16 土でつくられた巨躯

十二核ダースコア……?」


 さっきの水流で地面が切り裂かれ、足枷となっていた泥水から放たれたエリックが呟く。


「『彼』によって創造された『わたし達』。それが十二核ダースコアよ」


 変わらず謎めいた笑みのままで女が言うとシドが暫く考え込んだ後に言を発す。


「『わたし達』――ということは他にもいるのか……」


「そのとぉり。『彼』はわたしと同じのを十二体、お造りになられたわぁ」


「――『彼』? って誰なの……」


「それはぁ……だぁめ。これ以上は教えられないわぁ――そんなことより、わたしはエリックちゃんに用かあるのよぉ」


 聞くエリックが眉をぴくりとさせながら身構える。それをじっと据える女は鼻で笑う。


「そぉんなにカタくならなくてもいいのにぃ。エリックちゃんがぁ、おとなしくわたしと一緒に来てくれるって言うなら……優しくしてあげ――」


「悪いけど呑めない話だな。いきなり十二核ダースコアだとか言い始める怪しげなやつにホイホイ付いて行けるかよ」


 彼を見据えていた女の双眸は険しくなり――口元から笑みが消え失せ、「そう」と言った後、更に続けて、


「なら――殺してでも連れて行かなくちゃね」


 女は再び笑みをつくる。――だが先刻までの笑顔とはまるで違っていた。獲物を前にして悦ぶけだもののように眼を光らせ飢えと隣り合わせの如くエリックの元へと突進する。


 回避をしようと足を後方に引いたエリックの目前に人ひとりくらいの大きさのある水の渦がたしかな速度を持って顕現する。


 水渦は瞬く間に速度を上げ、プリティヴィーを真上から水圧で叩きつけた。――だが水渦が霧散しあらわになった目前を見てもプリティヴィーの姿は塵ひとつも残ってはいなかった。


 エリックが渦の発生源、後方に目を向けると、やはりニヒトの姿があった。


「エリック――オマエは下がってろ……昨日撃たれた怪我もまだ完治しちゃいないんだろうが」


「いや、でも――」


「でも、じゃねぇよ。たまにはイイとこ見せてやるから。黙って見物でもしてろ……多分ヤツはまだヤラれちゃいねぇんだ」


 ぶっきらぼうで不器用に紡がれる彼の言葉にエリックは後退ろうとはせず、従う様子を見せない。


「心配してくれてるとこ悪いけど――ここで退いたら俺の意地が廃んじまうんでね」


「そう……か……なら――足手まといになるんじゃねぇぞ!」


 二人の双眸が交わされ互いに強く頷く。すると後ろからずたずたと足音が一つ、彼らの耳を伝う。


「やだなぁ、僕を忘れないでよ」


 シドが並列する彼らの横に立ち身構える。


「敵は何処に消えたか解らないんだ。だからこそ――」


「こ・こ・よ・?」


 質感良さげな唇に指を添え囁く。声は彼らの耳のすぐそば、息遣いさえ伝わるほどの近距離で聞こえた。


 鳥肌を立てながら三人が一斉に後方に振り替えるが彼女の姿は見当たらない。


「もぅ、こっちよ」


 先刻とは別の方向――正面から聞こえる声に反応し顔の位置を戻す。


 プリティヴィーはドロドロと液化した土の形相で地面から浮かび上がると瞬く間に人の形相へと変化した。


「どぉう? おどろいたぁ?」


 多少ながら惑う彼らの顔を見て、喜んでいるかのようでもあっ

た。


 ――これは……『おかしい』だろ……何かタネがあるはずだ。


 エリックが彼女の技を怪しむ。本来憑依は物質を制御放出するものであり身体の形状を変化させたり、今みたいに液化させたりすることは不可能なはずだからだ。


「……仲間……かぁ、いいわねぇ――わたしも守られたりしてみたいわ!」


 けだものじみた笑みはそのままに声を張り上げる。女が手を伸ばす。――手先から土塊が溢れ出る。それらは左右対称に収束し、爪先のようなものに始まり、胴体に腕に手、そして顔面を形成した。


 そこに聳えるは、全身を土で形成された巨躯であった。


 エリック、シド、ニヒト。三人の面持ちが驚愕に包まれる。


「オ、オイ……こりゃあ……」


 空想でしか見たことのないその巨躯を目前にニヒトは立ち竦む。


「驚くのも無理ないわぁ。土巨躯ゴーレムをナマで見れる機会、現代イマじゃそうそうないものねぇ」


 すぐ目の前に移る得体の知れない土の巨躯を双眸で睨みながら、彼らは戦慄する。


土巨躯ゴーレムねぇ。どれほどのモンか見せてもらおうか」


 未知への恐怖心を喉元で押し殺し、水の斬撃で巨躯の胴体を切り裂かんとするニヒトだったが、土巨躯ゴーレムは微動だにせず大きな腕を振りかざす。


 このままでは巨腕に潰されると悟ったニヒトが掌から放出させる水圧でかろうじて巨腕を受け止める。


 その隙に撃ち込んでやろうかと思うシドであったが、とても土巨躯ゴーレムに筋力を低下させる銃弾が起句とは思えない。――そもそも筋肉なんてないだろうし。


「相手が人間じゃないんなら……」


 弾帯を別のものへと付け替え、再びかまえるシド。

 発射される銃弾は、仮初めではない。確かに殺傷力を持ったものだった。


 ニヒトが受け止めている巨腕に命中する幾つもの銃弾。土巨躯ゴーレムは微かではあるが怯み押し潰そうとしていたニヒトから振りほどくようにして腕を離した。


「兄さん!」


 弟が兄に向かい叫ぶ。兄は言葉なきまま頷く。



 ――土巨躯ゴーレムは僕達で引き付ける兄さんはあの女を頼む。


「さて、コイツはオレ達だけでカタをつけるとして……どうやって倒そうか……」


 講じる策なきまま無謀に飛びかかろうものなら巨躯の前に粉砕されるのは目に見えている。


 ニヒトはいつぞやに読んだ書物の内容を思い出していた。そこには記されていた。土巨躯ゴーレムは土より造られし巨躯で俊敏性には劣るものの強固な身体を持つ……と。


 即ち――弱点はのろい足ということになる。ならば。


「シド! とにかくこの木偶の坊に攻撃を撃ち込め!」


 やけくそとも取れるその言葉に「え?」と拍子抜けした返事をするシド。しかし彼には相応の策があった。――それをニヒトは耳打ちする。


「なるほど……相手がのろまなことを有効に使った手だね」


 シドが言うと、すぐさまガトリングから殺傷用の銃弾を足元に集中的に発射させる。土巨躯ゴーレムはそれを避けんと足を払う仕草を繰り返す。


 幾度かそれを繰り返すと巨躯がバランスを崩し微妙に反り返り足元が覚束なくなる。


 ――今だ!


 それを好機とみたニヒトが巨体の足元目掛け水流を飛来させる。


 ただでさえ覚束なかった足元が更に地との接地面が少なくなるる。そこにもう一発の水流で更に追い討ちをかける。


 すると巨躯はどすんと衝撃を響かせながら仰向けに転び、起き上がることさえ困難となった。


「よし! これで後はヤツが尽きるまで攻撃を食らわせりゃ――」


「――イ――タイ――ヨオ――」


 ゆっくりと紡がれる低い声が突如として響いた。


 シドとニヒトはゾッとしながら声の発生した方向へと顔を向ける。――二人は思っていた。まさか土巨躯ゴーレムが言葉を口にするはずなどないと。


 しかし、そのまさかを信じざるを得なかった。――低音の発生源からしてもそれ以外にこの声が何であるかを、証明する術はない。土巨躯ゴーレムの存在でさえ信じがたいのにましてや喋るときた。――二人の背筋に悪寒が走る。


「ね、ねぇ……ニヒト……こいつ……人間とかじゃないよね……?」


「バ、バカ! 縁起でもないこと言うなよ! 土から人間が造られるわけないだろ!」


 自分にも言い聞かせるように敢えて強く否定するニヒト。だがその口振りはたとたどしく確証を持ってはいなかった。


 その木偶の坊が起き上がる前に掌から水の斬撃を顕現させ左から右に、横たわる土巨躯ゴーレムを切り裂こうとした。



 ――瞬間。



「――シニ――タ――ク―――ナイヨオ――」



 絞り出した声で呟いた土巨躯ゴーレムの顔からは、一粒の涙が溢れ落ちていた。


 切り裂かんと横に流そうとした水撃ら間一髪、巨躯の腰をかする寸前に勢いを止めた。正確には、――止めるしかなかった。

 双眸から流れる無垢な涙を前にそれを手にかけることができるほどニヒトの『心』は強固ではなかった。


「――嘘だろ……コイツ今、『死にたくない』って……」


 哀愁と、痛みと、涙を。抱えた巨躯は、再び、緩やかに立ち上がる。

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