第8話 司書さん

「すみません」


声を掛けられてハッと顔を上げる。そこにはここの図書館のエプロンを着たお姉さんがいた。


「あ、ごめんなさい、集中していたのに。そろそろ閉館だから、それを伝えたくて」


ハッと慌てて腕時計を見たら、もう17時を過ぎていた。さっき見たときはまだ16時半だったのに、30分以上また集中していたらしい。


「あ、もうこんな時間。すみません、ありがとうございます。すぐに片付けます」

「いえ、慌てなくて大丈夫ですよ。ところで、最近よくいらっしゃいますよね?ここのところよく見かけるなぁって思ってて。というか、いつもお勉強してるみたいですけど、何の勉強しているんですか?」

「えぇっと、その……」


考えてみたら病院の人とお母さん以外の人と初めて話していることに気づいて、少しまごつく。すると、私の様子に気づいたのか、急にお姉さんがあたふたする。


「あ、ごめんなさい。急にこんなこと聞いたら不躾でしたよね。すみません」

「あ、いえ、そうじゃなくて。私、学校行けなかったので、今その分勉強しているんです」

「え!そうなんですか!それは凄いですね!!」

「河村さん!静かに!」

「あ、すいません!」


お姉さんは河村さんというらしい。他の司書さんに怒られて、ちょっとシュンとしている姿がちょっと可愛らしいと思ってしまった。多分、きっと私よりもちょっと年上だろうけど。


「ごめんなさい、急に大きな声を出してしまって」

「いいえ、大丈夫です」

「いつからのお勉強されてるんですか?」

「小学生からので……私、事故で10年寝たきりだったので」

「10年!!?」

「河村さん!!!!」

「すみませんすみません!」


まるでコントのようなやりとりに、思わず笑ってしまう。気づいたらほとんど私達と司書さんだけがいる状態だ。


「あ、ごめんなさい。引き留めてしまって」

「いえ、あんまり、お母……母と話す以外、他に話す人いなかったので嬉しかったです」

「そうですか?なら良かったんですけど、すみません。私よくこういうとこあって、距離感おかしいってよく怒られるんです。嫌だったら言ってくださいね。あ、ちなみに借りていくものってあります?」

「この参考書とかを借りていこうかと」

「あ、山川とか懐かしい。私もよくやってました。そうだ、もしよければですけど、お勉強するなら参考書いります?私、物持ち良くて、まだ家にあるんです」

「え、いいんですか?」

「えぇ、もちろん。ちょっと待っててください、まずはこの貸し出し手続きしてきますね」


そう言って私から貸し出しカードを受け取ると、河村さんは小走りでカウンターの方に行く。私も机の上の荷物をまとめると、追いかけるようにカウンターへ向かった。


「これ、まず返しますね。えぇ、と、この本が2週間後のこの日付が返却期限です」

「わかりました、ありがとうございます」

「私このあと閉館作業とかあるんで、もしよければですけど、明日は私仕事が休みなので、ちょっとお茶しませんか?……ってこの言い方だとナンパみたいですけど、そういうんじゃなくてですね……っ」

「ふふ、わかりました。ありがとうございます。どこで待ち合わせしましょうか?」

「あ、であれば連絡先教えますので、って個人情報ですよね。うーん、どうしようかな」

「あ、私は気にしないので」

「いえいえ、そんなわけには。あ、じゃあSNS!これで連絡取りましょう。嫌だったらブロックとかすぐできますし。では、私の連絡先書いておきますね」


そう言って適当な紙にサラサラと連絡先を書いていく河村さん。そこには、河村早希、と書かれていた。


「河村早希さんって言うんですね」

「あ、すみません、名乗らずに。はい、河村早希と言います」

「私は持田真衣です」

「はい。さっき先に貸し出しカードで見ちゃって実は知ってましたが、真衣さん、ではまたあとで連絡お待ちしてますね。あ、もし不安でしたら連絡なくても全然大丈夫なので」


そう言われてメモをもらう。それをカバンに入れ、借りた本を手提げに入れると彼女と手を振って「あとで連絡します」と言って別れる。


(なんだか不思議な人だったけど、悪い人じゃなさそう)


とりあえず帰ったらお母さんに聞いてみよう、と思いながら、私は少しだけほわほわした気持ちで帰路につくのだった。

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