20 憎悪との再会

 エレベーターが三人を乗せ、降下する。緩やかに開いた扉から足を踏み出す。


 目前に移るは、左右に鉄柵が備わった橋。――その下にはマグマが敷き詰められ、「落ちたら絶対溶け死ぬだろうな」と恐怖し悪寒を感じる三人。


 橋を渡りながら、鉄柵越しにまじまじとマグマを双眸に焼き付ける。見れば見るほど悪趣味に感じられるそれにエリックが顔をしかめる。


 橋を一直線に進むと、円柱の建物が橋の先に聳えていた。エリックが緩やかに扉を開け建物の中へと足を踏み入れると二人もそれに続いた。


 部屋には明かりひとつ灯っておらず、暗晦に視界を右往左往させる三人。だが暗がりではやはり眼に移るものは何もない。



「――シニ――タク―――ナイ――」



 ただ一言、暗晦の中に木霊する。懇願するように、咽び泣くように。――唐突に耳を伝う声音に眉を上げる三人。


 シドとニヒトは、その声に既視感を抱いていた。プリティヴィーが造り出した土巨躯ゴーレムが涙を浮かべながら発していた声に似通っていたのだ。


「なあシド、この声……」


「うん……間違いない」


 あの時土巨躯ゴーレムと対峙していた二人は確信していた。この声が土巨躯ゴーレムから発されたものと『同じ』であることが。


「お前ら……この声のこと何か解るのか?」


 彼らの呟きに疑問を抱いたエリックが二人に尋ねる。


「オレ達が戦った土巨躯ゴーレムも似たような声を発してたんだ。――もしかするとコイツらは」


 紡がれかけたニヒトの言をとめるようにエリックが「なるほど」と呟き、更に続けて十二核ダースコアが物質に魂を憑依させた存在であることを告げる。


 ――すると、シドもニヒトも驚愕に眉を上げる。『物質に魂が憑依するなんてありえない』と言わんとしていたその面持ちのままでシドが、


「でも、そのことと土巨躯ゴーレムとなんの関係が……」


「もしかしたら――その土巨躯ゴーレムも、誰かの魂を憑依させた存在じゃないかっ、てな。……それから」


 そこで言葉を一旦止める。眉をひそめ緩やかに息を吸う。


「今聞こえた声も、誰かの魂なんじゃないかって。――あくまでも憶測だけどな」


 魂が独りでに自我を持ち、ましてや言葉を発するなどありえないことは、それを言っているエリックも心中で感じていた。


「タス――ケテ――」


「イヤダ――」


「クルシ――イ――」


 幾数もの声が暗がりに反響する。苦しみを纏わせたその声と共に暗晦の中に唐突に明かりが灯る。目前に移る光景に言葉さえも失う三人。


 皮膚が剥がれ落ち、所々骨がちらつく。両手両足を縛られた人の形のそれが、左右の壁に幾つも並べられ、吊るされていた。


 人の形相をしたそれは、もはや人と言うには朽ち果て、生命と呼ぶにも生気を感じられない。ただ苦しみを含んだ呻きや嘆きを発し、時に命乞いじみた言を発するのみである。


 不気味さと、気味悪さと、残酷さに顔をしかめる彼らに、


「やはり来たか……大きくなったな。息子達」


 一つの声が割って入り、空気を席巻する。彼らが一斉に声の方向に目線を向ける。


「ッ――! ――お前、やっぱりいたか、ここに――」


 声の主の姿を双眸に宿し、真っ先に声を上げるエリック。眉をひそめぎらついた瞳で目前の声の主を見据える。――声の主、ヴィンクリードは口元に不敵な笑みを浮かべて見せる。久々に目に移るエリックが羽織っていた青いコートと革靴に目線を向ける。


「そのコートに革靴……エマのだな」


 エマ。――エリックとシドもにとっても久々に耳にする母の名だ。慈愛に満ちた母だった。――だが、惨たらしく醜い彼が、今、目の前で、その名を軽々しく口にした。その怒りが腹の底から沸き上がり、ぎらつかせた双眸を更に強ばらせヴィンクリードを睨み付ける。――憎悪からか、無意識に奥歯を強く噛みしめていた。


「お前が――お前が母さんの名を口にすんじゃねぇ!!」


 声を上げ叫ぶエリック。しかしヴィンクリードは笑みを浮かべたままの面持ちだ。残酷ささえ感じられるほどに。


「久々の再会だというのに、随分疎まれたものだな。私は」


「当たり前だろ――。三年前、自分が何をしたか忘れたなんて――いわねぇ、よな!!」


 張り裂けそうな憎悪で怒号を上げ、雷を纏わせた両手でエリックは無謀に彼へと突進する。


 突き出した拳は、翻した身体にさらりとかわされる。翻した方向に裏拳を振りかざすもそれもまた回避されてしまう。


 幾度と拳を突き出し、目の前の憎悪をぶん殴ろうともするが空を切るばかりで掠りもしない。


 自分より高い背丈であるのにも関わらず俊敏な身のこなしにますます腹を立てるエリック。


 繰り返す攻撃に、動きが粗くなったエリックの開いた脇腹に、


「エリック、まだまだ未熟だな」


 足蹴を直撃させる。痛みに脇腹を抑え、衝撃でふき飛び壁に叩きつけられるエリック。


「――い……てぇ……――」


 脇腹の異常なまでの痛みに、目をすがめながらヴィンクリードの姿を目を移した。


 ――やっぱりな。


 異常なまでの、痺れるような痛みの正体。――彼を蹴り飛ばした足に雷撃を纏わせていた。


 ――そういややつも、雷の憑依使い……だったな。


 唐突に脳裏に浮かび上がる小さかった頃の記憶の断片。


◆◆◆◆◆◆


 弱虫だったエリックは、小さな怪我をする度に泣きわめき、それを堪える術さえ知らなかった。


「いたい……いたいよお」


 泣きっ面のまま背の高い父を抱きしめる小さなエリック。腹部にぎゅっとくっついた小さな彼を穏やかな笑みで見つめる父。


「ははは。泣きっ面見せるなよエリック、男だろう?」


「うう……だけど……」


 見上げる泣きっ面の頭を撫でてみせた。


「でも俺にはわかる。お前も、シドも。強い子になるんだってな――だからな、エリック」


 小さなエリックを見据え、真剣な面持ちで緩やかに口を開く。


「孤独じゃなくて孤高になれ」


「え? こどく? ここう?」


 エリックは首を傾げた。孤独も孤高も、まだ小さな彼には理解し難いものであった。


「ええと……要するに……『誰よりも強くなれ』ってことだ」


 頭を掻きながら、諭すように父は息子に言った。

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