22 やらなきゃいけない時

「――何が……目的なんだ……」


 震わした声音に、歪な面持ちで、憎しみに顔をしかめながら尋ねる。


「それをお前が知る必要などない」


 膝を崩し、地に付いたままで言うヴィンクリードの側面に、水の渦が振動と回転をすばやく往復させ、殴り込んだ。


 目先のシドに気を取られていた彼は、受け止める腕ひとつも伸ばさぬまま、その一撃は身体全体へと激突する。


 

 倒れ込むヴィンクリードに飛び掛かり、掌から水の柱を顕現させるニヒト。腹部に向け一直線に伸びる水柱を床に倒れ込んだまま転がり、辛うじて直撃は回避してみせた。しかし脇腹に擦ったらしく、少量の血が垂れ流れそれなりのダメージは蓄積されている。


 先刻被弾した銃弾の効力が弱まってきたのか、重々しい動作で何とか立ち上がる。


 二つの視線から憎悪を向けらるも、冷酷な双眸はそれにぴくりとも反応しない。――彼は忘れていた。壁際のもう一つの憎悪の視線を。


「よそ見してんじゃねぇよ!!」


 青いコートの少年が、両手を伸ばし、掌を向けていた。目先の憎悪である父に向けて。――向けられた掌には膨大なまでの雷撃が蓄積されていた――。蓄積された雷光は室内を席巻するほどの明滅を繰り返す。更には周辺の電磁波にまで干渉し、部屋の明かりさえをも消灯させた。


 エリックの叫びと共に二つの太い雷撃が放たれる。――矢の如く直進するそれはけたましい轟音と共に放たれた、室内の明滅はより一層強さを増す。


 ――三本の雷を束にして、一つの太い雷撃とする。それを両手で、しかも二つも発動させた。破壊力は十二分にもある。


 しかし、それ故かエリックの疲弊は半端ではなく――眉を顰め、歯を食い縛り、息を荒げる彼の姿からもその痛みを感じさせた。


 直進し、ヴィンクリードの腹部を貫通する二本の雷撃。それは彼のみならず明かりの落ちた室内にも影響が出ていた。


 地が揺れ、皹の入る床下。


 皹からはぴきぴきと音が上がる。



――皹が部屋の隅まで到達した時、一斉に床下が崩れ落ちた。



 その場の四人は、足を付ける地盤をなくし急速に落下していく。


 どうらや四人が落下したのは円柱の建造物の最下層のようだ。


 足元には先ほど崩れ落ちた床の残骸が霧散している。


 消えかけながらも辛うじて明かりを保っている電気によりどうにか周辺の様子が確認できる。


 落ちた先で、シドとニヒトが始めに立ち上がる。続けてエリックが呻きながらも力を振り絞り、立ち上がった。


「ッ――兄さん!!」


 左右の均衡も取れないまま立ち上がる兄を見ていられず弟が咄嗟に駆けつける。


「――シド……」


「馬鹿野郎!!」


 弟の口から飛び出した言葉は兄の思いもしないものだった。唐突に馬鹿野郎と言われ眉を上げるエリックにシドが涙ぐみながら言葉を紡ぐ。


「何であんな無茶な真似したんだよ! あんな無理やり憑依を使って兄さんだって無事なはずがない! 現に身体だってもうボロボロで――」


「……やらなきゃいけない――」


「え?」


「やらなきゃいけない時だってあるんだよ。――それが足掻くってことなんだよ」


 涙ぐむ弟の双眸を見据えた兄は、あえて笑ってみせた。ボロボロになって、傷を負って、苦しく、痛いのは彼自身なはずなのに。――それでも彼は笑ってみせた。


「大丈夫だ」


 そう言いながら、弟の頬を伝う涙を兄の暖かい手が拭う。――懐かしい。兄の手の感触を頬に受け弟はふと思った。



「――コレは……!?」



 周辺を見渡したじろぐニヒトの声に続き、アインヒューズ兄弟も反応し、目線を右往左往させる。


 そこで彼らは気がついた。円形の部屋の中で、囲うようにして彼らを据える幾つもの赤い視線を。


「――そいつらは……プロウムだ」


 先刻エリックの雷撃により深傷を負ったヴィンクリードが血反吐を吐きながら立ち上がり言い放つ。


 プロウム――。その単語にニヒトが驚愕と疑念の面持ちを見せる。


「嘘をつくな……! プロウムはアノ時、オマエ自信の手で――」


「こいつらは新しい人工生命、プロウム・ネオだ――。いいや、これを生命と呼べるのかは定かではないがな」


「プロウム・ネオ……」


「そうだ――。その試作品だ。だがお前達のような旧モデルとは違いこいつらは感情を持つことはない」


 彼らを囲う赤い視線は、姿かたちこそは人間と何ら変わりはなかったが、その表情からは感情の一切が消え無機質なままであった。


「侵入者の排除を開始します」


 赤い視線の中の一人が無機質な声音で発すると、それを合図として九つの無機質な表情が一斉に口角を上げ目元を細めていく。それは形容するなら笑顔と言うのが相応しいのだろう……が、そう形容するにはあまりに強ばり、不気味で、さながら威嚇にも似た笑みであった。


 九体の猛威に囲われる中、背中合わせになる三人。形成不利なこの状況にて各々の苦い顔は拭えない。


「相手は九人……対するこっちは三人か……どうする?」


 少し遠くにある階段を一瞥し、まだ脱出口があることを確認するニヒト。


「やるっきゃないでしょ。どうせ逃げても追ってくるんだろうし」


 シドが言うと、傍らのエリックも拳を構え目前を据える。――ため息混じりに笑いながら兄を見るシド。


「ここは僕達だけで何とかする――って言っても兄さんどうせ聞かないんでしょ」


「――あたり」


 弟の笑みに、兄もまた笑顔で返した。


「ちょっときついかもしれないけど、一人で三体倒せばどうにか切り抜ける――。いけるか?」


 背は向けたままで、二人に確認するエリック。


「オレは問題ないぜ」


「大丈夫だよ」


 二人の自信と誠意のこもった返答を引き金に、各々合わせていた背を離し、プロウム・ネオに強襲する。


 エリックはまず目前の一体の頭蓋に向け足を上げ弧を描くが身を翻される。すぐさま体勢を整え、身を屈め腹部目掛けて俊敏に肘打つ。――その一体は壁際まで吹き飛び、意識を失い倒れた。


 残るは二体。――だがエリックが意識を向けた時には既に二体共彼の両脇を挟むようにして直立していた。


 ちらりと両脇を見るエリック。不気味な笑みをつくっているふたつの顔に挟まれなんとも気味が悪い。


「気味が悪ぃ――」


 苦い面持ちから放たれたる一言が紡ぎ終わる前に、二体の足蹴がエリックの目前に迫る。

 咄嗟に反応し、高く上がるふたつの足を掴む。掴んだ足に雷撃を流し込み両脇の二体を気絶させた。


「よし、俺の分は終わりっ」


 手を叩きながら呟く。ただやはり先刻の超強力な雷撃による疲弊は残っており、眉根を寄せ、歯を食い縛る面持ちを見せる。


「やっぱりまだ回復しきってない所為か、無理に憑依を使うと余計痛むなぁ」


 蓄積された疲弊と痛覚が差し迫るのを感じ、エリックはぼやいた。



◆◆◆◆◆◆



 一方シドもプロウム・ネオと応戦中であった。視線の先に並ぶ笑みを浮かべる三体を狙い、射撃する。


 銃弾の効果により、三体の動きは格段に鈍るものと思えた。――が、しかし。


「こいつら……効いていないのか!?」


 迫るそれらから、距離を取りながら思考する。――自らの使う銃弾は筋力を低下させる銃弾だ。即ち、鉄塊を主成分とし筋肉などない彼らにはハナから効果がないのだ。それを思考している間にもプロウム・ネオとの間隔が狭まっていく。いち早く距離を詰めた左のプロウムからの正拳がシドの腹部を直進する。咄嗟に反応しガトリングを盾代わりにガードする。


 防御し、ガトリング越しだったとはいえ鉄塊で形成されたボディから繰り出されるパンチは相当な威力であり、シドは衝撃で身体が後方へと押し出される。


 少しでも距離が開いた隙に筋力低下弾と実弾の弾帯を素早く入れ換えるシド。途端――上方に威圧を感じ見上げると拳を振りかぶり飛び掛かる一体のプロウム・ネオの姿があった。


 唐突に現れたそれに驚愕し、ガトリングで横殴りに鉄塊をなぎ払う。――射撃こそしていないもののそこそこ吹き飛び、倒れ込むその一体を見て、ガトリングで物理攻撃もありだな、とふと思うシドであった。


 続く残りの二体とは、依然距離があったため足元を狙い射撃する。だが、銃弾の猛威を全て回避しシド目掛け強襲する二体。あっと言う間に距離を取られてしまう。


 一体のプロウム・ネオはシドに真っ正面から突っ込み殴りかかる。もう一体は膝を曲げ、飛び上がる。正面の一体の猛威を防ぐのが精一杯でもう一体が跳躍し、今まさにシドの真上で振り上げた踵を頭蓋目掛けて振り下ろそうとしていることに、直前まで気がつかなかった。


 頭上を被う影により、ようやく跳躍した二体目の存在に気がつく。今手を離してしまえばどちらにせよ攻撃が直撃してしまう四方八方塞がりな境地にて打つ術を思い付かず眉根を顰めるシド。


 ――ッ……どうすれば。


 瞬間――影がシドの頭上から突如として消え去った。と言うよりは影が何者かの抗力で『飛ばされた』と表現する方が適切かもしれない。


「え?」


 影が飛ばされた方向を一瞥すると、先刻影となっていたプロウム・ネオをエリックが押さえていた。


「兄さん!」


「俺は大丈夫だ! 目の前のやつに集中しろ!」


 こくりと頷き、再び正面を向く。――依然攻め掛かる敵の猛威に身を沈めて、鳩尾に銃身を当て、引き金に手をやる。


 ――ここで引き金を引いてたら、こいつは『死ぬ』のかな……。


 よぎった情けの思考が、シドの脳裏を一閃する。相手は人の形をしたただの機械だ。こけおどしなはずだ。死ぬはずなんてない。でも――それを言ってしまえばニヒトだって機械だ。だったら彼らにも『心』があるのかもしれない。――だから。


 引き金にかけた指をほどき、鳩尾を銃口で叩きつけ気絶させるのみに留めた。


 もう一体を押さえていたエリックが駆け寄ってくる。


「倒したか?」


「うん、なんとかね。……ねえ兄さ――」


 うつむきながら尋ねようとしたシドの声音と共にニヒトの身体が兄弟の方向へ、背を向け吹き飛んでくるのが二人の視線に移る。


「ニヒト!」


 眉根を顰め、手を伸ばし床すれすれに吹き飛ぶニヒトの背を押さえたエリック。先刻よりもニヒトの傷は増え、それこそ鼻背のみならず腕部や腹部からも青い血が垂れながれていた。


「どうした! 何があったんだ!」


 エリックが訪ね、ニヒトが苦しげな面持ちで口を動かすよりも先に、ニヒトを吹き飛ばし深傷を追わせた張本人が目の前に重々しい足取りで歩み寄った。


「ヴィンクリード……」


 右手でニヒトの背を、左手で足を持ち上げながら、彼は目前の父に対し『友』を傷つけられた怒りを、自らの表情に宿した。

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