来ねえんだけど!?」


 とりあえず腹は絶対壊したくないので、甘エビは皿の端によけて見なかった事にした。成仏しろよ、甘エビ。

 見ればフユキの方は、カレーに乗った甘エビを尻尾ごとバリバリ噛み砕いていた。……ああはなるまい。


 気を取り直して、二すくい目。今度は、めっちゃでかい何かの塊が白米を押し退けてスプーンの上に鎮座した。


「……何コレ。芋?」

「ああ、それ多分タケノコだね」

「タケノコ!? カレーにタケノコ!?」

「煮物用の真空パックが丸ごと残ってたんだよ」


 いや。いやまぁ甘エビに比べたらまだアリな部類ではあるが。

 にしたってせめてもうちょい細かく刻めよ。芋と違って煮崩れしないんだぞタケノコ。

 これは完全に役割分担を失敗した。フユキに料理を任せた三時間前の自分を殴ってやりたい。


「ナツミ、水」


 激しい後悔で胸を一杯にしていると、フユキが右手を出して水を要求してきた。俺は無言で傍らのミネラルウォーターのペットボトルを手に取り、フユキに手渡してやる。


「ありがと」


 フユキがペットボトルの中身を半分ほど飲み、黙って俺に返す。俺は返ってきたペットボトルをすぐに開け、残りを一気に飲み干した。


「……あ」

「どした?」

「間接チュー」

「は?」


 急に声を上げて、何を言い出すかと思えば。俺は本日何度目になるか解らない溜息を吐いた。


「……今更そんな事気にする間柄か? 俺達」

「何だい、反応が薄いね」

「じゃあお前は気にしてんのかよ」

「いや、言ってみただけ」

「だろうな」


 そんなやり取りをしつつ、カレーを食べ進めていく。カレーは具がおよそカレーのものでない以外は、普通に美味いカレーだった。


「うん。思ったより食えるな」

「当然だろ。君は僕がカレーもマトモに作れないと思ってたのかい?」

「割と」

「よし、その喧嘩買おうじゃないか」

「だが断る。……ん、ごっそさん」


 腕捲りの真似事をし出すフユキを尻目に、俺はカレーを食い終わった。そして不気味なほど静かな、窓から見える夜の闇を見つめる。

 かつてあれほど光に溢れていた夜の世界。今は人間が生まれる前と同じ、月と星だけを頼りにしなければならない世界。


 どうして、こんな事になってしまったのだろう。

 俺達はこれから、一体どうしていけばいいんだろう。


 始まりは、遠く離れたところにあるとしか知らない海の向こうの都市が突然封鎖された事だった。この時は、何だかゾンビもののゲームみたいだって皆笑ってた。

 だけど、封鎖地点まで突撃したネットの配信主の生放送の最中、目の前のバリケードが崩れて、全身が緑色に染まった化け物みたいな人間が溢れ出て……そこから先はあっという間だった。緑人間に襲われた奴もどんどん緑人間化して、やがて世界は緑人間で埋め尽くされた。

 日本は島国だから大丈夫だ、そう思った時期もあった。けれど奴らは疲れ知らずの体で海を泳ぎきり、日本もまた奴らの餌食になった。

 幸い噛み付かれさえしなければ、奴らの仲間にはならないらしい。俺もフユキも何度か奴らに引っ掛かれたが、この通り、まだマトモな人間のままだ。


「ご馳走様。さて、食器を片付けようか」


 どうやらフユキも食い終わったらしく、皿を持って立ち上がる。途端に見えた左足の、服の上から強引にグルグル巻いた血塗れの包帯は、見ているだけで痛々しい。


「なぁ」

「ん?」


 フユキの背中に、何気無く呼び掛ける。フユキは皿を乾いた流しの中に置くと、こっちを振り返った。


「お前が生きててくれて良かったわ」

「何だい、急に」

「いや、何と無く」

「おかしなナツミだね」

「おかしいのはお前だろ。こんな状況でも男のフリ止めないで」

「こんな状況だからこそ、最後まで自分らしく生きたいんだよ」


 フユキ。物心付いた時にはもう、男のように振る舞っていた俺の幼馴染み。

 単に男まさりなだけなのか、それとも心まで男なのか、俺は聞いた事がない。どっちでも、フユキはフユキだからだ。


「さて、んじゃ、腹ごしらえも終わったし、また次の潜伏先探すとしますか。夜の間に済ませとかないと、昼間じゃあいつらに丸見えで身動き取れなくなるし」

「またカセットコンロのある家だといいね」

「それな。せめてライフラインが生きてりゃな」

「この状況で生きてたらそれこそビックリだ」

「確かに」


 フユキと笑い合い、俺は金属バットを手に立ち上がる。やっぱり乱暴に包帯を巻いただけの右腕が、ズキリと痛んだ。

 だが、まだだ。まだ俺は、人間を止めてやらない。


「行こうぜ。最後の晩餐にはまだ早い」


 この世界で最後の人間になっても、フユキと二人、足掻き続けてやるさ。

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しゅうまつは、君とカレーを食べよう。 由希 @yukikairi

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