10 情報収集

 ドアを開け建物の中へと足を踏み入れる二人。まず見えるの、正面からみて横に長く伸びている廊下である。彼ら意外の人の影が廊下には見えない。

 

「あ、そういえば兄さん」


「何だ?」


「脱いだ服、ちゃんと持ってる?」


 流石にそのまま脱ぎっぱ、なんてことはないだろうと尋ねるシドに、


「コートと、今履いてる靴以外、つまりシャツとズボンは置いてきたままだな」


 と返すエリック。コートはちゃんと左腕に携えていた。


「シドはどうしたんだ? 脱いだ服」


「僕も靴以外は脱ぎっ放しで置いてるなぁ」


 と思い返し、兄弟は再考する。――置いてきた服、どうしようかと。


「兄さん……置いてったやつどうしよっか」


「んー、場所が場所だし盗られるってことはないだろうから。ニヒトを連れ戻してからもう一回あの場所に寄ったらいいんじゃないか?」


「そうだね、そうしよう」



 脱ぎ去られた兄弟の服に関しての議論は収束し、彼らは横長の廊下に目を向ける。白い壁に幾つか扉が間隔を開けて六つほど並列しており、廊下の両端には曲がり角の先に二階へと続く階段がある。――当然と言えば当然なのだが、さっき来た時の記憶の通りだ、と思うエリック。


「二階にいくぞ」


 兄の口から唐突に放たれた言に多少戸惑いを見せながら「え?」と呟く弟。


「いきなり二階? 一階は見て回らなくていいの?」


「元帥にお呼ばれした時、ざっくりと見たがここ駐屯地で人が集中し行き交うのは主に二階だ。何があるかまでは知らないが少なくとも一階の部屋にはほとんど人は立ち寄ってなかったな」


 まだ薄くなりきっていない記憶を奥底から思い起こしながら説明するエリックの言葉に従い、一階の部屋は全て素通りし、彼らから見て右側の曲がり角の先にある階段を上がる。


 エリックの言の通り、確かに軍服を着た者の影が幾つかある二階。ざっと見て四人といった所だろう


 その中でも彼らから見て一番手前側にいた短めな金髪の女にとことこ近づき、


「ちょっといいかな?」


 と極力自然体を意識して話しかける。が心中では正体が見抜かれるかも解らない焦燥でざわざわしていた。


「どうされました?――おや?」


 堅実そうな表情をかたむけ、何やら不思議そうに切れ長の目で彼らをじっと見る女軍人。――もしかして気付かれたか……と額に冷や汗をかき唾を飲む兄弟。無意識に顔が強張る。


「見ない顔ですね……」


 ――やばい……怪しまれてる。


 強張ったエリックは、その表情をそのままに真隣のシドに目線を送る。不意に流れてきた視線の意味を感じとり弟はそれとなく目を逸らす。


「もしかして特別入隊の方ですか?」


 眉を上げピクッと反応する兄弟。さっきもだったけど再び耳にする『特別入隊』の言葉。意味はいまいち解らないがこれに便乗する他ない。兄弟は口を合わせ、


「「はいっ! 特別入隊です!」」


 覚えさえない真っ赤な嘘を、それは真実だと心に言い聞かせる目的も兼ね、敢えて溌剌と発した。


「やはりな、この時期には新兵の求人もないからな。まあ元帥が直々にスカウトなされた特別入隊となると腕も相応に立つのでしょう。――ああそういえば、私に何か用でもあるのですか?」


 何とか見抜かれなかったと固くなっていた肩をおろす。安堵しながら小さく息を吐く兄弟。


 なるほど、大まかには把握した。彼らの言う『特別入隊』とは恐らく、通常求人などで募られる軍候補とは違い元帥が腕を見込んだ者には時期問わずに入隊を許可される。いわゆるスカウト枠と言うことなのだろう、とエリックは脳内の情報を整理した。


「そうだそうだ、聞きたいことがあるんだった――ニヒトは何処だ?」


 単刀直入に問うエリック。懐からメモを取り出し、暫く何ページか捲るとその手を止めメモを見たまま、


「ニヒトとは――囚人番号二百四十九番のことで間違いないですか?」


 問うと顔を上げ、彼らの返答を求める。兄弟はこくりと頷いた。兄の方はその呼び方が少し癪に触ったがなんとか心中でぐっと堪えた。


「囚人番号二百四十九番なら、今日の昼頃ドールズが捕まえた後再び地下牢に収容されています」


「ドールズ?」


 聞き慣れない単語に、つい聞き返すようにその単語をもう一度口にした。


「そうか……まだ説明されていないのか。――掻い摘んで説明するとドールズとは暗殺や極秘任務をこなす元帥直属の隠密集団のことで、任務の際は大抵、身柄が特定されないよう仮面とスーツを身に付けています。――そういえば今日はあの『雷光の憑依使い』の暗殺命令が下っていたがなくなく逃したとか……」


 ――何、元帥直属!? てことはあの仮面野郎共を寄越したのは元帥エンディランか……


 駐屯地で話した時は頭を下げて謝っておきながら、その実殺すつもりだったなんて。腹黒もいいところだ、と心底思うエリック。


「――と、まあそれはいいとして。俺が知りたいのはその地下牢の場所だなんだが」


 腹黒元帥に立腹する気持ちを一旦は堪え、今はニヒト奪還のためにその口を動かす。


「地下牢へは外から入ることも出来ますが、ここからなら近道があります」


「「近道?」」


「一階の入口側から見て右から二つ目の扉の部屋に入って真っ直ぐ進むとダイヤル付きの扉があり、囚人地下牢に繋がっています。因みにダイヤルの暗証番号は二・八・三・五です。――それにしても貴方がたは地下牢に何の用があるのですか?」


「ああ、ええと――」


 人差し指で頭をつつき思考するエリック。このままじゃ間違いなく疑われると思いシドが、


「ニ、ニヒトを連れて来るようにと元帥から命令があったもので……」


 咄嗟に言い訳をし取り繕ろおうとする。が女は目線を下に向け、顎に手を当て何かを思考する所作をとる。


「なるほど」と言いながら女は落としていた視線を彼らに向ける。


「元帥も随分と貴方がたを頼られているのですね」


 とわざとらしく言を一つ添え、身を翻し歩き出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る