第1章 赤い瞳の少年
03 手掛かりはいずこへ
父を探すため故郷のサターニ村を発ち、兄弟は都を東奔西走しなかがらも紆余曲折を経て彼らは遂に居所の解らない父の手掛かり見つける――
はずだった。
ところが今、ダイニングテーブルに頬杖を付きだらんと椅子に腰掛けているのは意気込み十二分だったはずのエリックとシドである。
部屋には上質なキッチンがあり日当たりも良い。窓の隅の開けられた純白のカーテンが風に靡く。ワンルームだが快適だ
彼らがこの都市で住処としているのは四番通りの路地裏にあるレンガ造りの喫茶店テスラの二階にある部屋だ。しかも無償で貸してもらっている。
都市に来て三日目の夜にたまたま立ち寄った喫茶店で「住む場所がない」と愚痴を溢したら「うちの二階なら自由に使ってくれ」と言ってくれた店主の彼には感謝しかない。
部屋に差し込む快活な日差しとは裏腹に二人の顔には倦怠感が解りやすく出ている。疲れきった瞳の奥で彼らは何を見ているのだろうか。
「なあシド」
「なに兄さん」
倦怠感は表情のみならず声色にも表れていた。
「手掛かり、見つかんねえな」
「そうだね」
旅立ちから二ヶ月、父の手掛かりどころかそれらしき情報もすらも掴めず分からず終いである。
初めてこの大都市ルーデリアに来た時のことを思い出す。
見渡す限りの部屋に人に賑わいに。都会の独特な香り。田舎の偏狭とは全てがまるでかけ離れていていた。
名所である時計塔にも寄った。アンティークなデザインだがその出で立ちは正に先進国のシンボルでもあった。
モール街の通りでは種々雑多な物の数々が各地より取り寄せられており、そのバラエティに富んだ品揃えはほぼ文無しで何も買うことも出来なかった彼らでさえ何度見返しても飽きることはなかった。
日が傾き都が黄昏に包まれる頃まで観光を楽しんだ兄弟はその後に気付く。
――あれ、どうやって手掛かりを探そう。
となり、今に至る。
エルピア国最大規模のナディア図書館で人を探す方法について書かれた本を読み、その内容の通りにやっては見たが結局は駄目。
そもそも本の記載されている『高い所から釣り糸でチーズをぶら下げる』という滑稽な内容を真に受け実行した彼らもまた滑稽である。しかも引っ掛かったのは食欲旺盛な街のはな垂れ坊主だったときた。
勿論それが駄目と解れば街の人達に聞き込みをした。しかしアシンメトリーで口髭を蓄えている人なんていくらでもいる。その情報だけでは特定の人物を聞き出そうにも聞き出せず、結果聞き込みも駄目。
「大体、ノープランで来た俺達がいけなかったのかもなー」
「かもね、大体人探しなんてそんなパパッとはいかないよ」
兄弟がだるそうに話していると階段から誰かがこちらへと上がってくる足音が聞こえてきた。
姿を見せたのはこの喫茶店の店主にして彼らに部屋を貸している張本人のアールイという名の中年の男である。オールバックに輪郭を覆う薄い顎髭。小さな丸眼鏡がよく似合う。
「どうしたんですか? アールイさん」
「お前さんらに客人だ」
「俺達に客人?」
アールイはこくりと頷く。兄弟は倦怠感で満ちた顔をぱちんと叩き重い腰を上げる。
目を擦りながら一階へと降りる兄弟とそれに付いていくアールイ。
一階の喫茶店にはいつものようにカウンターとその隣に六つほど椅子が並べられているのみである。いたって奇抜な点もなく何の変哲もない喫茶店に、見知らぬ二人の男の姿があった。
一人は気だるげなボブカットのリテロ、もう一人はスキンヘッドのデリー。二人とも涅色を基調とした軍服を着用している。
「お前が、『雷光の憑依使い』だな」
リテロがエリックを指して言う。
「そんな大層な肩書きを持った覚えはねぇけど、確かに雷の憑依が使えることには間違いないぜ」
その証拠だと言わんばかりに彼らの目の前で手にビリビリと雷光の纏わせてみせた。
彼らが眉を上げる。間違いなく彼が『雷光の憑依使い』だと確信した。
「ところで、兄が『雷光の憑依使い』であることは間違いないとして、弟であるお主も憑依使いなのか?」
デリーはエリックの傍らに立っていたシドに訪ねる。
「僕は憑依使いではないんです。ただ――」
言うと彼は懐から金属製の腕輪を二つほど取り出す。
「こういう感じのものを造ってます」
シドは自らを助けてくれた兄の役に立ちたいと思い、村で憑依使いの能力を補助するための機械の製造に尽力していた。
「ほう、この装飾品にはどのような効果があるのだ?」
デリーが興味津々に食い付くと弟は待ってましたと言わんばかりに
「これは憑依使いの能力を補助するための腕輪なんです。属性を体外から放出させる時に反動の軽減したり、強化してくれたりするんです!」
とやや早口気味で興奮しながら性能について語る。デリーが顎に手を当て頷き、ますます興味を寄せていた所に兄が口を挟む。
「んで、わざわざ軍人が俺に何の用だ? それとも軍部は民間人の力を借りなきゃいけないほど落ちぶれたか?」
皮肉混じりに言葉を紡ぐ兄に、
「ちょ、ちょっと兄さんそんな言い方はないでしょ」
耳元で囁き宥めようとする弟。
「別に軍部が落ちぶれた訳じゃない。私はただ取引をしに来たのだ」
リテロは気だるげな見てくれとは反対に冷静沈着に話を持ちかけるとカウンターの上に一枚の紙をどんと置いた。
紙には、片目を覆う白髪に赤い瞳の華奢な少年の写真があった。
その他にも名前、身長、体重、その他諸々の情報が事細かに記されている。
「先日地下牢から脱走したこの少年を捕まえもらいたい、勿論それなりの対価は支払う」
「対価といっても我が軍は予算が……」
デリーが横から口を挟む。
「うちもジリ貧なのは解っている。――最悪私のポケットマネーから出す」
少し不満そうに言う。彼も極力プライベートで使う資金は確保しておきたいのだ。しかしそれを差し置いてまでも彼にとっては『雷の憑依使い』は重要な存在になりうるのだ。
「対価っつっても……あいにく俺は金で動く主義じゃないんでね。他をあたって――」
「その対価が、父の手掛かりだとしてもか」
エリックとシドは眉間に皺を寄せ息を呑む。
「何……」
「――やはりな。互いにとっても悪い話でもないだろう。お前がヤツを捕まえ、私はお前の父の手掛かりとなる情報を話す」
エリックは暫く俯いた後、顔を上げる。
「その取引、引き受けた」
たかが人っ子一人捕まえるくらい容易なことだ。しかし妙に引っ掛かる、何故軍の人間が父を探していることを知っていたのか。これが軍の情報網とか言うやつなのか。だがなんだろうと父のの手掛かりがあるとするなら形振り構ってはいられない。
「そういえば、私達の自己紹介がまだだったな。私の名はデリーだ。宜しく頼む」
律儀に挨拶をするデリー。それに合わせてリテロも名乗る。
「私の名前はリテロだ」
「宜しく、俺はエリ――」
リテロは手を前に出し首を横に降る。
「言わなくとも調べは付いている。エリットだろ?」
したり顔で言うリテロだったがしっかりと間違えてしまっている。
きょとんとするエリックとシド。エリットって誰だと言わんばかりに顎に手を当て首を傾げる。
「あれ……もしかして名前間違えた……」
訊くリテロに対し頷く兄弟。
「ええと……エリーぜ」
首を横に振る兄弟。笑いそうになり口元が緩みはじめる。
「……エリッカだろ」
敢えて表情を崩すことなくなんとか平静を保っていたが流石にもう我慢出来ず腹を抱えて吹き出す兄弟。
「だっはははははは、誰だよさっきから! お前本当に調べ付けて来たのかよ!」
「あっははは。ご、ごめんなさい。ここまで来るともう笑うしかなくって」
幾度となく名前を間違えた羞恥心から頭を抱え顔を赤らめるリテロの肩に手を置き寄り添うデリー。
「大丈夫だ、人は誰しも失態を犯して成長するのだ。ちなみに彼の名前はエリックだ、ついでに言うと隣のが弟のシドだ」
「知っているのなら……俺が間違えた時に教えてくれても良かったじゃないか」
「いやぁ。幾度と間違えるものだから面白くてなぁ」
無慈悲にもデリーも彼が名前を間違えるさまを見て面白がっていたようだ。
「ゴホン。そんなことよりだ」
わざとらしい咳払いで周りのコミカルな空気を振り払うリテロ。
さっきまでの喜劇的な流れとはうって変わって場の空気が重々しくなる。笑いこけていた兄弟が表情を真剣なものへと戻すとリテロがカウンターに置いていた紙を指す。
「少年の名は、ニヒト・ラリア。軍の機密資料を持ち出した罪で五番街の『囚人地下牢』に投獄されていた」
「ところで、言わないとは思うけど――機密資料の内容ってのは一体?」
躊躇いつつも、疑問と興味を同時に抱きながら訊くエリックであったが
「勿論知っていたとしても言えないし、内容を知っているのは軍内部でも上層部のみだ」
とリテロに返されてしまう。そりゃあそうだ。名前に『機密』なんて付いているモノを教えてくれるはずもない。ましてや彼らが知っているはずもない。
◆◆◆◆◆◆
三日後、湿った空気に音を立てる雨粒の数々。心さえも晴れない気がする天気のなか、エリックは傘も差さずに時計塔の側に立っていた。傘を差さずに、とは言ったがエルピアの人間は基本的に昔から傘を差す文化そのものがない。
「おっそいなぁ。約束の時間から何分経ってると思ってるだか」
彼が時計塔を見上げ時間を確認すると約束の十二時からもう三十分も経過していた。三日前に
「囚人の居所は掴んでいる、私が案内する。万全の準備を整えておけ、戦闘になる可能性も高い。三日後に時計塔に集合だ。絶対に遅れるなよ」
と言った張本人が遅刻とはどうなのか。
と思っていると、後ろから声が聞こえてきた。
「おう。ちゃんと来ているようだな」
と全く反省の色を示すことなく平然と挨拶をかますリテロ。
「どっちかって言うとちゃんと来れてないのはアンタの方なんだよなぁ……でも遅刻したってことは何か理由でもあったのか?」
「まあちょっとな。我々も暇ではないからな」
「なら……まあ仕方ないか」
軍となれば連日仕事で山積み、なんてことがあっても可笑しくはないだろう。彼の過労を考えれば少しは遅刻に対する憤りもおさまってきた。
「では行こうか」
リテロが言うとエリックのことを先導するようにして彼の前に立ち歩きはじめた。エリックはそれに追従する。
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