12 堅実な女軍人

 白い短髪に白黒のボーダー腹には不似合いの青いスカーフを身に付けた男が牢の中で軍服のエリックを凝視する。その姿はシドにも見覚えのあるものだった。


 ――ジミーだ。故郷のサターニ村では昔からの馴染みで、互いに憑依の力を競い合い切磋琢磨し合った。三年前の憑依戦術試験でも、互いに意識を失うほとの力でぶつかり合った。


 視線を交わす二人の沈黙の間に、もはや時間の概念は存在さえしていなかった。――およそ数秒。換算すれはこの程度だった。久々の再開には喜びを分かつのが定石なのだろうが少なくとも彼らのそれは互いにとってとても喜べるような状況ではない。


「お、おい」


 先手に沈黙を破るはエリックだ。この状況も相まって尋ねたいことが情報過多気味に脳に浮かぶがその中でもとりわけ気になることを尋ねることにした。


「どうして、お前が地下牢に収容されてるんだよ――ジミー。一年前に血相を変えていきなり村を出てってから、どうしてたんだ」


 聞かれるジミーは顔をしかめ、緩やかに口を開く。


「村を出てから反政府組織に加担。それから逮捕された」


「どうして反政府組織なんかに入ったんだ」


「そ……それは――」


 唇を噛み、表情をより険しくさせるジミー。


「それはここじゃ言えない――察してくれ 。ところでお前はどうして軍の犬になんて成り下がった、エリ――」


「――エリーゼだ」


 彼の口から出かかった本名を制止するべく、大きな声ではっきりと偽りの名を騙った。


「――なるほど、そういうことか。弟はやけに太ったようだが ……まあ上手くやれよ、エリーゼ」


 わざとらしく言い放った後、ジミーは口元に笑みを浮かべてみせた。エリックとシドが『本当に』軍に加入した訳ではないことを察した風だ。それを汲み取ったエリックは


「解ってくれて助かるよ」


 と言い残し隣の九つ目の牢屋、即ちニヒトが収容されている所へと足を運ぶ。


 牢の奥には眉間に皺を寄せながら目を瞑り、何処となく不機嫌そうなニヒトの姿があった。その姿をじっと見つめていると、


「解ってるよ」


 とその牢の看守が言を発すると懐から鍵を取り出し、すんなりと牢の鍵を開ける。


「囚人番号二百四十九番、出ろ」


 ややきつめの語り口で放たれるその言に反応し、閉じていた目を開き腰を上げ牢を出るニヒト。


「ハナシは聞いてたが、なんだって元帥の野郎が俺に用があるんだよ」


「慎め囚人、元帥はこの国軍を治める偉大なお方なのだぞ。――それと用件なら俺達よりあいつらに聞いてくれ」


 看守の言葉に反応し、俯かせた視線を前にやるニヒト。目前の光景に彼の双眸が見開く。


「オ――オマエら……」


 軍服を身に付けたエリックとシドを目の前にして動揺と驚愕の入り交じった表情を隠せずにいた。


 周りの厳粛な軍人に悟られぬよう、こそっとニヒトに向け片目を閉じそれとなくウインクをしてみせるエリック。


「早く歩け、元帥が駐屯地にてお待ちだ」


 エリックは軍人のそれっぽく重低音の強い声でニヒトを促し、彼の背中を叩いた。


 その後、さっき来た近道から地下牢を抜け出し、再び埃っぽい部屋へと戻った三人と頭蓋骨一つ。


「そういやさっきから気になってたんだが……」


 暗い部屋の中、ニヒトが疑問符を浮かべながらシドをじっと見据える。


「そのシドの腹は――一体なんなんだよ」


 つい日が昇っていたころまでは突起のなかった腹部が不自然に膨れ上がっているのだから違和感を感じるのは当然と言えば当然だ。


「おおっ、俺に気が付くとはお目が高いねぇ」


 膨れ上がった腹部から唐突にシドのものではない声が聞こえ不気味がりながら眉を顰めるニヒト。


「オイオイ……一体何を匿ってやがるんだよ」


「ああ、ええと……」


 苦笑いをしながら腹部に納めていた骸骨首スカルヘッドを取り出す。それを見たニヒトがあからさまに嫌そうな顔をして二~三歩ほど後退る。


「やあ初めまして! 俺の名は……ちゃんとしたのがあるんだけど今は骸骨首スカルヘッドって読んでくれ! 気に入ってるんだよこの呼び名! こう見えてもちゃんとした肉体があったころはハンサムだったんだぜ俺」


 唐突に、そして陽気に語り出す頭蓋骨を目の前にニヒトは更に気味悪さを感じこの世のものではないものを見るかのようにニ苦い顔をした。


「まぁ、初見だと身の毛もよだつだろうな。こんなの」


 いたって冷静にエリックが言うと、ニヒトは驚愕と疑念の表情で彼を見返す。


「オマエはなんでそうも冷静でいられるんだよ! 可笑しいだろどう見ても! 骸骨が喋るなんてあり得ない!」


「……もしかしてニヒト、ビビってるのぉ?」


 目を細めにやけながらシドが手に持った骸骨首スカルヘッドをニヒトに近づけると案の定彼の足は緩やかに後退していく。


「わかったわかった――もういいもういい見慣れたから!」


 掌を見せつけ拒否の意思を伝える彼に流石に惨めさを感じたのか伸ばしていた骸骨首スカルヘッドを持った手を自分の元へ引き戻すシド。


 終始それに怯えてばかりいたニヒトは心身共に落ち着かせるために深呼吸をする。その上で改めてそれを見る。少し慣れたのかさっきよりはまだマシに思えたら。


「んで――なんでこんなの拾ったんだよオマエら」


「ええとそれは――」


 シドが口を開くと、骸骨首スカルヘッドを匿うまでに至った経由を説明した。


「と言うわけなんだよ」


「そうそう! こいつがもう優しくってさ! ほんっと感謝してもし足りないよ、俺に目があれば泣いてるね。間違いなく! あははははは!」


「なるほどな。――にしても」


 一連の経由を聞いて腑に落ちないことがあったらしくニヒトは思考していた。彼が思慮を巡らすのは骸骨首スカルヘッドが頭蓋骨のまま生きていることだ。普通ならあり得ない、そんなもの一目見れば解る。――もしかして


「智慧の欠片……」


 そう呟くニヒトにぴくりと顔を向け反応するエリック。


「知ってんのか? 智慧の欠片」


 エリックはニヒトが呟いたそれと同じ題名の本を村を出る前に図書室で手に取ったのを覚えている。結局時間がなくて少しもも読めなかったが。


「先日、ソイツについて書かれた書物目当てで人が殺到して図書館に行列が出来たって話を聞いたことがある。なんでも智慧の欠片ってのを使うと人のみならず万物の魂を自在に操ることができ、その操った魂を自在に物質や人に文字通り『憑依』させることも出来るんだとか、まあ真偽のほどは解りかねるけどな」


 と言った後、ニヒトは更に言葉を続ける。


「つまり……ええと、骸骨首スカルヘッド? オマエは何者かによって魂を頭蓋骨に移された、そしてそれは智慧の欠片を使って行われた――まあオレの推測だがな。実際智慧の欠片自体あるかどうかもハッキリしてない代物だ、あんまアテにすんなよ」


 それを聞いた骸骨首スカルヘッドは目も眉もないが骨だけの顔で驚きの表情を見せる。


「え――じゃあ何!? 俺はその智慧の欠片とやらを使って頭蓋骨だけに魂を憑依させられたってこと? ていうか……だとしたらこれが俺の頭蓋骨だって保証もないじゃないか!――だとしたらユヅハに会わせる顔がないじゃないか!  ああ畜生!」


 咽び泣きながら喋っているような声色で嘆く頭蓋骨を三人が白けた目で見据える。骸骨首スカルヘッドに集中する六つの目目玉に骨身をぴりぴりとさせる。


「――解ったよ黙るから。さっさと元帥のとこ行こうぜ」


 咽び泣く声が止み、落ち着きを取り戻し口を開いた頭蓋骨。そういえば何故ここに来たのか彼に説明していなかった。――思い出しシドは彼ら兄弟の目的を説明した。


「なるほど。この囚人を取り返すためにわざわざ変装までして忍びこんだってわけか」


「「そういうこと」」


 兄弟が同時に返事をする。


 ふと思い出しエリックが懐から懐中時計を取り出し時間を確認する。暗くてよく見えないためか目を凝らし時計を近づける。――軍駐屯地に潜入したのがおよそ九時、そして今の時間が九時二十五分。わりかし順調だ。心中で呟くエリック。


「時間はそんなにロスしてない。あとはこっから出るのみだな」


 そのエリックの言葉を皮切りに、暗く埃っぽい部屋の扉に彼を含めた三人が駆け寄る。


「待てよ、まだ扉は開けるな」


 扉の前でシドとニヒトに忠告するエリック。すると彼は扉に耳を澄ませる。扉越しに聞こえる廊下の足音を確認する。しかし足音の一切はそこにはなくただ静寂だけが残っていた。


「よし、行ける」


 エリックが扉を開ける。廊下の明かりが暗闇だけの部屋に差し込んで妙に眩しい。最悪の事態を懸念して開けた扉から左右を確認するがやはり人の影はない。これなら大丈夫と確信したエリックが、


「よしオッケーだ。付いてこい! ささっとこんな場所出るぞ!」


 合図を出し、一斉に扉から出る三人。最後に出たシドが律儀に扉を閉めた。


 ようやく駐屯地の白い建物から出た彼らは安堵する。さっきまでスリルと隣り合わせだったアインヒューズ兄弟は肩に入っていた力を抜いて深く息を吸っては吐いてみせた。雄大な自然が織り成す風を身体に取り込み安心感に浸っていた。


「けど、まだ完全に安心は出来ないからな。――こっちだ」


 周りに人影がないことを確認するや否や走り出すエリック。骸骨首スカルヘッドを抱えたシドとニヒトも彼を追う。


 彼らは駐屯地の近くにある、さっき兄弟が軍人から服を剥ぎ取った木立の中へと入った。ここなら気付かれる心配もない。


 何者にも盗られることなく、兄弟が脱いでいった服もそこにあった。 そしてその傍らでは長髪の男と眼鏡の男が未だに気絶したままである。


 兄弟は堅苦しい軍服を脱ぎ、いつもの服装に着替えた。


「それで……どうやってここから出るの?」


 疑問に思うシドを傍らにエリックが自信満々げに口を開く。


「さっき流し目で見たんだがどうやらこの木立から駐屯地の外に出られる構造に――」


 その言葉が紡がれるより先に、二つの銃声が同時に鳴り響く。足元にかなりの痛みを感じたエリックが視線を落とすと――両足首の皮膚には直に銃弾がめり込み血を吹き出していた。痛みで立っているのが困難になり片足から崩れ落ちるエリック。血が垂れる足首を手で抑え、銃声の方向へと顔を向ける。


「貴方がたを見張っておいて正解でした――私の勘が当たったようですね」


「て、てめぇは……あん時俺達を見逃した……」


 エリックの目線の先に移るのは、堅実そうな表情をした表情に切れ目を兼ね備えた、二丁の銃を手に持った女軍人の姿だった。


「私の名はマリ・サウザンドアイ・リータヴル。ここルーデリア駐屯地の正式な特別入隊生よ」

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