07 仮面の二人組

「――シド!?」


 エリックは目を疑った。自分の弟がガトリングを持ってこちらへと走って接近してきていたからた。弱冠十三歳のまだ伸びきってない背丈の彼が大型の機銃を手にしていたその光景はからは斬新はさえ感じられた。


「はぁ――はぁ――兄さん、大丈夫――」


 兄の隣まで来た弟が言うと、同時に、血が垂れ流れる左手に目線が配られる。


「ひどい怪我じゃないか! 血もすごい出てる」


「いいや大丈夫だ、そんなことより――その武器はなんだ?」


 彼の持つ大型の機銃に目を向ける。六つの銃身に一メートル近くあるフォルム、長く伸びた撃鉄に帯になった無数の弾丸、ガトリングだ。――疑問なのは何故彼がこのような代物を持っているのかだが、エリックには大体検討は付いていた。


「見ての通りのガトリングだよ、造ったんだ」


「やっぱりな――ほんっとシドの開発力には度肝を抜かされるよ」


「えっへへ」


 誉められて気を良くしたのだろう。若干顔を赤らめ照れ臭そうにして頭を掻く。――だが兄弟同士でいつまでも睦まじい会話を続けているわけにもいかない。なにせ仮面の男は上空に跳躍しただけであってまだこの場から姿を消した訳ではないからだ。


 左の店の屋根に立つ男の表情は仮面に隠され文字通りのポーカーフェイスであるが、エリックへ向けられた殺意――これだけは顔が見えずとも明確である。見ると男の右腰にはハンティングナイフ、左腰には拳銃を携えている。


 兄弟が屋根を見上げ構えると、男はネクタイを直す。直後、男はシド目掛けて一直線に迫る。本命を手にかける前に幾らか弱そうな方を先に潰しておこうという彼なりの算段だ。


 それに呼応しシドもガトリングのトリガーを引く。確かな速度を持って銃弾が無数に放たれる。

――が男は自らに迫る銃弾の数々をひらりと俊敏な身のこなしで回避し一撃も皮膚を掠りすらしなかった。


「――なに!?  当たらない!?」


 

 当惑したじろぐシドに男の足蹴が鳩尾に直撃する。――二転三転と転がり倒れるシドを見てエリックが眉根を寄せ、


「こんにゃろう弟に何しやがんだ!」


 怒り叫ぶと足に雷撃を打ち、ゆっくりと倒れこむシドに近づかんとする男の真上に跳躍する。


 空中にて、雷を纏わせた踵が男の脳天一直線に振り下ろされる。が、空を切る結果に終わってしまう。


 振り向く所作も見せずに頭を傾け受け流した後、斜め上のエリックの腹部の深部まで裏拳を撃ち当てる。


 膝から地面に崩れ落ちるエリックに、なんの躊躇いもなく銃口を向け、男が引き金に手を添える。


「――兄さん!!」


 眉を顰め焦燥を感じながら生死の間際に立つエリックの元へ駆け寄ろうひた走るシド。――しかし本能的に解っていた、この距離では間に合わない。


 ――銃声が鳴り響いた。その轟音に鳥が飛ぶ。


 が、エリックの額からは血の一つも流れてはいなかった。


 向けられた銃身の位置が斜めにずれ、銃弾は脇にある店の壁へと直撃していた。


 ――男は感じていた。引き金を引いた瞬間、水弾のようなものが手首に当たり、向きを僅かに変えられていたことを。

 水弾が飛んできた方向、即ち、路地の壁の方を見上げる。男は仮面越しにその姿を見て動揺していた。


 足の踏み場の少ない壁、ニヒトがそこにいた。


「「ニヒト!」」


 兄弟が一斉に声を上げるのも無理はない。街の至るところにニヒトの手配書が貼られ彼がまともに外を出歩くことさえできる状況ではないからだ。


「お前――どうやってここまで?」


 驚き気味にエリックが尋ねる。


「街じゅうオレの手配書だらけだったからな。ほれ」

 

 と言い空を指さす。彼らはその意味がいまいち理解できておらず首を傾げる。


「「空を……飛んできたとか?」 」


「違うわ! 空なんか飛べるかよ!――屋根を伝ってきたんだよ」


 なるほどと言わんばかりに顔をはっとさせ眉を上げる兄弟にニヒトは片手で頭を抱えため息をつくと、壁から降り仮面の男に目を向け、


「オマエ、なにモンだ」


 問うが男は仮面の如く口先を固くし開こうともしない。よほどの秘密主義なのだろう。


 掌を男に向け勢いのある水弾を発射するが、所詮水だ、せいぜい地面が濡れるくらいだ。とその弾を避けることもせずにニヒトに突っ込み刃先を振り下ろし、もう一度振り上げるがいずれも回避するニヒト。――男の左から握り拳が迫ることに気がつき掌で受け止める。


 男の拳を握り潰すかの力で拳を握るニヒトに男は確信にも似たものを感じる。


「私と一緒に来てもらおうか、囚人番号二百四十九番」


 姿を表して以来、初めて発される男の肉声だった。


「その呼び方……オマエ、軍の人間だな?――悪いがテメェのツラ隠すようなブサメンと一緒に行く気はないねぇ」


 鼻で笑いながら言うと足を上げ男の顎を蹴り上げ、鋼鉄の頭で頭突きをした。


 それを食らった直後、男が唐突に口笛を鳴らす。それと同時にニヒトの上空に何者かの人影が舞い降り、彼の背にのし掛かる。


 背中にのし掛かった者は、男と同じく仮面にスーツ、両腰にはナイフと銃を一つずつ携えている。唯一、なによりの違いはやはり性別だろう。体型から見てもそれが伺える。


 女がニヒトを押さえると男は思い出したように後ろを振り替えると、シドはガトリングを構え、エリックは地面に手を付けていた。


「ほら、来いよ」


 エリックが言うが男は安易な挑発には乗ろうとはしない。たがしかしエリックにとっては彼を引き付ける策は残っている。


 ――この仮面野郎ども、軍の人間であることは間違いない。


「お前ら、やっぱ軍の人間だろ?」


 発破をかけるエリックであったが仮面の二人は動じず仮面の奥にある口を動かそうとはしない。――ならば


「――ヴィンクリード、知ってるんだろう?」


 その名を発するや否や男がナイフを持ちエリック目掛け走る。伺うことは出来いがきっと仮面の奥の動揺が想像できた。


 ついさっき撒かれた水弾で地面一帯が水を含んでおり走る足元が若干滑りそうになる。


「――やっぱりな」


 そう呟くとエリックは地面に合わせた手で水浸しの地面に雷を発生させる。すると男の俊敏だった動きが格段に鈍くなる。


「――くっ……何を――」


「この水量じゃ麻痺とまでは行かないが、言い感じに効いてるな――シドはあの女の相手を頼む!」


「わかった!」


 とシドが返事をするとニヒトを押さえる彼女に向け銃弾を発射させると女はニヒトを抱え、機敏な身のこなしでほぼ全ての銃弾を避ける――左足に当たった一発を除いては。


 女は一発当たった片足に力が入らないのを感じていたが、確かに銃弾は皮膚に接触したのに血は出ておらず貫通もしてはいない。


 シドが使っていたのは当てた部位周辺の筋肉の働きを一時的に低下させる効果の銃弾だ。殺傷能力はないがこれは彼の信条によるものである。


「これで動けないでしょ! 一発でもなかなか効果あるからね」


「――殺傷能力のない弾丸……ふざけている」


 まるで感情がないかのような語り口で言うと彼女は負傷のない右足で跳躍し空いた左手で、動きが鈍くなりエリックに全くもって攻撃が当たらなくなっていた男の後ろ襟を空中で掴み持ち上げ、そのまま脇にある店の壁を片足のみで跳び跳ねながら走る。


「待て! あの方から直々にエリック・アインヒューズの殺害命令が――」


 襟を掴まれたままで男が言うと、


「それよりもこれが大切、それにその身体では貴方は戦えない」


 と相も変わらず感情がないかのような声で返すと彼女は脇に抱えたニヒトを一瞥し屋根へと上る。


 エリックもそれを追うように足から発した雷撃の反動で屋根の高さまで跳躍し、ちょうど真っ直ぐの所に見える屋根の上の彼らの方へと右手の掌を向ける。


「おい――そいつは置いてけよ!」


 矢の如き俊足で横一直線上に轟く雷撃。――よく見ると三発の雷を束にしている。


 ――が、しかし轟音と雷光が静まった後、屋根の上に彼らの姿は確認できなかった。


 上空からスッと降下するエリックにシドが心配そうに駆け寄る。


「同時に三本も雷を放出させて大丈夫? 三年前の大会の時にしてもそうだけど負担をかけすぎた使い方するとまた気絶しちゃうかもしれないのに――」


「それについては心配しなくていいよ、こいつがあるからな」


 と言って兄がコートの袖を捲って腕輪を見せつける。


「結構いいなこれ、憑依を発動させる時の負担も軽減できるし、威力も若干強くなってる」


 自信作の憑依を制御する腕輪をベタ誉めされ少し照れたような仕草を見せるシドだったが、すぐさま面持ちを真剣なものにし、


「――仮面の二人は……」


 とエリックに尋ねると、


「逃した――ニヒトも一緒に持ってかれた」


 無念さを声に込めて言うと続けて「――だが」と発した後、言葉を続ける。


「策はある。――やつらは軍の人間、おそらくそれに間違いはない」


「……それで?」


「乗り込むんだよ、軍駐屯地に!」


 一瞬耳を疑い息を呑む弟だったが、一度呼吸をし、


「危険だけど、それしかない!」


 と眉根を寄せ内なる覚悟を決めるようにして言葉を発した。

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