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 こちらの車に移ってきた二人の沈痛な顔から、採点結果は聞かずともわかってしまった。


「宗像九郎が断言しよう。斯波七夏は殺人者だ」


 ただ一人、この結果を予想していなかった常陸さんは、それを聞き、しばらく声を失っていた。


「…………嘘だろ、おい。小五だぞ」


 小学五年生。十一歳。おかしな話ではない。人間は、ドアノブを押すのと同じ動作で人を刺せるし、崖から突き落とせる。


「倫理や道徳の面に目を瞑れば、身体能力的には十分可能です。相手は自分と同じ体格なわけですし。……念のために聞きたいのですが、斯波七夏が過去に人を殺した記録はありますか?」


「ない。いや、ないはずだ。完全に盲点だった。そんなところまで追いかけてねえ。つーか、そんな想像しねえよ、普通」


「宗像さんが先ほど提示した三つの鍵。その中で最も重要なのは父親の沈黙だと思いました。

 なぜこの人は、娘がいなくなったというのに、何の証言も質問もしないのか。

 ここに、『空木修右は殺人を犯したことがない』という情報を加えると、『父親が娘の行方について心当たりがある』かつ『呆然自失の状態にさせる出来事があった』ことを同時に満たす説明をしなければならないことになります。


 斯波七夏が、斯波七海を殺害した。それが最も、説明のつく結末です。

 父親の沈黙の理由は、愛しい娘の一人を失い、かつその娘を殺害したのが、自分のもう一人の娘であったため。だから彼は何も言わなかった。生きている娘を守るために。


 順序通りに話すなら、事件当日、双子は父親に会いに行った。

 連絡をいつから取り合っていたのかはわかりませんし、それが定期的なものだったかもわかりません。何にせよ、この二人が父親といる時に、何かがあった。そして、姉が妹を殺害。それを父親は目撃してしまう。

 恐らく、事件当日から捕まるまでの数日の間に彼がしたことは、死体の処理と、殺害に関する証拠隠滅でしょう。自転車が元々どこに置かれていたかはわかりませんが、遺体と一緒に、どこかに処分されているはずです。それが終わって放心状態で家に戻ったところを、常陸さんたちが捕らえた」


 宗像さんの〈力〉が前提になければ、妄言にしかならないような話だ。それを自覚しながら、わたしは話を続ける。


「ここからは推測の域を出ない、推理と言えないような推理ですが……例えば、殺害を目撃してしまった父親は、斯波七夏に、家に帰るように言った。何も知らないふりをしろ、七海と天草山に遊びに行って、途中で分かれたと伝えろ、と。その父親の言葉に、七夏は従った……いえ、もしかしたら、そんな生ぬるいことではなかったかもしれません」


「『生ぬるい』、とは?」


 助手席に座る白良さんが、首をこちらに向けて尋ねる。


「わたしは資料からの情報しか知り得ませんが……帰宅してからの斯波七夏の態度は、落ち着きすぎています。とても、殺人を犯した後とは思えません」


 斯波七夏は殺害の計画を事前に、入念に立てていたのではないか。

 その計画には、父親が目撃することまで含まれていたのではないか。

 父親が事後工作をしてくれることを確信して。


「……いえ、現状では、具体的なことを言うことはできません。

 いずれにせよ、斯波七夏と七海の関係が、本当にツーマンセルだったのか、調べ直す必要があるでしょう。また、双子が父親をどう思っていたかも……。そこから犯行を立証する糸口が見つかるかもしれません」


 逆に言えば、そこからしかこの事件は追えないだろう。斯波七夏の言葉はもはや、何の信憑性もないのだから。容疑者全員が犯人だった、あの探偵小説のように。


「真名嬢。空木に『貴殿の御嬢さんは、妹を殺したね?』と直接的に訊いたら、貴嬢はどうなると思う? 空木は大人しく証言をするかね?」


「ありえません。自殺を企てる……いえ、その場で速やかに、実行するでしょう」


 この父親が警察に捕まってなお『自分が殺しました』と言えないのは、恐らく、嘘でもそんなことは言いたくないからだ。愛しい娘を、自分が手に掛けたなど。

 しかしもし、もう一人を守るためにそれが必要となれば。絶対条件となったなら。彼は自分が殺したと叫んだ後、その呪われた舌を嚙み切るに違いない。


「だろうな……それが最もありきたりな台本で、つまらない結末だ。

 未練。今の想定のもと、事件を洗い直す。内容が内容だけにメンバーは絞る。恐らく、紅野と壇ノ浦あたりになるだろうが」


「……了解です」


「吾輩はこのまま本部に戻る。未練は二人を事務所にお送りしろ」


「忙しくなりそうなら、タクシーでも拾いますよ、白良さん」


 宗像さんの提案に、白良さんは首を振り、助手席のドアを開けた。


「構わんよ。未練にはクールダウンの時間が必要だろう」


 自分にも、と言わないのは、プライドからか――それとも。

 わたしの目的を問うた、白良征一郎。名探偵になれなかった、というこの人は、ではなぜ宗像さんと共に、事件を解決しようというのだろう。こんな役割を、背負っているのだろう。


「貴方はどんな目的で、こんな役割をしているのですか?」


 いつもの悪癖で、考え無しに、疑問が口から滑り落ちた。車から降りた白良さんは、こちらを向いてニヤリと笑い、


「『こんな』の指す範囲がわからんので答えようがないな。――先達として忠告しておこう。質問は解答よりも丁寧に紡ぐことだ。またいずれ、雑談でも交わそう。御機嫌よう、真名ひいらぎ嬢」


 そう言って、仰々しく一礼すると、名俳優はドアを閉めた。

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