25 赤い瞳の少年
「危ない危ない。普通であれば死ぬところでしたよ」
さながら自らが普通ではないかのような口振りで語る男に、彼らはただならぬ警戒心を示す。身を構え臨戦態勢に入ろうとするフラン。――だが。
小さく息をする間さえ与えられぬまま、彼女の腹部に刃渡り三十センチほどのそれが刺突する。一瞬たった。さながら無動作(ノーモーション)で突進したかのように、刺突前の動作の一切を置き去りにして。
「ぐはッ……ゥゥゥ……」
「フラン!!」
腹部に突き刺さるナイフを見下ろして、透かした面持ちのニールスを見上げて睨み付ける。男は相も変わらず嗤っていた。――彼女を滑稽だと馬鹿にするように。
「無様ですね、人間とはこうも脆く壊れやすい」
刺したナイフを無骨に抜く。裂傷の後が色濃く残る腹部を抑る。足元が覚束なくなりふらふらとしたまま、二三歩ほど後退るフラン。
腹部に裂傷負ってもなお、心の炎を絶やすことはない。戦う意志をその双眸に焼き付け強く男を睨む翠の瞳。
「その目……嫌いじゃないですよ……くくく」
見透かすように据え、嘲るように笑う男に掌を向け、無数の火焔の弾丸を放つ。メラメラと燃え上がる弾丸は敏捷にニールスへと迫る。
迫る火弾の猛威を俊敏な身のこなしで躱しながらフランへと走り寄り、飛び掛かる。
「遅い……です……」
跳躍した勢いのままに、火焔の少女の首筋をナイフで切り裂く。傷を付けられた首筋は血が吹き出していた。即座に傷口を手で抑える少女。だが腹部と首筋に傷を負い悲鳴を上げる身体に耐えられず膝を付き倒れる。
「な……にを……」
息を荒らげるフランを見下ろしナイフを振り上げる。
「やめろォォ!!」
両手に水流を纏わせながら跳躍するニヒトの猛攻をナイフを持っていない左手であっけなく弾くニールス。弾かれた衝撃で硬い地面に叩きつけられ倒れるニヒト。
「終わりにしましょう」
冷酷な双眸で振り上げたナイフが少女の胸に目掛けて振り下ろされていく。その刹那はとても長く感じられた。
――身体が言うことを聞かず身動きひとつとれない少女は迫る刃に死を待つのみだった。
そんな中――。
「ニヒト!! 」
翠の瞳の少女は、赤い瞳の少年の名前を叫ぶ。すると少女は少年へと顔を向ける。――少女は笑っていた。目に涙を溜めながらも、笑みを浮かべて少年を見据えていた。
「自分をことを否定しないで。――笑って生きてよ」
それが彼女の最期の言葉だった。心臓に突き立てられたナイフに少女の命は尽きた。口からは赤い色の液体が吐き出され、ナイフからもそれが垂れ流れる。
――ニヒトは泣き崩れた。機械である彼が悲しみなど、涙など流すはずもないのに。
「ヴィンクリードの命(めい)でしてね。貴方を捕まえるように、と」
絶望に打ち拉がれ崩れ落ちるニヒトは、気が付くと気を失っていた。
目が覚めたときには目前にあったのは強固な鉄柵と、冷えた床面だった。
◆◆◆◆◆◆
弧を描く炎がヴィンクリードを穿つ。男の全身は燃え盛る却炎に包まれ、メラメラと燃え上がる火焔は勢いを増していく。
――いや。でもコレだけじゃ……。
ニヒトには解っていた。例え何発の水流を、火焔を放とうと彼にダメージを与えることはあっても倒せることなどありはしないと。
勢いを増した焔を切り裂きニヒトへと一直線に迫るヴィンクリード。威勢は十分に強襲する彼だったが先刻の連撃でかなりの深傷を負っているのがわかる。刀を振り上げニヒトの目前まで跳躍し振り下ろすが、それを自らの鉄の二の腕で受け流すニヒト。
受け流されたヴィンクリードは即座に体制を立て直し俊敏に刃先を赤瞳の少年へと向ける。少年もまた男へと目掛け腕を振り上げる。
――コレが最期になるだろうな……それでも構わねェ。
心中で覚悟を決め上げた腕を振り下ろし、全てを込める少年。
刃を向け、少年の中央部を目掛け刺突する男。
互いの攻撃は、互いの身体を貫いた。ニヒトの胸のど真ん中を刃が貫き、同時にヴィンクリードの心臓をニヒトの鉄の腕が貫く。地面に滴り落ちる赤と青の血。予想外の攻撃とその痛みに呻きを上げるヴィンクリード。ニヒトもまた刺突する刃の痛みに顔をしかめていた。
「ぅ、ぅぅ……私の心臓を貫くか……だがこんなもので私が死ぬとでも?」
「これじゃテメェは死なねェ、そんなコトは解ってるさ――。だからァァ!!」
男の顔面を手持ち無沙汰な左手で鷲掴みにして、睨み面でありながらも口角を上げ笑ってみせるニヒト。
――自爆して死ぬなんて、考えもしなかった。
――周辺に突風を散らし、赤い瞳の少年は爆発した。ヴィンクリードの心臓を貫き一寸と距離を置かず放たれた命懸けの爆裂は男の全身を吹き飛ばすと同時に少年の全身を粉砕する。爆裂により起きた突風によりニヒトのちぎれた鉄の手足は胴体は無造作に吹き飛ばさる。少年の顔面のみが未だ仰向けで動けずにいるエリックの元へと転がる。
「お……おい! なんで……なんであんな無茶したんだよ !」
転がりこむ頭蓋へと叫ぶエリック。
「言ったのは……オマエだろ? やらなきゃいけない時だってあるって、それが……足掻くってことだって。だから、オレは……命を賭けた。――それだけだ」
「でも……でもそんなことしてお前が無事なはず――」
「そんなの……オレが一番解ってる」
四肢と胴体から切り離され、意識が遠のくのも時間の問題だ。明らか無事ではないのにそれでもニヒトは何処か嬉しそうに笑みを浮かべていた。
「オマエらと笑ったり……バカやったり。ここ数日、ずっとドタバタしてたっけな。そうしてる内に……思ったんだ。――オレはもう、自分を否定しなくても……いいんじゃないか、って」
言を紡ぎながら徐々に赤い瞳に涙を溜める少年。
「……ありがとう、造りモノのオレに『心』を……見いだしてくれて……」
鉄の頬を伝う涙。未だ痺れの伝う全身に力を振り絞り目先に転がるニヒトの頭蓋を両手で拾い上げる。
人工生命プロウム第六試験体、ニヒト・ラリアの機能は完全に停止した。――少年の鋼鉄の肌がいつもより冷えきっているように感じた。そんなはずはど、――ないのに。
――赤い瞳の少年は、笑みを浮かべてながら眼から雫を零す。
青い瞳の少年は、赤瞳の人工生命の最期を見届け、涙を流した。
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