[3]


 宗像さんの方に目を向けると『どうぞ』という風に、片手で譲られた。


「……では一点だけ、質問を。その姉妹の普段の評判はどうだったのでしょうか?」


「そいつらの友だちやら近所の住人やらに話を聞くと、品行方正で清廉潔白って感じだな。少なくとも悪さをしていたという情報は一切ない。母親曰く、これまで門限もきっちり守ってたそうだ。無断外泊どころか、母親なしで外泊したことなんて、学校での林間学校くらい。

 一応補足しておくが、『失踪の前に母親や姉と喧嘩をしていた』ってこともない。当人たちに確認を取ってる。真名ちゃんが考えてんのは『斯波七海が自分の意志で、単独で家出をした可能性』、だろ?」


 その通りだった。流石に警察も、その方面での調べはしているらしい。


「話を聞いた限り……現時点ではただの行方不明のように聞こえます」


 純粋に、宛ても理由もわからない。行方が不明の状態。

 わたしの意見に、宗像さんも頷く。


「そうだね。可哀想なことだとは思うが、僕の、というか僕たちの出番があるとは思えない」


「ところがどっこい。ここから話が複雑になる。話の中に父親が登場しなかったのには気づいてるよな?」


 それは、確かにちょっとした疑問の一つだった。登場人物に母親と双子しか出てきていないこと。片親の家も珍しくはないので質問は省略していたが、宗像さんも当然、気づいていたことだろう。


「斯波家は絶賛泥沼別居中でな。数年前から、父親は母親プラス双子と離れて暮らしてた」


「別居、か。この御時世だと『そういうこともあるだろうね』と思うだけだけれども……『泥沼』というと?」


「別居の原因は父親の狂気にあった、と母親が証言してる」


 気が狂う。

 その言葉の意味は広範だ。「どういう類の狂気ですか?」と問うと、常陸さんは膝の上で頬杖をし呆れるように言った。


「娘たちへの異常な愛情」


 愛情。なるほど、それも極端に至れば十分に狂気になるだろう。


「セクハラの誹りを覚悟で聞くんだけど、それは性的な意味が含まれるかい?」


「いや、どうもそういうんじゃないらしい。純粋に、娘がかわいくてカワイくて可愛くて仕方がなかったんだそうだ。

 この父親、名前は空木うつぎ修右しゅうすけっていうんだが、可愛がり方が尋常じゃなかった。あたしも色々と証言を聞いたがエピソードが満載過ぎる。馬鹿親の日本代表に選ばれても驚かないレベル」


「具体的には、どのようなことをしていたんですか?」


「真名ちゃんに話せるもんだと……んじゃ、牽制に出す軽いジャブ。娘の学校へ仕事の合間を縫って毎日授業参観をする」


 牽制の一発が重い。自分の立場に置き換えて想像すると、ゾッとする話である。わたしは父親と不仲になった記憶はないし、感謝も尊敬もしているが、そんなことをされたら自殺を考えるだろう。


「次。距離を測るためのジャブ。その授業参観中、『娘に好意的な視線を送った』という理由で授業担当の教員に掴みかかる」


「…………」


 ダウン。痛々し過ぎて、もう続きを聞きたくなかった。見知らぬ双子に同情する。


「もういいのか? 相手の力量を計るためのジャブへと話は続くんだが……。

 ちなみに、警察の世話には三回なってる。全部示談になってるから、実刑はくらってねーけどな。この父親のおかげで、前の学校で双子ちゃんには友達がほとんどいなかったらしい。できた端から父親に駆逐されていったわけだ。


 んで、そんな父親に母親は耐えかねて、娘を連れて夜逃げを敢行した。今から三年前のことだ。県どころか地方を跨いでの大移動。もちろん、父親に居場所は告げずに。携帯電話の類も全部変えて、苗字も旧姓に戻して、な。

 父親は当然荒れ狂って、喚き散らして、打ち壊して……詳細は省くが、留置場に一週間ぶち込まれてた。釈放後はしばらく家に引きこもってたらしいが、その後仕事も辞めて、人知れずどこかにいっちまった。


 娘の行方不明が確定すると、母親はこの父親に疑いを持った。何かしらの方法で自分たちの住んでいる場所を特定し、攫ったんじゃないかってな。ま、当然だよな。

 警察はすぐに、斯波七海の探索と同時に、父親の捜索を開始。あたしらのグループは、父親の捜索に割り振られた。

 母親の読み通り、空木は斯波家の近く――って言っても車で小一時間ほどいったところだけどな――に住んでいた。安普請の、今にも崩れ落ちそうなボロアパートだ。

 住所がわかってからすぐに向かい、昨日の早朝、部屋にいるところを確保したんだが……斯波七海の姿はなく、空木はこっちが踏み込んだ時点で放心状態というか、もう完全に魂が抜けててな。うんともすんとも言わない。明らかに様子がおかしい。

 警察あたしらは何かしらの事情を知っている可能性が高いと踏んで、今は警察本部に引っ張って問いただしている最中だ」


「ああ、それで」


 ここまで聞けば、なぜ宗像さんの〈力〉が求められているかは明白であった。


「宗像さんに判別して欲しいということですね」


「そういうこと。警察としては、というか白良さんとあたしからしたら、父親が殺しをしているか否かの情報がほしいんだ」


 なるほど。それならばわたしは差し当たり不要だろう。宗像さんが事態を確認してからでこと足りる。気づかなかったわたしも迂闊だが、宗像さんの〈力〉はバグ潰しというか、冤罪潰しのような使い方も可能なわけだ。解決への一手として、王手にはならなくても、無駄な手順は省略することができる。

 わたしは勘違いをしていた。宗像さんの〈力〉はむしろそういうケースで使われることが多いに違いない。宗像さんの〈力〉が必要な事件がレアなのではなく、わたしが役に立つというケースがレアなのだ。

 さて、と言いながら、宗像さんは腰を上げた。


「場所は本部だったね。時間も、予定から四時間以上押していることだし、早速行こうか。

 ……真名君はどうする? もし父親が殺人者だと言うのなら出番もあるかもしれないが、その場合は急ぎでもないだろう。身柄は確保されているのだからね。テスト期間中でもあるし、無理強いはしない」


「同行することも可能ですか?」


 常陸さんに確認する。この場で許可を出せるのは宗像さんではなく彼女だろう。警察の内部に入り込むことになるのだから。


「今更何言ってんだよ。つーかこいつと車で二人きりとかきついから、あたしは無理強いするぜ。来いよ、真名ちゃん」


「常陸君、僕のこと嫌い過ぎないかい?」


「はっ、それもまた、今更な話だな」


 そう言って常陸さんはカラカラと笑った。

 わたしには、そう嫌っているようにはとても見えなかった。この二人はどう出会い、どんな事件を経て今に至っているのだろう。それは、宗像さんにではなく、常陸さんに訊いてみたい。何となく、そう思った。

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