17 愛とは何か

 ――土巨躯ゴーレムは僕達で引き付ける兄さんはあの女を頼む。


 エリックはシドの双眸で訴える意を理解し、エリックはプリティヴィー目掛けて走る。


 さっきので、猪突猛進かつ無防備に攻めかかってもどうせま足元を泥水ですくわれるのは確実だった。ならばどうするべきか……身体的にも怪我が完治しきっていないため不利にならざるを得ないこの状況で。

  

 短い沈黙の末、思考した。


「ねぇエリックちゃん。さっさみたいに攻めてこないのぉ?」


 ゆるりと出した舌で唇を舐めながら、ねちっこい声音であからさまな挑発をするプリティヴィー。だがそれに乗るほど浅はかではない。――だが敢えて一直線に突っ込んでいく。


 その様を見て滑稽なものでも見るように嘲笑を口元に含める女が再び彼の足元を泥水に変化させようとする。エリックはその一瞬を待っていた。


 先刻、足を取られた時にも薄々気がついてはいたが地面が泥水に変化する瞬間。ほんの一瞬だけ地面が微量に揺れ動くのだ。


 ――そして憑依使いは、同時に技を発生させることは出来ない。


 微かな揺れを足裏に感じ、それに合わせて足からの雷撃の反動で空を舞う。


 ――痛ぇ!

 

 未だ癒えぬ傷を抱えたままの両足を酷使した跳躍。ただでさえ無理をして動かしているそれらに押さえつけられるような痛みが迸る。それでも歯を食い縛り、「痛みは二の次だ」と心中言い聞かせ痛覚を意識から遠ざけようとしていた。


 先刻、エリックが足を付けていた地面が泥水化していく。つまり彼女はそこに意識を集中させているということ。憑依使いの技の同時発動はおおよそ不可能。

 


 空中に佇むその身を翻し、プリティヴィーの頭蓋に足蹴をお見舞いする。この状況では憑依使いは回避手段を持たない。


 だが、振りかざした足か空を切る。――見ると女の顔面、即ち首から上は文字通り『なくなっていた』のだ。


「――なっ……」


 予想だにしない事態に思わず音が溢れるエリック。脳内の整理がつかず目前のそれを飲み込めないまま足を地に降ろす。



 ――さっきも思ったけどあれは……憑依なんかじゃない……。



 先程の液化も然り。顔面を消し去ることも然り。自らの身体の一部を『なくす』ことなど憑依ではなし得ない。……しかし同時に女が普通の人間ではないこともハッキリした。


「んふ、驚いてる。無理もないわぁ。だってわたし――人間じゃあないもの」


 なくなっていた首から上に土の塊を浮かび上がらせ、瞬く間に人の顔が再形成される。エリックには女の言の意味がいまいち解らなかった。


「人間じゃない……じゃあその姿はなんだよ。皮膚があって目があって手足もある。どう見たって人間じゃねえか!」


「でも君はわたしが『おかしい』ことには気がついた。――そうでしょ?」


 さながら心を見透かすように据える彼女の双眸に、的を射る言葉にぐうの音も出ないエリックは惑う口元を濁らせながら、


「じゃ、じゃあアンタは何者なんだよ」


「土『そのもの』、よ」


 唖然とした。なんだよ土そのものって。一向に理解が追い付かない。


「はぁ? だいいち人の形をしたものが土なわけ――」


「『愚者は皆、見えている殻にのみ囚われ、内にある真実を理解しようとはしない。故に愚者なのだ。故に本質を見定めよ』」


 何かの一文、それとも誰かの言葉であろう。それを引用し語る女。脈拍のないそれにまたも惑うエリック。


「ええい、まどろっこしいのはなしだ! もう一度、単刀直入に聞く。アンタは何者なんだ」


 力強く、それでいてさっきよりずっと重々しい語り口で問う。口元に笑みを含めたままで、地天プリティヴィーは緩やかに口を開く。


「土そのもの。もっと詳しく言えば魂を『憑依させた』土よ」


 理論的に不可能だ。魂が物質に憑依するなど。だが今のところはそれを鵜呑みにする他ない。憑依ならざる技も彼女が物資そのものであると言うのなら合点がいく。――ただ一つ気がかりなことが。


「魂って言ったな? じゃあアンタのその身体に定着している魂は――誰を犠牲にしたものなんだよ……アンタは誰の魂なんだよ……」


 シリアスな口調で紡がれる言を、彼女はひと笑いして一蹴する。


「んっふふふ。誰を犠牲にしたかって? 可笑しいことを聞くのね?――そぉんなの、わたしも忘れちゃったわ。『この身体』になった時点で前世の記憶はないもの」


「……つまりアンタも元々は人間で、誰かから――愛されてたりして……」


 その言葉を皮切りに、何処か寂しげに目を伏せる。心に染み付いた哀愁を書き消すように声高々に笑い出す女。


「あははははははは――わたしが愛されてた? エリックちゃんてほぉんと可笑しな子ねぇ。ヴィンクリードの口から聞いてたのと大違いだわぁ」


「――知ってるのか!? ヴィンクリードのこと……」


「知ってるもなにもぉ……ねぇ?」


 唐突に飛び掛かり、無骨に殴り込む女の握り拳を身を翻し避けるエリック。回避を繰り返す足元に再び微量な振動を感じ取れた。


 ――また地面を泥水にするのか、懲りないやつだな。


 さっきのように足に雷撃を轟かせ反動で跳躍する。――歯を食い縛り、迫り来る痛覚から意識を遠ざけて。


 しかし、跳躍して見下ろすと先刻まで彼が踏みしめていた地面は泥水になどなってはいなかった。



 それどころか、地面が細長い柱の如く盛り上がり、素早さをもってエリックに直進する。一度は空中で身を翻し回避したものの、突き抜けたはずの土柱はカーブしてエリックの背中を強く叩く。


 その衝撃で身体が地に叩きつけられる。雨に濡れた地面のひんやりとした感覚が頬に伝う。


 打ち付けられたことで両足と右手の痛みが強まり、吐き捨てるように呻きながら、重々しく立ち上がる。


「エリックちゃん……『愛』って、なんだと思う……?」


 それを問うプリティヴィーに嘲るような笑顔はなく、むしろ純粋な疑問を抱いたうえでのその質問だった。だがあまりに唐突で当惑するエリック。


「え……え? そりゃあ家族だったり、友達だったり、恋人だったり。人によって違うけどみんなが持っているもの――じゃないのか?」


「『みんなが持っている』、ねぇ? ほんっとピュア、若いっていいわぁ」


 再び高笑いを響かせる。それは何処か悲痛にもにたものを感じさせた。手を伸ばし自らが生成した土巨躯ゴーレムをばらして掌に収束させ、体内に取り込んだ。


 

 目前でばらばらになりプリティヴィーの手元にまとまった土巨躯ゴーレムを見据え、シドとニヒトかはぴくりと眉を上げていた。



「エリックちゃんからは、いいことを学べたわぁ」


 身を翻し、手を振る女。


「おい待て! まだ聞きたいことが――」


 彼女は彼の声に聞く耳を持たなかった。背を向けたまま液状化し地面に溶け込んだ。おそらく何処か住処のような場所へと帰っていったのだろう。――残り十一人『同じの』がいるらしいから。


 ふと地に目を下ろすと一枚の紙切れのようなものが落ちていることに気づくエリック。プリティヴィーが落としていったのだろう。


 ――メモか何かの類いだろうか。


 疑問に思いながら拾い、メモを見る。


「使命を完遂せよ。十二核ダースコアよ。汝らはその為に生を受けたのだ」


 とだけ書かれたそれに首を傾げていた。

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