18 父の手掛かり
「愉しい子だったわ。エリックちゃん」
妖艶さを纏わせた女、即ちプリティヴィーが緩やかに口角を上げ笑う。彼女の笑みは何処か儚げで慈愛に似たものさえ感じられた。――それは似たものなだけであって『今の』彼女は心からそれを理解するには至らなかった。
彼女の心中は定まっていた。
――その証拠に、
◆◆◆◆◆◆
『使命を完遂せよ。
地点プリティヴィーと彼女により創造された
「なんだろうね……これ」
「『使命』とか書いてあるから、
「サッパリ解んね 、そもそもオレも
紙切れを手に持つエリックを真ん中にして並ぶ二つの顔が首を傾げるなか、ふと紙切れを裏返すエリックが「これは?」と呟くように声を上げる。
「なんかあったか!」
「なにかあったの?」
その声に反応して同時に紙切れに顔を覗かせるシドとニヒト。裏返された紙切れには暗号のような、文字とも記号とも付かない何かが渦巻きのように連なって記されていた。
「兄さんなにこれ?」
「多分だけど……古代文字とかの類いじゃないか? ――図書館に行って調べてみるか」
エルピア随一のナディア図書館でなら古代文字に関連する文献もあるのでは? と睨んだエリックはシドとニヒトを連れ図書館へと足を運ぼうとしたが。
シドはともかくニヒトはまずい。まず地下牢から連れ出した時以来ずっと白黒ボーダー服なのも問題ではあるのだが、彼の顔は街の至るところに手配書として掲示されている。このままニヒトを連れ出せば非常に危険だ。
――そこでエリックはなけなしの貯蓄を崩し正体が隠せそうなフードの付いた黒革のコートを購入し、彼に着用させた。
深くフードを被った中から伸びた白髪と赤い瞳がちらつき、全身を漆黒で包まれ、それっぽい雰囲気を醸し出していた。
「なんていうか、ちょっとハデじゃねえか? もちっと質素なのはなかったのかよ」
「俺はいいと思うんだけどなぁ」
ニヒトとエリック。二人の趣向の違いはあるもののこの服装を受け入れた。
◆◆◆◆◆
ナディア図書館へと足を踏み入れる三人。前に来た時にもそうであったが、相も変わらず広々とし、見渡す限りに本棚が連なる。そしてルーデリアの人のみならず国内の数多くの人がこの図書館を利用している。
その中でエリックは『歴史・古文』にカテゴライズされた本棚の辺りで紙の裏の古代文字らしきものと照合させながらそれと似たものを探していた。
とはいっても国内有数の大図書館なだけあって、文献を探すのは一苦労だ。横歩きで立ったりしゃがんだりしながら目を凝らす。と、それらしき文字が本の背に書かれた書物を見つける。
――これ……か?
ふと手に取った『持出禁止』と書かれた書物。表紙に記された文字とも記号とも付かない何か。ペラペラとページを捲ってもそれが淡々と綴られているばかりである。
――これだ! 裏紙の文字とよく似てる!
シドとニヒトが待っている席へと戻り腰掛ける。
さっそく本を捲り、紙切れの文字らしきものと照合させるわ、
――やっぱりな。
眉を上げ、確信する。
何ヵ所か紙切れと同じ字体のものが横書きで書物には記されていた。どうやら紙切れに書かれていたのは古代文字ということで間違いなさそうだ。
「兄さん、なにか解った?」
シドが横から顔を覗かせ、兄の顔を一瞥する。
「ああ。さっきの予想通りこれは古代文字だ。――でも、なんて書いてるかまでは解らない……それさえ解ればなぁ」
行き詰まり苦い顔をし頭を掻く彼の後ろから二つの足音が聞こえる。振り向くとそこにはリテロとデリーが何冊か本を抱えながら立っていた。
「久しいな、お主達」
「おう、ここで会うとは偶然だな。エリックにシド」
「お、今日は名前間違えなかったな。リテロさん」
とさりげない挨拶を交わすと黒ずくめのニヒトを一瞥するリテロ。――まさかバレたか。……息を呑む三人に彼が口を開く。
「そこの黒コートはお友達か?」
「そそ……そうだ! こいつはぁ……友達だ……な!」
あたふたしながら共感を求められたニヒトも咄嗟に慌てながら頷いた。
「そうか友達か。――ん? それは……カタカムナ文字じゃないか! よくそんな難しいもの言語のものを読んでいるな」
エリックの読んでいた古代文字で埋め尽くされた書物に視線を移し、感心するように眉を上げ頷くリテロ。
「もしかしてだけど……読めたりするか?」
微かな期待を込めながら彼を一瞥するエリック。
「随分と期待の眼差しで私を見ているとこ悪いのだが……これは読めないな。これは数ある古代文字の中でも特に難解でな。しかしどうしてカタカムナ文字なんてものを調べているんだ?」
「実は……」と言を発し謎の文字の書かれた紙をリテロに見せと、彼は目を丸くして、「なんだこれは?」と何処かおかしな点があるかのように呟く。
「どうした? 何か変か?」
「いや……。――これは!?」
渦巻きをつくるようにして連なった文字を見据えるや否や、唐突に眉をひそめ表情を険しげなものへと変化させる。貼り詰めた声色を挙げるリテロに一同ぴくりとする。
「何故お前がこれを持っているのだ……エリック・アインヒューズ」
彼の面持ちは依然、重苦しいままでその双眸をエリックに向ける。
「落としてったんだよ、
「
想像以上、それどころか想像もしていなかったほどに驚愕の念を声に纏わせる。エリックに向けられたリテロの視線が尚更険しくなる。
当惑する彼にエリックは先刻に起きたマヤマ山での騒動の一部始終を説明した。
「なるほど……
顔を俯かせ思考するリテロに、シドが質問をする。
「リテロさんは、
「ああ、多少な。――まあ色々あってな」
伏し目がちでそう呟き、更に言葉を続ける。
「それからこの紙は、
リテロの話を聞いていたエリックにひとつの疑問が浮かび上がる。
「なあ、どうしてそんなに色々と知ってるんだ?」
「……私もかつて
本人は真剣な面持ちで言うのだが、聞いている側としては涅色の軍服を着た彼がそれを口にするなんて大いに矛盾している。
「軍や国の人間に話すな、って。リテロさんだって軍人じゃないか」
「いいや、と・に・か・く・だ。何があっても言うんじゃないぞ!」
「解った、黙っておく。――だがそのかわり」
念を押すリテロをじっと見据え、怪しげな笑みを浮かべるエリック。傍ら「悪そうな顔だ」と心中で呟くシドと黒ずくめのニヒト。
「こないだ言ってたヴィンクリードの手掛かりとやらをよこしな」
予想外の返答に面食らうリテロ。頭を抱えため息をした後、苦い顔をして、ため息を地に落とす。
「仕方ない」と呟くと、緩やかに口を開いた。
「私の予想が正しければ……『あそこ』にヤツはいる」
リテロは告げた。隣街のリスカルの廃工場に、ヴィンクリードがいる。――そうでなくとも何かしらの痕跡がある可能性が高い、と。
廃工場の鍵を彼らに渡すと、リテロは急いでいるかのように咄嗟に身を翻しデリーと共にその場を去っていった。
◆◆◆◆◆◆
エリックらの席から去った後、デリーはリテロを一瞥し、心そとも不安とも取れる視線を送る。
「リテロ。お主……大丈夫なのか?」
「? 何がだ?」
「――近頃やけに急いているようだが……まさか」
デリーの言はそこで止まる。出なかった言葉が喉から口へと上手く流れ込んでくれなかった。
「『黒い手』のこともそうだが、あのエリックが
淡々と本を広げ、調査とやらに入るリテロであったが傍らのデリーはリテロへ向けた心配と不安の視線をほどけずにいた。
――リテロ……死に急ぐな……とはいっても、どうにもならないことくらい解ってはいるのだが。
胸中、デリーが呟いた。
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