11 陽気な頭蓋骨

 彼女の言の通り、一階の入り口側から見て右から二つ目の扉の部屋へと入る。


 途端、 埃っぽさが嗅覚に伝い咳き込む兄弟。ゴホゴホと咳払いが明かり一つない部屋に響く。


「なんだよ、ここ。やけに埃っぽ――ゴホゴホ」


「早く真っ直ぐ進んで地下牢に行こう兄さ――ゴホゴホ」


 暗晦に目を塞がれる室内で、埃っぼさだけが彼らを襲う。一刻も早くこれから抜け出すべく女の言っていた真っ直ぐ進んだ先にあるダイアル付きの扉を目指す。視界こそ塞がれていたが流石に何処が正面かくらいは把握している。


 相も変わらず咳き込みながらゆっくりと真っ直ぐ進む兄弟。すると弟の爪先からコンッ、と軽やかな音色が響く。落ちていた何かを足で蹴っていたシド。

 少し暗闇に馴染んだ視界に移るのは爪先が当たった衝動で微塵ばかり距離が置かれた球状に近い何かだった。彼は小走りで駆け寄りそれを手に取った。


 シドは驚愕し、目を大きくさせ瞬きを幾数回もしてみせる。


 球体じみた何かは、かつて目でもあったかのような空洞の更にその下部には三角の空洞。極めつけは人間の歯に酷似したものが口とおぼしき場所敷き詰められている。――頭蓋骨だ。


「ええええ――」


 それを持ちながら身震いをさせ目に涙を浮かべ未知への恐怖に邂逅するシド。


「どうしたシド、そんな凄いもんでも拾ったのか?」


 横から覗き見る兄。――彼もまた言葉を失い、弟同様身震いを起こす。


「おおおおおおい――ななななんだよこれ」


 狼狽しまともに呂律が回らなくなる兄。彼もまた未知の恐怖に心を苛まれていた。


 すると突然、頭蓋骨は微々ではあるがその生首を動かした――ようにも見えた兄弟。恐らくは恐怖が見せたまやかしであろう。


「んん、もう朝か――いや朝じゃあないか」


 敷き詰められた歯を流暢に動かし、陽気な声を発生させる頭蓋骨。どうやらさっき動いたのは気のせいではなかったようだ。

 兄弟は思わず叫びそうになるのを喉元で堪え身を寄せ合った。シドは手からそれを離すと頭蓋骨はコンッと音を立て仰向けで床へと落ちる。


「痛っ!――ってあれ? もしかして君達人間? 珍しいね、最近はハエとかゴキブリとかばっかりで退屈してたんだよ――たまにトカゲも俺のこの姿を珍しいがってつつき回したりするな」


 軽快な声とノリで喋る頭蓋骨。しかし兄弟は身を寄せ合ったまま身震いし問答どころではない。――それもそうだ、いきなり白骨が口を開いたのだから。


「おおおおお前なにもんだよ!?」


 シドと寄せ合った身を離し、恐る恐る、小刻みの足取りで近づくエリック。 それに釣られシドも珍妙な頭蓋骨へと足を運ぶ。



「いやぁ、怖がるのも無理はないか。俺、骨だからね! あははははは!」


「いいいやそんなもん見りゃ解るわい! 俺が、俺達が聞きたいのはそんなことじゃねえよ――そりゃ色々気になるけど……まずは、白骨で死体で頭蓋骨のお前がなんで普通に喋ってるんのかってことを聞きたい」


「――んんん、それがねぇ、俺にもよく解んないだよね。気がついたら頭蓋骨で、気がついたら頭から下がなくなってて、気が付いたらここにいた」


 全くもって意味が解らない。では彼が骨と化したのは他人の干渉によるものなのか? 彼らは思慮を巡らせるが明確な答えにはたどり着けない。


「ち、ちょっと聞いてもいい……かな?」

 

 身を震わしたままでシドが頭蓋骨に尋ねる。


「構わんよ。俺が答えられることならなぁんでも答えてやろう!――あっ、でも俺の初恋については聞かないでね」


「頭蓋骨の初恋なんて興味ないよ。――そんなことより、ええと……骸骨首スカルヘッドはいつからこの暗闇にいるのさ」



 暗闇に馴染んできたまなこをあちらこちらと見渡すと部屋の中には何もない、ただ埃まみれで隅っこに投げ捨てられたビーカーやフラスコ、その他諸々の実験器具が散らかっている。


骸骨首スカルヘッド……いいねその二つ名! 最高にクールだよ!――じゃあなくていつから俺がここにいるのか、だったな。――それなんだけど俺も曖昧でさぁ。少なくとも十五年以上は過ぎてるな」


「「――じゅ、十五年!?」」


 兄弟が同時に口を開き驚愕する。


「そうさ、この真っ暗闇は俺には退屈すぎる。きっとお前らでもそう思うはずさ。――いいやほんっとあり得ないんだよ、聞いてくれ!」


 流暢に語り出す骸骨首スカルヘッドに徐々に恐怖と警戒がほどかれる兄弟


「それはそれは多分昔のお話、田舎町に一人の男がいた、あ、それ俺のことな。俺には彼女がいた。名はユヅハ。日出ひすいの国の女でよ、それはもう可憐だった。彼女の故郷である日出ひすいの国の言葉を借りるなら正に大和撫子という言葉が似合う女だった。ところが俺は彼女の元を離れなくちゃいけなくなった。ユヅハには「五年後には帰る」とだけ言い残し俺は美食と平穏の国サバーノからノト川に架かる橋を伝いエルピアのルーデリアに――」


「その話、長くなりそうか?」


 白けた面をしてエリックが口を挟む。 もう見慣れてしまったのか頭蓋骨に対し震える様子すらない兄弟。


「ああ勿論、だって俺は自分から五年で帰ると言っておきながらあいつとの約束を守れずにいた。その無念を俺はお前達に語りたい。ここに来た途端によく分からない連中に連れていかれ、気が付いたらこのザマだ。――まあお前らも軍人なら仕事があるだろ、俺のことなんか構わずに行ってくれ……」


「「うんそうする」」


 兄弟のあっけない反応に思わず「え?」と音を漏らす骸骨首スカルヘッド


「いやその――俺をここから出してくれるとか、そういうのは……あってもいいんだぜ?」


「俺達急いでるから」


 と身を翻し正面にある扉に向かい歩き始める。


「扉の番号は確か――」


 ダイヤルを回し、ドアを開けるエリック。少し遅れてシドが兄の後を追従する。


 ドアの先には下り階段があり、彼らがそれを降りると長くて狭い一直線の道が続いていた。


「長そうだなこの道――それにさっきの頭蓋骨で時間取られたからな、一気に走り抜けるぞシド! 」


 言うと、シドを一瞥するエリック。そこで少し驚いて見せた。


「シドお前――腹どうしたんだ?……まさか」


 さっき見た時より明らかに腹部が膨らんでいた。しかもどうみても体調の変化の類いではない。


「いやぁ――その――」


「こいつは優しくていいやつだ。見捨てられそうになっていた俺に哀れみを感じて腹の中に匿ってくれるだなんて。持つべきものは優しさだよな! うん!」


 シドの腹部から聞こえる陽気な声、その主は解りきっていた。


「はぁ……やっぱりな。んで骸骨首スカルヘッドを連れてきたってわけか」


「あはは……そういうこと。なんだか可哀想だったから」


 まあ仕方ないかと困り顔混じりに事態を受け入れるエリック。


 気を取り直して長く狭い道を走る。傍ら、シドは突き出た腹部を押さえながら「喋らないでよ、バレちゃうから」と骸骨首スカルヘッドへと呟いた。


 暫く走ると、 出口側から幾つもの人のざわめきが聞こえてくる。近づくにつれ騒音でしかなかった声の数々がはっきりと耳に入ってくる。


「んだとこの! もっぺん言ってみろ!」


「だからお前は、一生ここで暮らすんだよ。村では天才とか言われて持て囃されてたらしいが今じゃどうだ? 十六で村を出て反政府組織に加担。その後逮捕され終身刑が言い渡される。これを善良な村の人達が聞いたらどう思うだろうな?」


「ちっ、こんにゃろう!」


 ――? この声……いやまさかな


 それはエリックが聞き覚えのあるに酷似した、でもそれよりはやや低めの声だった。それに合わせシドも覚えありげに眉を上げる。


 声のする出口側に駆け寄り足を踏み入れる。彼らが左右に鉄柵で固く閉ざされた牢屋が左右に幾つも並列している。しかも一部屋につき一人の監守が牢の外で見張っている。用心深すぎる警備だ。


 白黒のボーダー服の囚人達が喧騒の中で鉄柵越しに見慣れない顔の彼らを睨む。


 それに気が付いたら声の主も一旦は口を瞑り彼らを見る。


「見たことねぇやつらだな」


「新兵か?」


 各々が牢屋越しにざわざわと声を上げる。どうやら新兵がここ囚人地下牢に立ち入るのがよほど珍しいのだろう。


 少々のざわつきの中、監守の一人である筋骨隆々の男が兄弟に近付く。見慣れない顔故か、警戒心混じりなのが足取りからも見てとれる。


「見たことのない面だな。名前は?」


「エリーゼです!」


 エリックが名乗ると


「シーディアです!」


 合わせてシドも偽りの名を口にする。


「「特別入隊のものです!」」


 疑念を含めた目付きを少し和らかにさせ、筋骨隆々の男は小さく息を吐いた。


「特別入隊、それで名も顔も知られていないわけか」


 特別入隊――今の兄弟にとっては魔法の言葉も同然だ。それを発するだけで事が順調に運び、いとも簡単に軍の人達を欺けてしまう。


「――ところでシーディア、お前の背丈が低いのもあるのだろうがあまりに服のサイズがあっていないようだが」


 男はシドのことが気がかりなようだ。まあ無理もない。サイズの合わない軍服にそれを助長させる頭蓋骨を積めたおかげで出っ張った腹部。先程よりも違和感が増大している。


「こ、これは、僕達が同時に入隊したから軍服に発注が間に合わなかったそうで。今はこれで我慢してくれ、って少々大きいのを渡されたんです」


「なるほどそれでか。まあ、二人同時に特別入隊なんてのも類を見ないからな。――それでここには何の用があって来たんだ?」


 またもや疑念の目を向けられたが無事に取り繕い最悪の事態を回避できた。


「俺達、ニヒ――囚人番号二百四十九番を連れて来るように元帥に頼まれてるんだ」


「元帥から直々に!? 流石、特別入隊は違うな――ちなみにやつが収容されているのは右側の……ここからだと九つ先の牢だ」


 と言うと男は自らの持ち場に見てくれ通り重厚な足取りで戻る。


 横目で右の牢屋を見ながらニヒトの収容されている牢屋まで近付いている。すると、八つ目の牢の中、つまりさっき監守に楯突き声を上げていた男に妙な既視感を感じ立ち止まり牢の中の男を凝視するエリック。


「兄さ――エリーゼ、どうしたの? いきなり立ち竦んじゃって」


「「お前――どうしてここに……」」

 

 牢の中の男とエリックが同時に驚きの念を纏わせた声を上げる。彼らは互いに把握した。『かつて』の面影を残したままの互いを。

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