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 事件のあったという別荘から数百メートルほど離れた、寂れたペンションの駐車場に、常陸さんの言うところのワゴンは止められていた。

 中に入る前、わたしはその内部を、スパイ映画で見るような、モニターと配線だらけの空間だと勝手にイメージしていた。

 だが、機材として目に付くのはタワー型パソコンが一台、後は段ボールの中にイヤホンやらトランシーバーやらが見えるだけ。備え付けの荷物入れには何か他にも入っているのかもしれないが、それらを漁るガメツサは持ち合わせていない。

 確かに、現場とさほど離れていない場所を繋ぐのであればこのくらいで十分なのかもしれない。いや、わたしがそんな気を回さなくても、過不足はないだろう。あの人たちは、宗像さんの言う元相棒さんとの事件で、十二分に慣れているはずなのだから。


 そして常陸さんの言った通り、車内に居心地の悪さはまったく感じなかった。

 なぜならこれはワゴン車ではなく、キャンピングカーだから。それも恐らく、高級な。

 今腰を掛けている、L字形に配置されたソファは革張りで、六人はゆったりと座れるサイズである。ソファに合わせて設置されたテーブルは、木目の美しい一枚板。目を左右に転じれば、大型テレビ、調理用のコンロに冷蔵庫、奥にはトイレまで付いている。快適に大陸横断ができてしまいそうな、豪華な仕様だった。

 一体、総額でいくらするのか見当もつかない。

 というより誰の、どこの所有物なのか。まさか宗像さんの私物でもないだろうけれど、警察により税金で買われたものだとすると……いや、深くは考えないことにしよう。そもそも宗像さんの、つまるところ自分のお給料の出どころさえ、わたしは知らないのだ。


 宗像さんと常陸さんの二人は、予定通り殺人者の特定に向かった。その場に居合わせたいかと尋ねられたら、『はい』と答えたかもしれない。が、そこまで子どもじみた要求もできない。

 だから今は、純粋な隙間時間である。

 現在進行形の事件のため、採用試験の時のようにファイルを捲っているというわけにもいかない。

 手持無沙汰に、目を瞑って事件の概要を頭から思い返していく。

 鍵になりそうのは、死体の口に詰められたドライフラワーと犯行状、か。

 犯行状の中身は、


『罪悪を飲みし者、すべて死すべし』


 罪悪を飲む。

 文字通りに捉えるなら、死体が口に含んでいた赤い彼岸花を指すと考えられる。

 彼岸花の花言葉は『悲しき思い出』……は覚えているが、他にもあったはず、とスマホを起動させる。


 彼岸花。別名、曼珠沙華・死人花・幽霊花・地獄花・捨子花など。

 日本で咲くのは、九月ごろ。花言葉は、『情熱』、『悲しき思いで』『あきらめ』など。


 ……花言葉というもののいい加減さを再認識する。あの花のどこに、『情熱』の要素があるのだろう。

 現状、花に関しては、これ以上考えても仕方がない、か。サークル内部で、彼岸花自体が何らかの符牒として使われていた可能性もある。宗像さんと常陸さんの帰りを待つしかない。

 犯行状の方がどうだろう。やはり気にかかるのは、『すべて死すべし』という記述である。

 すべて。

 東原カズミだけに殺される理由があるのなら、『すべて』などという修飾は不要だ。単に、『死すべし』で済むはずである。犯人はまだ犠牲者を増やすつもりでいる? もう警察が来ているというのに?

 不可能だ。もちろん、捕まるのを覚悟の上というのなら話は別だが、そんな覚悟があるならば、昨日のうちに全員に睡眠薬を盛って……いや、もっと簡単に、致死性の毒薬を盛ればよかったのだ。

 後日、殺害に及ぶつもりでいるのだろうか。……それもない。そうであれば、犯行状など、ドライフラワーなど残さなければよいし、被害者の東原カズミには睡眠薬を飲ませてあったのだ。自殺に見せかけることもそう難しくはなかったろう。

 容疑者が絞られた空間で、あえて殺人だということを強調した理由は?


 ……宗像さんは、どんな答えを持ってくるのか。そしてその後、どんな可能性を提示するだろうか。

 探偵小説の醍醐味は、『意外な犯人』にある。

 犯人もトリックも、読者が即座にわかってしまうような代物は、探偵小説として失格だろう。もちろん現実世界で『意外な犯人』である必然性などまったくないし、小説と現実を混同するつもりもないのだが。


 それでも、期待しないこともない。

 さて、今回の事件。

 殺人者は、一体誰なのか? 真相はどこにあるのか?

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