第13話 喧嘩

「麻衣!麻衣!!」


明るい光が眩しくて、目を細めながらゆっくりと目を開ける。そうしたら、視界いっぱいにお母さんの顔。お母さんは顔をぐちゃぐちゃにして、泣きながら私のことを覗き込んでいた。


「あぁ、麻衣……!良かった、良かった!!」

「お、……母さ、……ん?」


お母さんは顔を真っ赤にして目元は腫れて、化粧がズタボロでぐちゃぐちゃになっていた。


(あぁ、また泣かせてしまった)


そこでまたちょっぴり罪悪感を感じる。


(私、何で。ここ、病院……?)


ぼんやりとしていた思考がだんだんと戻ってくる。


そうだ、私は薬をいっぱい飲んで、それで、それで……


(あぁ、また死ねなかった)


ぼんやりとただ漠然とそんなことを思う。


自分のことなのに、どこか他人事のような感覚だった。


なんだかんだで私は死ねないらしい。


運がいいのか、はたまた悪いのか、神様も意地悪だ。


(こんなにつらくて苦しいのに、生きろ、だなんて)


「麻衣、もうお願いだからあんなことしないで……っ!」


お母さんが私に縋り付いて泣く。それを見て、悪いことをしたという気持ちと、どうしてお母さんは私を苦しめるの、という相容れない感情が心の中でせめぎ合っていた。


私は返す言葉がなく、ただ私に縋り付きながら泣き続けるお母さんを見てるしかできなかった。






あれからすぐ退院した。胃洗浄後、特に検査では問題がなかったとのことで、ほぼ放り出されるような退院だった。


今回ODをしたということで、一応心療内科を薦められたが、私は頑なに断った。


(……どうせ、今度死ねばいいんだし)


私は生きる気力を失くしていた。生きる意味が見出せなかった。勉強も、意義がなければ何をしてもつまらないだけだった。


(何のために、私はここにいるんだろう……?)


お母さんは私のことが心配だからと、ほとんど家にいる。どこに行くにしてもついて来ようとするので、それはそれでうざったかった。


今までなかった悪い感情、黒い思考ばかりが頭を占める。こんなこと考えるなんて悪いことだと思いながらも、そんないい子ちゃんでいたって、何もいいことなんかないとも思う。


「ねぇ、麻衣」

「なに」

「悩みがあるなら言ってね?」


濁った思考でぼんやりと考える。


(悩み)


悩みってなんだろう。


悩み、生きていること?そもそも生きてたら悩みがないわけがない。でも、それをお母さんがわからないの?自分の娘なのに?


何で何で何で何で……


「……ょ」

「何?何か言った?」

「あ……に、……ょ」

「え?」


だんだんと怒りが沸々湧いてくる。あの時のように。自分でも抑えの効かない感情が大きな音を立てて爆発する。


「悩み?あるに決まってるでしょう!?ないわけないじゃない!!10年よ、10年!!見た目も変わって、お父さんも、友達も、住む場所も、全部なくなって、そんな私に悩みがないと思った!?何でも私が素直に受け入れると思った!!?あり得ないでしょう!私は、私は何も悪くないのに、こんな仕打ち!!もう嫌なの、こんな生活も!生きていくのも!!!だから私は早く死にた……」


パンっ!


乾いた音が響くと共に、じんわりと頬から痛みが滲む。ソッと手を自分の頬に添える。ゆっくりと顔を上げると、お母さんが今まで見たこともないような恐い顔をしていた。


「死にたいですって?ふざけないでちょうだい!」

「何もふざけてなんかない!!もう私なんかいなくたっていいでしょ!これ以上生きているのはつらいの!!」

「つらいのは当たり前でしょ!私だってつらいわよ!!でも!それでも!生きていたらきっと、きっと、いいことがあるんだから!だから、ねぇ、お願いだから、死にたいなんて言わないでよ……。お願いだから、これ以上、もっと……つらい……っう、うぅ、ぅ……」


泣き崩れる母を見下ろすと、ぼたぼたと勝手に涙が溢れてくる。


(あぁ、私はバカだ)


勝手に大人になったつもりになって、勝手に1人で悩みを抱え込んで、みんな私よりも不幸ではないのだと決めつけていた。


(そうじゃなかった)


何で気づかなかったんだろう。いや、お母さんは私に気づかれないようにしてくれたんだ。


お母さんも今まで、つらくて苦しかったはずだ。


私がずっと入院してて、お父さんとも離婚して。たった1人で再婚もせずに、ただただ目を覚ますかどうかもわからない私が起きるのを信じて待っているなんて。当たり前だけど相当つらかったことだと思う。


(私ばっかりつらくて苦しいと思ってたけど、そうじゃなかった)


人の心は見えない。元気なように見えたお母さんだって、ただの人だったのだとそこで改めて実感した。


「うぅぅ、うわぁぁぁぁぁん!!」


私はそこで今までにないくらい大きな声で泣いた。それをお母さんはギュウウウウとキツくて苦しいくらい抱き締めながら、優しく背中をさすってくれた。

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