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三人を乗せた車が、ゆっくりと動き出す。
常陸さんの自家用車であるシルバーのセダンは、驚くべきことにオートマではなくマニュアル車だった。クラッチが付いた車に乗るのは、公共機関を除けば初めてかもしれない。わたしにとっては、未知に近い機械である。
わたしがそれを口にすると、常陸さんは「オートマって何か気持ち悪くてなー」と言いながら、流れるようにギアを切り替えていった。
「真名ちゃんは車に興味はねーの?」
「今のところは。免許を取れば、変わるのかもしれませんが」
「そうそう、あたしも最初はオートマでいいと思ってたんだけどさ、一応マニュアルで取っとけって言われてよ。んで、マニュアル組も教習の一環でオートマに乗せられるんだが、もう駄目。自分が動かしてるって感覚が抜けるんだよ、オートマって。車ってえのはデカい凶器なんだ。自分で操作してる意識だけは落とせねーと思ってな。最近は、警察車両もすっかりオートマだらけになっちまって、あたしとしては不満しかねーんだが、文句言ってもしゃあねえしな。
……あー、そういやさ、宗像はあの黒のワーゲン、どうしたんだ? あれもマニュアル車だったろ?」
「実家に送ったよ。妹が乗ってるはずだ」
「……そっか。ふーん」
どこか感慨深げに常陸さんが頷くのを後ろで見ながら、わたしはわたしでちょっとした驚きに包まれていた。車の話から思いもよらぬ方に話が飛んだものだ。
宗像さんには妹さんがいる。
いや、いても何の不思議もないのだけれど、突然家族構成に関して新情報が出てくると、名状しがたい感覚が心に巻き起こる。『この人も誰かと一緒に生きてきたんだ』という手触り、とでも言おうか。
わたしが『へえ』と思っていると、助手席に座る宗像さんが顔を半分こちらに向けて言った。
「真名君は確か一人っ子だったね」
「おいおい、何だ、ストーキングして調べたのか? 流行りのSNSで特定ってやつか?」
「常陸君はどれだけ僕を檻の中に入れたいんだい? 雇用主として履歴書を出してもらっただけだよ。ご両親と真名君の三人家族」
わたしは、ええ、そうですね、と窓の外に目を向けながら答えた。
嘘はついていない。現在のわたしは、三人家族だ。
……そのまま車内は家族構成の話へなだれ込み、常陸さんが、
「あたしんところは実家に母親と兄貴が一人。親父は死んじまったからなあ」
といつもと変わらぬ口調で言う。亡くなったのは半年ほど前らしい。お悔やみを言うべきか言葉に詰まっていたら、常陸さんは、
「八十六まで生きて死因が老衰なんだから、十分大往生だろ」
と口調は明るく言った。それはそれで衝撃的な事実で、わたしは言葉が出ないのだった。
「でもあれだな。真名ちゃんもご両親が健在なら孝行しておいたほうがいいぜ。あたしはあたしで、後悔のないように動いてきたつもりだったが、実際にいなくなられると色々と思うところはあったし」
両親。父親と母親。
わたしは恵まれていると言えるだろう。
家族愛というものは他の家族と比較できるものではないが、『愛されている』とは感じている。
過度に構うではなく、突き放すわけでもなく、わたしを家族であり一人の人間として見てくれる。進学に関しても、このアルバイトに関しても、『お前の判断なら』とあっさり了承してくれた。……宗像さんはわたしの知らないところで両親と連絡を取っているそうだが、そんな話が家で出たことはない。
もちろん、その信頼に重みを感じることがないと言えば、嘘にもなるのだけれど、それはわたしの我が儘だ。
狂気の父、空木修右。この人は娘たちにとって、どんな父親だったのだろうか。
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