[2]


「行方不明、ですか?」


「そ。小学生の女の子がいなくなった」


 前回の殺人事件の時もそうだが、あくまで軽く言う常陸さんだった。これが彼女の性格によるものなのか、刑事という職に就く者の習わしなのかは、付き合いの浅いわたしは知るよしもない。

 それにしても、行方不明?


「……なるほど。宗像さんが有力な容疑者として挙がっている、ということですね」


「正解。さすが真名ちゃん、名推理だ」


「いやいやいやいや、肯定しないでくれたまえよ常陸君。そこまでの容疑を掛けられる生活は送っていないよ、僕は」


 容疑が容疑だけに、即座に否定する宗像さんだった。その様子はむしろ容疑者じみていると言えば容疑者じみているが。

 そもそも黒のスーツに黒のワイシャツを着、黒のネクタイを締め黒の革靴を履いて黒の腕時計を付け、黄色フレームの眼鏡を掛けるというファッションを選択した時点で、いつ職務質問されても文句が言えないと思う。

 とはいえ、今はそれが本題ではない。


「行方不明事件で、常陸さんが宗像さんを訪ねてくる理由が他には浮かばないのですが」


 宗像さんの〈力〉のすべてをわたしが把握しているわけではないにせよ、『行方不明』で役立つとは思えない。あくまで特定できるのは、殺人者のみのはずだ。誘拐殺人ともなれば話は別だろうが、そういうわけでもなさそうである。


「あれ、宗像にはどれくらい伝えてあったっけ? 事件について」


「どれくらいもなにも僕が受けた連絡は、昨日の深夜に送られてきた『仕事をくれてやるから十時以降は空けとけ』という一文だけだよ。『概要は?』と返信したけど、それから音信不通だし」


 元の連絡がそんな感じだったらしい。当の常陸さんは「あれそうだっけか、おっかしいなー」ととぼけている。どうにもこうにも、常陸未練という人は大雑把にできているようだった。


「一から話すとちょいと長いんだが……しゃあないか。

 ……今から四日前の七月十日、日曜日、時刻は夜の十時。警察に一本の通報があった。


『娘が外に遊びに行ってこの時間まで帰ってこない、連絡もつかない』


 ってな。通報者は斯波しばひとみ、年齢は三十三歳。

 誘拐の可能性も考慮して、数名の警察官が家を訪ね、詳しく事情を訊いた。

 通報があった当日の午後一時ごろ、小学五年生の双子の姉妹、斯波七夏ななか斯波七海ななみが遊びに出て行った。七夏が姉で、七海が妹。一卵性だから、この通りそっくりだ」


 そう言いながら、常陸さんは上着から写真を取り出し、テーブルに置いた。そこには笑みを浮かべたワンピース姿の少女が二人、頬をくっつけるようにして立っていた。二人とも髪は三つ編みに結い、桃色の小さな唇は僅かに開かれ白い歯をのぞかせている。黒目がちの大きな瞳でジッとこちらを見る姿は、どこか蠱惑的ですらあった。そして確かにどのパーツを切り取って照らし合わせても、他人のわたしからはまったく同じ顔に、体つきに見えた。

 常陸さんは説明を続ける。


「小学校の低学年ならまだしも、もう五年生だ。母親も特に心配なく見送ったらしい。それに一人で行くと言うならまだしも、この二人はいつもセットで動いていたらしいからな。ツーマンセル、一心同体、桃園の誓い」


「桃園の誓いは義兄弟だよ、常陸君」


こまけーことはいいんだよ。

 んで、そんなはずの姉妹がなぜか片方しか帰ってこなかったことから、話は剣呑な方向に進み始める。

 斯波家は、門限を夕方六時に設定してたそうだが、姉の七夏が一人で帰宅したのは五時ごろ。七海はどうしたと母親が尋ねると、『帰り道で、忘れ物があると言い出して、途中で別れた』とのことだった。

 それならすぐに帰ってくるだろうと、母親は楽観的に処理した。ま、責められることじゃないがな。

 ところが三十分経っても一時間経っても一向に帰ってこない。六時を三十分ほど回ってから、母親が心配になってラインやら電話やらを入れたが、何の応答もない」


「おや、どこかで聞いたような話だね」


「次に余計な茶々入れたら蹴り飛ばすぞこの野郎……。

 えーと、午後七時を回った頃、母親は近所を探しに出てる。公園やら、図書館やら、書店やら。だがいずれも成果がない。その間に、姉の七夏も学校の友人などに連絡を入れたらしいが、そちらも駄目。なしのつぶて」


「あの、携帯電話のGPS機能は使わなかったんでしょうか?」


『余計な茶々入れんなっつったろーが!』と蹴られる可能性も考慮して身を構えながら訊いてみる。すると常陸さんは「あー」と頭を掻き、唇を尖らせた。


「話が前後して悪いが……事件当日、携帯は自宅に置いていったそうだ。双子の二人とも」


「え?」


 思わず声を上げてしまった。わたしの心情を察したのか、宗像さんが常陸さんの言い方に確認を入れる。


「『置いていった』というと、双子ちゃんは意図的にそうしたということかい?」


「ああ。母親も、数年前までは持って出たかチェックしてたらしいんだが、最近はそんな習慣もなくなって、まったく知らなかったそうだ。そりゃ、ラインだろうが電話だろうが応答はないよな」


「置いていくことを選択していた理由はわかっていますか?」


「斯波七夏に話を訊いたところ、持ち歩くと失くしそうでいやだったとか、カバンに余計なモノを入れたくなかったとか、そんな感じらしい。それにしても、あのくらいの年齢って携帯いじるのが楽しくて仕方がねーもんだと思ってたんだけどなー」


 話している常陸さん自身、どうにも腑に落ちてはいないようだった。

 しかし差し当たり、この話に拘泥しても仕方がない。話の腰を折ってすみませんと頭を下げ、続きを促す。


「そんな状況もあって……結局、何の手がかりもないまま時間だけが過ぎた夜十時ごろ、母親は警察に電話をすることにした。事故か事件か、いずれにせよ、いずれかの可能性が高いと判断してな。さっきも話したように、警察はすぐに動いたんだが、今現在まで、誰からも何の音沙汰もない。ここまでで、何か疑問・質問は?」

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