06 軍の元帥

 白が目立つ研究室のような場所に、幾つかの机がありその上には実験道具の類いや無造作に散らかった資料が広がっている。それと明らか目につく代物がもう一つ。ぱっと見て用途など解りもしないほどの見慣れない極大の機械。その冷めきった機械の上には白布が敷かれ――更に上には人を象った形相の鉄塊が一つ。


 一人の男がそれをまじまじと見据える。


「開発は順調だ、計画も思うままに進む。――このまま滞りなければ……だがな」


 なにやら未来には、計画の障害とやらが顕れる。彼はそれを畏れ愉しみにもしていた。


◆◆◆◆◆◆


 男がただ一人、黙と研究を往復する室内にて彼は一人ではなくなっていた。


 十三人の若い男女の形相をした者共が彼を囲う。

 容貌や見てくれの性別、髪型に差異はあるもののその十三人は誰しも一貫して白く染まった頭髪に、赤い双眸であった。

彼らはみな無垢で世の理など一片も知ることのない瞳で彼を見る。


「いいかい? 私がお前たちの父親だ」


 言葉の意味を理解できずにいたのだろう。彼を囲う十三人は徐に首を傾げ疑問符を浮かべる。


「そうだな、それだけでは解らないのも当然だ。すまない、言葉不足だった。――私がお前達十三人を造ったんだ」


「造っ……た?」


 二つ結びの女の形相をした一人のそれが不信感にも似た面持ちで呟く。


「そうだ、造ったんだ。だから私はお前達の父親――お父さんと呼びなさい」


 続いてキノコヘアの男の形相をしたそれが「お父さん?」と未だ首を傾げたままで言う。


「そうだ。お父さんだよ」


 その一言と共に人の形相をした彼らの傾いた首が元の位置に戻り、彼らは男を囲い「お父さん」と何度も、狂信的に唱和した。


◆◆◆◆◆◆


「退屈だよ」


 硬い椅子の上に座る十三人の中で誰かが唐突に口から漏らした言葉だった。確かにそうだ、退屈だ。皆が共感した。

 言い出しっぺは男に対し自らを造ったのかと問うた二つ結びの女の形相をしたそれだった。


「でも帰ってくるまで椅子に座ってなさいっしてなさいって、お父さん言ってたよ」


 さながらクラスに一人はいそうな優等生かのように話す彼は男に対し「お父さん?」と聞き返していたキノコヘアの男の形相をしたそれだった。


「なにかあるかな」


 言うと彼女は立ち上がり研究室内をうろうろと探索し始める。――端から見ていた残りの十二人もあるはずもない心の好奇心が突き動かされ立ち上がる。二つ結びに続き部屋を探索をする。


 見てくれは十七歳~二十歳の彼らはさながら生を受けて間もない赤子のように狭い室内を低徊する。その光景は何処とないそシュールさを感じさせた。


 部屋中は小さく地を揺らし、足音で埋め尽くされる。


 机上からに散らかる資料の数々が無秩序に響き渡る足音と共に地に落ちる。


「?――これは何?」


 二つ結びが呟き足元にひらひらと舞い落ちた資料を手に取った。二つ結びの表情が険しくし息を荒げる。


 目を疑うほどの資料の内容を目にし、喉から出かかった言葉さえ行き場を失う。


「どうしたの?」


 呆然とする二つ結びに声をかけるキノコヘア。すると途端、二つ結びのこめかみから青い液状のものが垂れ流れる、と共に砕け散り破片として霧散する鉄塊。――こめかみには刀身が明確な殺意を持って向けられていた。


 二つ結びからは力が抜け、膝から崩れ落ちる。手に取っていた資料がひらりと床に落ちる。


 その室内の皆がたじろいだ。無理もない。なにせ彼女を手にかけたのは――お父さんだったから。

 男は落ちた資料を手に取ると共に残りの十二人に向け濡れた刃先を向ける。


「お前達も見たんだろう? この資料を」


「――見てないよ……」


 刃先から垂れる青色に、あるはずもない恐怖の感情を見出だし後退る彼ら。ひとりひとりが絶望や悲観を顔に浮かべる。

 そんな造りもの達の顔色など気にも止めず、男は彼らに迫り次々に人形の鉄塊は破片と青い液体を散らす。――切り裂く刃先には微塵の情や慈愛さえ置き去りにして。

 

 ――元より情や慈愛など彼にはなかったのかもしれない。男にとって彼らは道具でしかなかったのだろう。


 同じ人工生命を目前で無惨に壊されていく場景に一人の少年が涙する。片目を覆う髪に華奢な身体のそれは後に自らをニヒトと名乗ることとなる少年だった。


 恐怖、絶望、悲観。少年の頭を巡る感情は終に行き場を失った。

 

 彼は仲間が殺されていくのを他所に背を向け逃げ去った。――恐い、殺される、このままじゃ自分まで。少年はひた走る、逃げて逃げて逃げて、行き着く先も知らぬままに。


 もうどれくらい走ったろうか。それも解らない、だがずっと足を止めずにいた。すると少年の視界の全方位が光など微塵もない暗闇に閉じ込められる。たじろぐ少年が足を止め辺りを見渡すと後方から肩を掴まれる感覚が一つ、彼が振り向くとそこには男の姿が。


「ようやく見つけたよ……秘密を知ったからには壊しておきたいのだが、軍上層部から生きたまま捕まえるよう命令が出ててな。これからのお前の住処は牢獄だ」


 男を睨み付け掴んでいた手を振り払おうとした頃にはもう遅かった。彼は意識を失っていた。


「逃げたな」


「プロウムの恥」


「卑怯者」


「臆病だ」


「いっそお前も壊されてしまえばよかった」


 失くした意識の最中、自責によるものなのか、プロウムであった彼らの罵声が脳裏に反響する。それらが尚更逃げたことへの後悔の念を膨れ上がらせる。


◆◆◆◆◆◆


「――ああ畜生!」


 恐怖を振り払う声と共に目を開ける窓際のニヒト。見回すと暗闇など何処にもなくむしろ傍らの窓からは朝陽が顔を出していた。


「ううあ! びっくりしたぁ……」


 何やら作業の最中だったシドが手から機械を落としながら驚くと起き上がったニヒトの方に振り向く。


「――悪い夢でも……見てたの?」


「夢は見ない、機械だからな……まあ悪いモン思い出してたのには変わりないケド。ところでアイツ――エリックはあれから何処に行ったんだ?」


 訪ねるニヒトに「そういえば――」と呟くシド。


「確か……リテロさんがいきなりうちに来て、兄さんをちょっと借りる、って言ってここを出てから大分経つなぁ」


 壁の時計を見ると十時手前を指していた。リテロがエリックを連れていってから間もなく二時間が経とうとしている。

 なかなか帰ってこないエリックを心配するシドの傍ら、彼の作業中に顔を覗き込ませるニヒト。


「オマエ、何造ってんだ?」


 一旦作業の手を止め、制作中なのであろう何かを両手で重たそうに持つシド。その重厚な機械を持ちながら身体ごと後ろのニヒトへと向ける。


「武器だよ。身を守るためにもね」


 とは言うものの護身用にしては厳つすぎる容貌の巨大なそれにニヒトは目を疑った。


◆◆◆◆◆◆


  両脇にはエルピアの国旗が誠意を持って掲げられており質素な部屋の奥には五番街の営みが見下ろせる大きめの窓がある。

 窓の側には細長い机があり、そこに『元帥 グレード・エンディラン』とエルピア語で書かれたプレートが置かれている。


 紙類が丁寧に置かれた机と窓の間に、一人の男がいた。男は室内のドアの傍らに立つエリックを睨み付けるように凝視していた

。――そもそもエリックがここ、囚人地下牢の二つ隣にある五番街の軍駐屯地にいるのは、もとはと言えば喫茶店テスラを訪れたリテロが『軍元帥がお前に話があるらしい』と話を持ちかけた所に帰結する。


 そして今の状況、内装に白が目立つ建物内にて力強い垂れ目にそこしれない威圧を飛ばされるエリック――に至る。

 彼の左右にはリテロとデリーがもしもの時の護衛として身構えていた。


「君が、エリック・アインヒューズ君だね?」


 目の髄から威圧を感じる。語り口からもそれが重々と耳を伝う。


「はい、そうであります」


 ――絶対に敬語で喋れ。ここに来る前リテロが言ってたからな。


 思い出しながら堅苦しくなる口を動かす。すると睨む元帥の目元が緩み、あっと笑いを溢す。


「あっははははは、何をかしこまっているのだ。慣れていないんだろう? こういう厳粛な場は」


 エリックの心を見透かしたように言う。あまりに愉快に笑う元帥に目を点にして、


「あ……まあ――確かに苦手ですが」


「なら良いのだ、無理に敬語など使わなくてもな。もっと肩の力を抜いて話そうではないか」


「え、ええ?――じゃ、じゃあそう……する」


 戸惑いながらも敬語を崩しタメ語で話すエリック。――実は元帥は相手が一般人ならばこのような対応をすることが度々ある。


「おっ、固かった表示が和らいできたな。それで良いのだ、あっははは」


 軽快な笑い声の後、彼の面持ちが真剣なものになる。


「――今回の話と言うのは他でもない、囚人地下牢から脱走した二百四十九番、ニヒト・ラリアのことだ」


 話はそのことだろうと皆目検討は付いていた。――街の何処を見渡しても貼られているニヒトの賞金付きの手配書、モールに部屋の壁に掲示板に、至るところにそれはあった。


 軍は相当に、人工生命プロウムの最後の生き残りであるニヒトが大事なのだろう。


「それが――どうしたんだ?」


 多少動揺を見せかけたがなんとか冷静さを保ち聞き返す。


「昨日、あれを持ち逃げしたそうじゃないか。その後あれの身柄はどうしているのだ?」


「持ち去った後、やつには逃げられた」


「何処に?」


「――それは解らない」


「そもそも何故あれを持ち去ったのだ?」


「俺の知りたいことを、あいつが知っているかもしれないから」


 思わぬ質問攻めにエリックは心中少し慌てながらも落ち着き答える。


「知りたいこと――とは?」


「――ヴィンクリードのことだ」


 その言の瞬間、元帥エンディランは目付きを鋭利にさせ、質問攻めの口をぴたりと閉ざした。


「デリー中尉、リテロ中尉。すまないが部屋から出てはくれまいか」


 冷徹で重厚な口振りで言う。


「ですがリテロと私は――」


「構わん。――それよりも今はこの少年と腹を割って話がしたい」


 デリーの一言は途中でかき消された。疑問の顔を浮かべながらも二人は「はっ、かしこまりました」と敬礼をし、部屋の外へと出る。


 エリックとエンディラン、二人だけの室内にて、無音の静寂がエリックの緊張が大きくなる。心なしかさっきとは比べ物にならないほどの緊迫と威圧が充満しているようにも感じられた。


「エリック・アインヒューズ――貴様は何処まで知っているんだ?」


 語り口の重々しさも、目の髄の威圧も、さっきのとはまるで違う。獲物を狩る時の獣が如く睨み、エリックが少したじろぐ。――だがこの口から真実を言うわけにはいかない。


「ど、何処まで? 何のことだ?」


「いつまでそう、とぼけているつもりだ?」


「――だから何も知らないんだよ、俺は」


 押し倒されそうになる威圧に力を振り絞り、彼の目を睨み返す。


「――そうか」


 睨む目先を緩め、緩やかに息を吐くエンディラン。絶え間ない質疑応答の末、ようやく諦めた様子を見せた。


「すまないな、何も知らないと言うのに攻め立てて。――軍元帥としてあるまじき行為に謝罪する」


 会釈の角度でお辞儀をするエンディランにエリックは、


「別に良いんだ、悪気があったわけじゃないんだろ?」


 ――何はともあれバレなくて良かった。


 と内心で思うエリック。どのみちこれでバレていればの命も危なかったかもしれないとさえ思えていた。


「気分を害してしまっただろう。ドアの先にはリテロとデリーが待機しているはずだ、案内してもらってここから出るといい」


「ああ、わかった」


 エリックは元帥に向かい一礼をし、部屋から出る。その後はリテロとデリーの案内のもと、駐屯地の外へと無事出てくることができた。彼らは郡部の仕事があるためエリックを送り返した後、駐屯地へと戻った。



◆◆◆◆◆◆


 喫茶店テスラがある三番街の四番通りには、五番街からだと大分距離がある。相も変わらず五番街には目を奪われるものが多い。モールにしても、洒落た店や華やかな人の容貌にしても、時計塔にしてもそう。五番街がこの街の象徴だ。

 実際、サターニ村で読んだ本や伝記で書かれているルーデリアはどれも五番街のことばかりを特筆したものばかりである。


 しかし二ヶ月もここに住んでしまえばよく分かる。――隣の四番街は質素で光にたかる蛾みたいなホームレスが必死こいて「金を恵んでくれ」と道中歩く人に地べたに座りながら頼む姿が幾つもあることが。


 要は貧富の差、本には書かれてはいないがそれがとてつもなく激しい。豪華で風情のある景色の中に住めるのは一部の富裕層だけでありその他は並々の生活か、それも叶わない場合路上暮らしを余儀なくされる。


 特に四番街には五番街という華の中で金銭的にも精神的にも堕落した人達が溢れ落ちる場所ということもあってか特にそういった人が多い。


 エリックもたった今、四番街を歩いているが案の定乞食の声が彼の耳に届く。――しかし片手で会釈をしてスルーする。これに関しては仕方がない。

 

 路上生活ではないもののエリックもほぼ文無しだからだ。アールイが喫茶店の二階に住まわせてくれなければこんなことになっていたのか、と思うと何処となく他人事ではないような気がして少し身震いを起こす。


 華のない四番街でもとりわけ人気の少なく薄暗い二番通りを歩く。左右には営業をしておらず、それどころか明かり一つもついていない店の数々が立ち並ぶ路地裏をエリックが一人歩いている。


 心なしか他の通りより暗く感じる、いや、実際かなり暗い。店の明かりがないとかいうことではなく陽の光そのものが大分届いていない。


 唯一の光といえば路地裏の奥の出口の明かりくらいだ。華も彩りもない景色も相まって、そこはかとなく不気味な雰囲気を醸し出している。彼以外の何者の足音さえもないのが尚のこと雰囲気を淀ませる。


 瞬間、一つの銃声がエリックの耳元を掠める。――攻撃だ。


誰かが自分を狙っているのは間違いない。それを悟ったエリックは掌に雷光を纏わせ身構える。


 ――銃声がしたということは相手は人間。だったら気配があるはずだ。


 全身を集中させ、ただ路地裏の無音の中に生じる違和感を感じ取ろうとした。――がしかし。


 気付いたころには背中から馬乗りにされ、頭と手を押さえられていた。――背後には気配などなかったというのに。


 エリックを押さえているのは黒のスーツに白い仮面を被った者だった。


「押さえた所で俺には憑依が――」


 押さえられた掌から雷光を轟かせようとした瞬間、掌をハンティングナイフのようなもので突き刺され雷光は勢いを止め、切られた傷口からは痛々しく血が流れる。


 背中のコートにダラダラと止めどなく流れる赤色。

しかし幸い皮膚の深くまでは刺されていないようで出血だけで済んでいる。手先にはちゃんと感覚もある、だが力が入らない。


 仮面の男がエリックの首筋目掛けてナイフを振り上げる。


 その時だった。――路地裏の出口の方角から幾つもの銃弾が確かな速度を持ってエリックの上に乗る仮面の男目掛けて迫ってくる。


 ――六つの弾丸が、少し崩れ気味の円を描いて急速にこっちに向かってくる……ガトリングか?


 押さえられながらも冷静に銃弾の速度や性質から射撃してきた相手の武器を考察する。


 エリックから手を離し銃弾が皮膚に直撃する瞬間、高く飛び上がる仮面の男。

 

 背中にのし掛かっていた重力から解き放たれたエリックは瞬間的に立ち上がると共に銃弾が飛んできた方向と思われる路地裏の出口をみるとこちらに近づいてくる人影が一つ――それは彼にとって誰よりも見慣れていた人影であった。

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