13 信念

 女は平静さを保った切れ目で彼らを見据える。そこには女らしさではなく一人の『軍人』としての彼女の姿があった。


「このまま、みすみす見逃す訳にもいきませんから。捕まって貰いますよ」


 向けられた銃口と共に開かれる口は、紅い棘の如く鋭さを持ち合わせていた。


「どうする?――」


 エリックがシドとニヒト、それから頭蓋骨に言うと真っ先にシドが思考し始める。――状況を覆せる策はないものか。とここでエリックが少なくとも自分の中では名案だと思っている策を思いつく。


「俺があいつの相手をする。その間にお前らは逃げろ」


「は!? 何言ってるの兄さん! さっきの的確に足首を捉えた射撃から見ても相手は相当な手練れなんだよ! それに両足のその怪我じゃ勝てるわけな――」


「誰も勝つなんて言ってないだろ。それにシドの言った通りあいつは手練れだ。誰かがあいつを引き付けとかないと間違いなくみんな捕まる。だから俺がここで時間を稼ぐ。――それに俺には雷の憑依がある」


 苦い顔をし、兄の言うことを呑み込めずにいる弟。その傍らニヒトが頷きながら口を開く。


「確かにエリックの言う通り誰かがあの野郎を止めとかなきゃダメだろうな。――だったら俺にもその足止めとやらをやらせてくれ」


 提案するニヒトに掌を見せつけ首を横に振りながらエリックが、


「駄目だ。ニヒトがここにずっといたらあいつはさっきまで囚われの身だったお前の捕獲を優先する可能性が高い。それにシドじゃ憑依が使えないから引き付けには不向き。――と、骸骨首スカルヘッドは身体がないからまず問題外。だから、自分でいうのもなんだけど俺が適任ってわけだ」


 自分が引き付け役を買って出る理由を説明した。彼の説明の途中になんとも自然な流れで貶された骸骨首スカルヘッドは苦笑を浮かべる。



 終始難航した講義だったが最終的にエリック一人が女軍人を引き寄せ『合図』と共に残り二人と頭蓋骨は逃げ去り、時計塔の街ルーデリアの外れにあるマヤマ山で落ち合うことにした。


「話し合いは終わりましたか」


 それを見据えていた女軍人マリが丁度良いタイミングで口を挟む。その声と共にエリックが二丁銃を向けている彼女へと足を運ぶ。


「兄さん気を付けてよ!」


 弟の小さな忠告の声が兄の背中を伝う。彼らが不安そうに背中を見つめる中、エリックは彼女の目の前まで近づき不敵に笑みを浮かべ丸めた両手を差し出す。


「降参だ。捕まえてくれ」


 言うエリックに眉をぴくりと上げつつ二丁銃を納める。女は多少警戒しつつも懐から手枷を取り出した。


「貴方、本当に降参の意志がお有りで?」


 尋ねるマリにエリックは依然態度を変えず笑みを浮かべたままで「勿論」と返答する。


 差し出された手に枷を付けようとする彼女。


 瞬間、マリのこめかみ目掛けて伸びる雷擊混じりの足。その一瞬の回し蹴りを彼女は見逃さなかった。咄嗟に屈む彼女に「予想通り」と呟くエリック。


 ――この足蹴こそが彼の『合図』であった。彼女か身を屈ませているうちに二人が逃げてくれれば逃げた方角を目撃される心配はないからだ。


 合図と共に身を翻し木立の奥へと走り出す頭蓋骨を抱えたシドとニヒト。微量では気付かれる可能性を孕んでいるためとにかく慌てながら足を進める。


 息を荒げ、暫く走り続けると暗晦が広がる木立の奥に一つ、出口らしきものが見えてきた。彼らはそこに希望を見出だし速度を上げるがシドが道端の小岩に足をぶつけ転倒してしまう。


「ったく、大丈夫かよ」


 倒れたシドに駆け寄り手を差し伸べるニヒト。言い方こそぶっきらぼうであったが確かに彼のことを心配していた。

 差し伸ばされた手を掴み立ち上がるシド。自らの周りを見渡し一つの異変に気付く。


「あれ、骸骨首スカルヘッドがいない!」


 綺麗さっぱり、初めからいなかったみたいに周辺から消え去った頭蓋骨。おまけに声もしないと来たものだから何処にいったかも見当が付かない。


「でも、どうしていきなり骸骨ヤロウの姿が消えたんだ?」


 抱いた疑問を率直に言葉にするニヒトに苦い表情を浮かべるシド。


「転んだ時の勢いで手が離れちゃって……それで遠くまで飛んでっちゃった――のかなぁ……あ、でもこの辺を探せばまだ――」


「いや無理だな、あのお喋り骸骨のコトだ。そこら辺に投げたされてるんだったら何か声がするハズだ、でもしないってことは相当遠くまで飛ばされてる――それにエリックの足止めがいつまでもつかも未知数だ。そんな状況で骨を探すタメだけこの木立に留まるのは危険過ぎる。」


「でも大丈夫かな、骸骨首スカルヘッド。死んじゃわないかな」


「頭蓋骨だけでも生きてるんだ。大丈夫だろ 」


 確信はないがそう返答するニヒトに渋々頷くシド。こればかりは仕方がないと骸骨首スカルヘッドのことは内心で悔やみながらもなくなく諦めた。


 二人は足取りを速め出口へと向かっていった。


◆◆◆◆◆◆


「小賢しいですね」


 エリックの足蹴を避けるために屈んだ体制を維持するマリは彼を見上げ睨むと手に持っていた枷を彼の双眸目掛けて投擲する。


「痛ぇ!」


 エリックが目を抑え怯んでいるうちに身を起し素早く距離を取る。同時に目にも留まらぬ速さで腰に携えた二丁の銃を取り出した。


 抑えている指の隙間から目を眇めるエリック。銃を抜くマリの姿が見え速やかに顔面から手を離し床にその手を付ける。


 手に雷光を纏わる――と瞬間。床に付けた手を銃弾が貫く。


「さっきの銃撃で足は酷使できない。だから手を使い雷撃を発動させ反動で跳躍しようとした。――違いますか?」


 手の内を見透かされ、悔しさと屈辱が混ざった形相でマリを睨む。


「両足も貫かれ、片手も貫かれ。さっきの回し蹴りで足には尚のことダメージが来ているでしょう。まともに使えるのは左手のみ。――おとなしく連行されて下さい」


 冷淡な態度を崩すことなく彼に言い渡すマリ。彼女の言が紡がれている途中にも打開策を思考するエリック。


 ――よし、これなら!


 未だ流血の痕が色濃く残る足で立ち上がり、傷を負っていない左手を握りしめ雷光を纏わせる。――目前の冷淡な女軍人をその双眸で睨み付ける。



「これ以上撃ちたくはないのですが……」


 哀れみにも似た目線で彼を見据えると再び銃口を向ける。


 マリに駆け寄りつつ左手を振りかぶるエリック。勝算もなく猪突猛進に向かってくる彼に滑稽さを感じつつマリは引き金を引く。しかし。


 ――瞬間、エリックの姿が忽然と目前から失われた。


 周りを見渡し消えたエリックの気配を汲み取ろうとするが木立周辺の前後左右どの方向にもそれはない。


 その時、轟音はは瞬く間に嘶いた。眩い雷光を明滅させマリの頭上を貫く。


 彼女は雷撃の猛威により両足の均衡を崩しかけるが歯を食い縛り踏み留まる。しかし辛うじて立ってはいるが足元はふらふらとして覚束ない。


「へぇ、しぶといね」


 左手で微弱な雷撃を放ち着地の衝撃を和らげて地に足を付けるエリックの勝ち気な笑顔での一言だ。


「左手以外の四肢は損傷が酷かったはずでは……なのに……どうやって空へと上がったのですか――」


「『それ』だよ。お前さっき使のは左手だけだって言ってたな。だからあの時俺は敢えて傷のない左手で振りかぶった。――そしたら予想通りお前は振りかぶった左手に意識を集中させた。だからその隙に見向きもしていない血塗れの使両足に雷光を纏わせ跳躍した、と言うことだ。正直あの怪我で憑依を使うのはきつかったけどあれしか打つ手がなかったからな」


 ほんの一瞬、悔しそうに眉根を寄せるマリ。一瞬の沈黙の後、絞るように彼女が言葉を紡ぐ。


「……流石は雷光の憑依使いですね。しかしこちらの銃弾もまだ残っています。これ以上抵抗するのならまたこの引き金を引きますよ」


「――なら足掻くだけだ。何処を撃たれても、血塗れになってもな。心臓をブチ抜かれない限り人は抗える」


 彼の口から放たれた屈強な精神を感じさせる重々しい言葉と信念の先を見据えた純朴な瞳の彼に眉を上げ息を呑む女軍人。


「貴方は……何を見てきたのですか……」


「――なんだっていいだろ……」


 重々しい語り口で言うとエリックは苦くした顔をしかめ目を逸らした。


 さっきの雷の轟音と明滅で異変に気が付いた軍人が続々と近づいてくる足音がする。


 その音ではっ、と我に帰るマリは再び棘のように鋭い冷淡さを表情に取り戻し、


「……雷光の憑依使いがここにいます!」


 彼女の掛け声の元にぞろぞろと何人かの軍人の足音が駆け足で近づいてくる。相手が一人ならまだしも複数と来て、しかもこの怪我。真っ向から戦って勝算などあるはずがない。もう一度憑依を使うにしてもこの状態じゃ身体が持たない。


 もう同じ手は打てない。講じる策は何一つ残ってはいない。


 それでも状況を打破するべく、他の軍人が木立に近づいてくる前にどうにかしようと頭をフル回転させるが微塵も策が思い付きはしない。


 と、悩んでいた矢先。何処からともなく暗黒の槍がマリを含めた軍人の足元に降下したじろぐ軍人達。しかし偶然によるものかエリックの足元にはそれは降ってはこなかった。


 辺りを警戒する軍人達。よく解らないかこれが最後のチャンスだと心中で思い、身を翻し逃げ去ろうとする。


 が、やはりマリがそれを見逃すはずもなく再び引き金を引こうとした瞬間――二丁の銃の銃口に二本の黒槍がタイミング良く降り注ぐ。槍の重さで二丁の銃は彼女の手先を離れ地面へと落ちる。


 結果、銃弾が発されることはなかった。


「な……何が起こってるんだ……?」


 戸惑いながらも千載一遇の好機の前に、血塗れの足を上げ走る、歯を食い縛りながら。痛みは二の次だと心に言い聞かせ出口目掛けてただ真っ直ぐに駆け抜けた。


 彼らが待っているであろうマヤマ山へと。

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