19 ヨルテナ廃工場

 リテロが彼らに告げた場所、即ちヴィンクリードの手掛かりとは、隣街のリスカルにある今は使われていない廃工場であった。


 そこは以前、ヨルテナ生産工場と呼ばれており、軍部に依頼された武具の生産を行っていた工場である。と表向きはなんら問題のない肩書きなのだがリテロ曰く『何か匂う』とのこと。


 だがリスカルに足を踏み入れた三人は、唖然としていた。


 工場の先に工場が列なり、またその先にも同じようにそれが延々と繰り返されている。金属や鉄の類のものを打撃する音や高々しい機械音が鳴り響くこの地帯にて、飲食店やその他の娯楽施設は数えるほどしかない。――ここリスカルはエルピア随一の工業地帯であり、この国のほぼ全ての木材や機械類がここで開発されているといっても過言ではない。


 バンダナを付けたむさくるしい男達が大きめな荷物を担ぎながら行き交うのは見ているだけで暑苦しくなりそうだった。


 密集する活気付いた工場の数々から少し離れた人気も活気もない場所の端にぽつりと、音のひとつもしない廃工場が佇んでいた。

 

「ここか、アイツが言ってた『ヨルテナ工場』ってのは」


 エリックの声に合わせシドとニヒトも顔を見上げる。


 幾数ものパイプで覆われ、その背丈はこの街の他の工場よりひとまわり高く聳えている。街の他の工場は大した外壁もなくある程度筒抜けであるのに対し、この廃工場には窓のひとつもなく、鉄の外壁に覆われている。

 外の空気を取り入れているのはせいぜい通気口くらいだろう。


 周りの工場と不釣り合いなそれは冷徹ささえ感じられる。


 リテロから貰った鍵を懐から取り出し、冷たさの漂う扉を開ける動作を取っていたエリックだが、開き書けた扉を一旦止め、


「ニヒト……お前はどうする。この先お前の仲間達を殺したヤツがいるかもしれない。その……退くなら――」


「退けるかよ。ヴィンクリードとの落とし前、いつかはちゃんとつけとかなきゃいけないんだし。それに……今ここで退いたら『アノ時』と同じになっちまう」


 エリックはニヒトを真顔で見据え、覚悟を問うた。――彼の意思に揺らぎなどは一滴もありはしなかった。ニヒトの据わった双眸から見受けられる覚悟を受け入れ、自らもまた腹をくくるエリックであった。




 工場内部に足を踏み入れる三人。外部から感じられた冷たさ通り低温で冷えきっている。「寒いなぁ」とかぼやつきながら三人は足を進める。


「いや待て」


 咄嗟にエリックが声を上げる。人の声ひとつしない内部にて声音がよく響く。――だがそれ以外、可笑しい点があることに三人とも気がついていた。


「電気の消し忘れ……なんてマヌケたことじゃあないことは確かだ――つまりここには」


 薄明かるく照らされる工場内にてニヒトが答える。廃工場で電気を消し忘れたなんて確かにあり得ない。ならば残る可能性はひとつ。――ここにヴィンクリードがいる。という答えだ。


 彼がこの工場内の何処かにいる。それを言葉ないままに理解した三人は、息を呑み身構える。改めて冷えきった室内に目を移す。


 だだっ広い室内は一直線に伸び、左右にはかつて武具などを生産していたと思わしき幾数もの機械が立ち並んでいる。


「ここで銃とか剣とかを造ってたのかぁ」


 高い天井、広い部屋に目線を右往左往させ感慨にふけるシド。


 機械の並立する道を暫く歩く。すると、道の脇に地下へと続く階段がぽつりと下へと伸びていた。


「絶対なんかあるな、あれ」


 根拠はないが、エリックの直感は階段の下から伝う異様な感覚を汲み取っていた。――彼のみならずその場の三人の全員がそれを感じていた。


 顔を強ばらせ、警戒しつつ地下へと続く階段へと三人は緩やかに足を進める。階段を一段一段、踏みしめ、足音を一音一音、響かせながら。


 そこは先刻よりは狭めの部屋だった。――がらんどうが広がる空間にて並立するエレベーターが二つ。この先に待つものはいささか穏やかではないだろう。だがそんなもの承知の上でここまできたのだ。


 ボタンを押すと、さながら彼らを歓迎するかのように開くエレベーター。彼らはそれに入っていった。――地下よりも更に深いところへと、悠然としたまま無機質なそれに運ばれていく。


 それが必ずしも幸福に繋がる方舟ではないと知りながらも。

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