第14話 和解

あれから、お母さんとちゃんと話をした。


勉強のこと、将来のこと、早希とのこと、どれもこれも不安でどうしようもないこと。


お母さんはちゃんとずっと、私の話を遮ることなく、根気強く聞いてくれた。ただ自分が思っていることを話しただけで、ちょっとだけ、黒くて淀んだ何かが減った気がした。


そして言いたいことを言い終えると、「話してくれてありがとう」とギュッと抱きしめてくれた。お母さんの体温に、匂いに、また涙が溢れてくる。


(もっと早く、ちゃんと話せば良かった)


お母さんも、色々話してくれた。私のこと、仕事のこと、気になる人がいること。


私のことは何となくいつも言いたいことが言えていないとは思っていたけれど、下手に言って反抗されたらどうしよう、と思って言えなかったと言われた。


確かに、今までいつも言いたいことはあってもついお母さんの顔色をうかがって言葉を飲み込むことがよくあった。


でもそれはお互いに良くない、と言うことで、これからなるべく言いたいことは言い合おうということになった。


あと、仕事は楽しいけど私のこともあって、このままセーブし続けるか、それともフルで働こうか悩んでいたらしい。


お金のこともよくわかっていなかったけど、お父さんから貰える養育費と事故の慰謝料、そして保険料を使ったとしてもほとんど治療費や入院費でなくなってしまって生活は厳しいらしい。


それなら私は働く、とも言いかけたけど、お母さんからは高認試験をとにかく受けて受かること。まずはそこからだと言われた。


「どうして?」

「お給料が全然違うの。早く働き始めても、中卒と高卒じゃ生涯賃金が全然違うし、待遇も違う。だからとにかく高認試験には受かって、できれば資格も取ったほうがいいわ」

「だったら、最初からそう言ってくれればいいのに」

「私も頭の中がこんがらがってたの。麻衣は見た目はハタチだけど、中身は10才のままでしょう?どこまで理解できるかの判断ができなかったから」


だけど、今度からは色々きちんと話すわね、とお母さんが言うのに対して、私も10才のままの子供のような甘えているだけではいけないと、頷いた。


「ところで、気になっている人って誰?」

「そこはスルーしてくれてもいいのに」


そう言いつつも、仕事先の人でお母さんよりも2つ上で、奥さんとは既に離婚して独身という男性だと教えてくれる。


「ねぇ、写真ないの?」

「やけに食いつくわね」


人の恋路の話は面白い。例えそれがお母さんだとしても色々話を聞きたかった。


「ほら、この人」

「うーん、イケメン?ってより犬みたいな感じ?」

「どういう意味よ、それ」

「なんていうか、元気そうな人」

「確かに、元気ではあると思うけど……」


ちなみに、私のお気に入りの大きいぬいぐるみはその人が取ってくれたらしい。


「えー!じゃあ今度お礼するから連れてきてよー!」

「やだよー。恥ずかしい」

「えーーーー、いいじゃーん」

「ダーメ」

「ケチ」

「何だとーーー!」


なんとなくお母さんとの心の距離が近くなった気がする。今までお互いよそよそしかったのが嘘のように会話が弾んだ。


「あっちがオーケーしたらね」

「うん、楽しみにしてる」


それから、何でも手伝うようになった。いつも勉強優先だって言われてたけど、料理を覚えたいと言ったらお母さんは喜んでくれた。


お母さんは特別なもので、普通の人とは違ったものだと思っていたけど、私と同じようにつらいことはつらい。悲しいときは悲しい。怒るときは怒るのだ、と今更ながら実感した。


(当たり前のことなのに、私はお母さんにずっと甘えてた)


だから、少しでもお母さんの負担にはならないように、率先して手伝いをするようになった。お母さんは時々、私を心配して無理しなくていいのよ、と甘やかそうとするけど、それは私自身で突っぱねるようにした。


そうこうするうちに、お母さんもだんだんと積極的に私にお願いごとをするようになった。そのことがなんていうか誇らしいというか、成長したな、って自分でも実感できて嬉しくなる。


何気ないただの日常が、少しずつだけど、嫌なことだけじゃなくて楽しいことや嬉しいこともあることに気づく。


(あぁ、あのとき死ななくて良かった)

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