14 山で一息つこうじゃないか
「兄さん遅いなあ」
十時十五分。後から追い付くと言っていた兄の姿は未だルーデリアの外れにあるこのマヤマ山にない。薪で起こした火の下で、シドとニヒトは空に細やかな光を灯している星々を眺めながらエリックの帰りを待つ。
火がちりちりと音を立てるしじまの中、緩やかな足音を彼らは聞き逃さなかった。音の方向へ振り向くとそこには足首の他に右手の掌にも血の痕が付け加えられたエリックが重々しい足取りで彼らの方へと向かっていた。兄の面持ちはさっきよりも苦しそうでいた。
「ちょ、兄さん! 大丈夫なのその怪我!」
それを見るに見かねた弟が心配さを面差しに含め駆け寄り延びきってない背丈でなんとか兄の奥の肩を掴む。
「悪いな、心配かけて。でも大丈夫だ。でも戻ってきたからな」
その言の後、快活に笑う兄。傍ら「もう、兄さんったら」と笑顔で応える弟。
薪の火の下、それを見ていたニヒトは心中「やっぱりコイツら兄弟なんだな」と呟いていた。
エリックはシドに支られながら緩やかな足取りで火をくべる薪の下へとゆっくりと腰を下ろした。
焚き火を三つの顔が囲う。するとエリックが何かに気が付いて口を開くと、
「あれ?
少し視線を逸らし口元をぴくぴくとさせ開かせるシド。
「そ……その……落とした? っていうかぁ――」
「え?」
唖然としぽかんと目を丸くするエリック。
自らの罪の意識からか言葉がたどたどしくなる彼にニヒトが、
「木立の中を走ってる時に転けちまってな」
と彼に代わって補足をする。と弟がきまづそうに小さく頷いた。
兄は唖然とした面差しを元に戻すと、
「んー……まあ大丈夫じゃない?」
軽口でなんの根拠もなく言い放つ。今度はシドが戸惑い困惑する。
「まあ大丈夫って――ええ!?」
「だって頭蓋骨だけになっても生きてるんだからこれ以上死にようがないだろ」
「兄さんもニヒトとおんなじようなこと言うんだね……」
ため息混じりに呟くシド。まあ
「ところで……」
突如として重々しく低いくしたでエリックとシドに向け話す。
「オマエら、どうして俺を助けたんだ。――オレのことなんか放っておけばよかった……ナニもオマエらが身を賭して助けることなんてなかっただろ……所詮人工生命プロウムの生き残り、造り物でしかないこのオレなんてさ」
苦しそうな表情で訴えかけるニヒトに首を傾げる兄弟。
「「どうして……ってどうして?」」
二人口を合わせ言う。彼らのその姿を見て困り顔で頭を掻くニヒト。
「いやだから……オレを助けるメリットなんてオマエらには――」
「メリットとか……そういうんじゃねぇよ。それにニヒトだって仮面のやつらに苦戦してた俺達を助けてくれたじゃないか」
笑み混じりで返答するエリックとシドにニヒトはないはずの『心』が揺れ動かさせていた。
「……ありがとう」
目を逸らし照れ臭そうに彼らに礼を言ってみせた。
「そういえば気になってたんだけど」
ふと思い出した風にシドがニヒトに向け口を開く。
「なんだ?」
「ニヒトは研修室を逃げ出した後、捕まるまでは何をしてたの?」
無垢で無知な双眸を向けるシドに決まりの悪そうな目付きで返すニヒト。その視線にシドは申し訳なさを感じ、
「い、いや! やっぱなんでもない!」
慌てて前言を取り消そうとするがニヒトが手を挙げ「いいんだ」と言うと更に続けて、
「話しとくよ、折角腹割って話してもいいって思えるヤツらが出来たんだ、それにオマエらになら話しても大丈夫だろうし」
小さく深呼吸をしてみせると、アインヒューズ兄弟の双眸を見つめ真剣な面持ちを維持する。
「俺は研究室から逃げ出した後、すぐさまヴィンクリードがどんなヤツでナニをしていたのかを調べ上げた――反政府組織の力を借りてな」
「「反政府組織!?」」
兄弟がこの言葉に聞き覚えのあるのも無理はない。牢の中のジミーも同じ言葉を口にしていたからだ。ジミーとニヒト、彼らの間に何か繋がりがあるのでは? と感じたエリックはすかさず質問をぶつける。
「お前もしかして……ジミーと何か繋がりがあるのか?」
「ジミー? ああ、オマエらが潜入してきた時に親しげに話してた隣の牢のヤツか。確かアイツも反政府組織がどうとか言ってたな。――けどアイツのことはナンも知らないな。なんせ俺が反政府組織の力を借りたってのはもう二十年も前のことだからな」
「「に……にじゅうねん!?」」
驚愕する兄弟を見ながらも平然とニヒトがこくりと首を縦に振る。
「そうだな。年齢ってやつ言ったら二十五歳……くらいかな。ま、機械だからな。年取らないし」
言いながら自らの掌を見据える。地に落ちて消えるような小声で「オレも年とか取れたらなぁ」と呟いた。
「――んでハナシを戻すが、俺がヴィンクリードのコトを調べて色々解ったことがある。一つ目は、ヤツの人工生命プロウムの実験は国による援助が暗に行われていたこと。二つ目はヤツが智慧の欠片とやらを使って何かを企んでいたこと。この二つだ」
「智慧の欠片? 一体なんの関係があるんだ?」
「詳しいことは解ってないが関わりがあるのは確かだ」
「それで……他には何か知っている情報はあるは?」
エリックは前のめりになり、いつになく真剣な面差しで尋ねる。
「これ以上はないな。出来ることならもっと根掘り葉掘り調べたかったんだが、軍のやつらに捕まえられてよ。なんでもヴィンクリードの命令らしい。しかも捕まえたヤツはおろか、軍部でもオレの正体と機密資料の内容を知っているのはごく一部だけらしい」
思い返してみれば確かにニヒトもあの資料の内容を知らないと言い切っていた。軍部にとってプロウムの情報はよほど厳粛に保管されている、つまり重要な代物となりうるのだろう。――プロウムという存在自体が。
「……ヴィンクリードとこの国が裏で繋がってたなんて。てことは少なくとも国はヤツの手掛かりを……ハッ――」
不意に声を上げ驚愕と畏怖に眉をひそめるエリックにシドとニヒトが疑問符を浮かべる。
「そういえば……あの時俺が元帥の所に行った時……」
「? オマエ元帥に会ったのか?」
「そうか、ニヒトには言ってなかったよね。あの朝、リテロさんに駐屯地に連れてかれて直々に元帥と顔を合わせたらしいよ。なんでも元帥直々に兄さんと話したいことがあったそうで……」
弟の丁寧な補足にほぅ、と頷くニヒト。
「俺がヴィンクリードの名を口にした途端、元帥の表情が急に険しくなったんだ。しかもその後、わざわざ護衛を室外に出して俺に質問したんだよ。『何処まで知っているのか』と。 あれはプロウムのことについて聞かれてるものだとばかり思っていたが――そういうことか」
面差しを真顔に戻し、頭の中を整理し、再び口を開く。
「話が繋がった。やつがわざわざ隠密集団を二人も寄越して俺を殺そうとしたのも頷ける」
自らが置かれていた状況をエリックは冷静に口にする。――ヴィンクリードと国に繋がりがあることはこの事も踏まえると明確だと確信する。
「なるほど。となると現元帥のエンディランが相当怪しくなってくるな。前元帥の時はそういった感じじゃなかったんだけどな……」
顎に手を当て思考するニヒト。と隣から腹の音が二つほど聞こえてくる。音の方向を向くと彼の予想通りアインヒューズ兄弟が腹部を押さえていた。
「オマエらぁ――ほんっと緊張感とかないよなぁ」
「仕方ないだろぉ? いかなる時も飯はちゃんと食べなきゃ死んじまうぜ?」
「あっはは。僕も空腹」
空腹に苛まれすっかり気力を減らした面持ちの兄弟。しかしこの物静かなマヤマ山には彼らの食欲を満たせそうな動物はいない。暫くの沈黙の後、精一杯思考したニヒトが、
「そこら辺の雑草で我慢しとけ」
と言うと、兄弟は仕方ない、と顔をしかめながら適当に雑草を引っこ抜こうとするとそれを弟が制止し真っ直ぐ指を伸ばす。その方向を見据えると少し遠くではあるが、なにやら実の成っている木が一本聳え立っていた。
「兄さんあれぇ!!」
急ぎ足で実のなる木に駆けつける弟に続いて兄も走り出す。苦笑しながらニヒトも彼らと共に実のなる木目掛けて走り出した。
夜闇の山の中、三人が駆けつけた木には幾つものリンゴが成っていた。さてどうやって実を落としてやろうか、と思考するニヒトを他所に無闇やたらに木を蹴りまくる兄弟。がリンゴはゆらゆらと揺れるばかりで一向に落ちてくる気配はない。見かねたニヒトが苦笑しながら口を挟む。
「オマエらなぁ……オレがやるからちょっと下がってろ」
兄弟は足を止め彼の指示通り木から後退る。それを確認するや否や掌から水弾を発射させぶら下がるリンゴを次々と撃ち落としていく。連続して地に落ちるリンゴを見て兄弟は「おお」と感心し拍手をする。
「ざっと六つか。一人三つとして、まあ足りるだろ」
機械である自らを除いて数えるニヒト。「オレも何かを食べるってことができればなぁ」とか思ったりしてみせた。
その後、ある程度の空腹が満たされた兄弟は、くべられた火の下、心地良さそうに眠りについた。
「飽きないなぁ、コイツらといると」
彼らの寝顔を見据えながら呟き、ニヒトはにこやかに笑みを浮かべてみせた。
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