21 無謀な覚悟
依然、壁に叩きつけられたままで動けずじまいのエリック。雷撃を纏わせた足蹴のせいで身体が麻痺している。全身が痺れて身動きが取れない。
エリックが動けない間にも、ヴィンクリードは一歩一歩、重々しい足取りでエリックの方へと近づいてくる。足音が響く。不敵な笑みを浮かべたままで足を進める彼の背に、水流が斬りかかる。
「お前は――」
間一髪の所で水流を回避し、水流の発生源である黒いコートの少年を見据える。彼は少年が誰であるか、覆われた漆黒の上からでも薄々感づいてはいた。
「忘れたワケじゃないだろ? ヴィンクリード」
深く被っていたフードを取り、白髪と赤瞳を露にするニヒト。その顔を見るや否や意外そうな顔をしながらも口元に笑みを浮かべる。
「人工生命プロウム第六試験体――。お前まで来るとはな」
「……その呼び名で呼ぶんじゃねェ!」
長年募らせたヴィンクリードへの怒りと報復の念に顔をしかめながら叫ぶ。天井に向いた両手の掌から二つの水の渦を顕現させる。二つの渦は俊敏さと力強さを持ってヴィンクリードの真上へと降り注いだ。――はずだった。
ところが、渦は一向に地に落ちる素振りを見せない。それもそうだ。
――二つの渦はヴィンクリードによって受け止められていた。軽々と、それも片手で、涼しげな表情さえ浮かべながら。
「そういや、今は『ニヒト』とか名乗ってるんだったな」
依然、余裕そうな面持ちのままで口を開く。片手で受け止めていた二つの水渦をつかみ取り、軽々しくニヒトへと投げつける。
投擲された水渦は風を切り、瞬きひとつ許さぬ速度でニヒトの鼻っ面を直撃する。
衝撃で吹き飛び、床を二転三転と転がり倒れる。四転しかけた所で掌で床を押さえつけ立ち上がる。息を荒げ、ボロボロに傷ついた全身。――鼻背から青い血が垂れ流れている。
彼のヴィンクリードを据える瞳には一切のくもりはなかった。
「そこまで無様に傷ついて尚立ち上がるか――。あの時のように……仲間を見殺しにして逃げたあの時みたいに……逃げればいいじゃあないか? 今だって本当は恐怖という感情で張り裂けそうなのだろう? ――臆病者」
彼の言葉に、かつて自らが見殺しにしたプロウム達を思い出す。――きっと彼らが生きていれば罵られ嘲られるかもしれない。そんな憶測が頭をよぎる。
――ここで退けばアノ時と変わらない、ナニも。だけど……
「そうだよ! 臆病者だよ! 自分可愛さに仲間を見捨てた。――だから、もう退かない、仲間と呼べたコイツらを見殺しににはしない。――たとえオレの命、ここで朽ち果てることになったとしてもなァ!!」
憎悪を見据えた瞳は濁ることを知らない、死をも恐怖ともしないそれからは無謀ささえも連想させる。――その愚直な心のままで叫んだ。
「あくまでも模造品のお前が……『仲間』だのと『命』だのと。聞いて呆れる」
ため息をつき、自らの手で造り上げた人工生命を冷たさを宿した目線で据える。
右手に雷を纏わせ、拳を握りしめ、飛び掛かるヴィンクリード、その目前に幾数もの銃弾が迫る。
空中で身を翻し、銃弾の猛威を回避するが、足元に二発ほど銃弾がめり込み、空中にあった身体がすとんと崩れ落ちた。
撃たれたはずの足元に極端に力が入らなくなり、ヴィンクリードは左右の足元を一瞥する。――出血もしていなければ弾が貫通しておらず普通の銃弾ではないことは明確であった。
「ヴィンクリード――お前は……」
動けないままで、彼は自らの名を呼ぶ声の方へと視線を移す。伸びきっていない背丈にガトリングを持つ少年の姿が視界に移る。
――普段は優しい少年の目は、憎悪を眼前に、眉をひそめ睨み付けていた。
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