[6]


 千堂は慌てて他のメンバーを呼び、すぐに警察に通報した。

 警察到着後、それぞれが事情聴取を受けたが、金曜の夜から翌朝までの間について、全員が、『部屋で執筆をし、その後就寝した』


 と供述している。


『夜間に部屋の行き来はなかったのか?』


 という質問に対しては、千堂が代表して答えた。


『作品を書くのが合宿のメインなのだから、個人の部屋に行くのは控えようと決めていました』


 これまでにも、彼女たちは合宿を何度か行っており、常にそうしてきたそうだ。

 もちろん、『トイレに行った』、『恐らくその音(ドアの開閉音や水を流す音)を聞いた』と話す者はいたが、だからと言って、それが犯行と関わっているかなど、わかりはしなかった。


 要するに、この事件においては、全員にアリバイがないのだ。


 部屋は基本、二階の客間を一人一室、ゆったりと使っていたが、二階の部屋数の都合で、場を提供している千堂千穂のみ、一階の部屋を使用していた。

 東原カズミの遺体は現在も検死中であるが、死因は頸部を紐で圧迫されたことによる窒息死、死亡してからは五時間ほどが経過していると推定された。

 凶器に使われた紐は首に巻きついたままだった。

 被害者に抵抗の跡は残っていなかったが、これは殺害される前に、何かしらの睡眠薬を服用したためと断定されている。

 室内から薬が見つからなかったことから、夕食、ないし食後のコーヒーにでも混入されたものと考えられた。


「……っと、重要なことを言い忘れてた。

 東原カズミの口の中には、ドライフラワーが無理やり突っ込まれてた。んで、備え付けの机の中から『罪悪を飲みし者、すべて死すべし』と書かれた犯行状が見つかってる」


 事件の猟奇レベルが跳ね上がったのを感じた。

 ドライフラワーに、犯行状?


「口に入れられてた花は、赤い彼岸花。

 葬送のつもりだったのか、それとも何か他に意味があんのかはまだわかってねえ。

 犯行状の方は、パソコンで印刷されたもの。別荘にもプリンタは設置されていたが、それを使って印刷されたもんじゃないっつーのはわかってる。指紋は出てない。

 ……まあ何にせよ、まともな神経じゃねえよな。そんな事件だから声掛けたっつーのもあるんだけど。

 何より、だ。

 被害者含め、関係者全員、少なからず知名度がある。とっとと解決しねーと、間違いなくマスコミが騒ぎ出す。できるだけ早急に解決しちまいてーってのが、警察側あたしらの本音だな」


 ……宗像さんは『もう少し劇的な事件を』と言っていたが、わたしにしてみれば十分に、文字通りに『劇的』だ。

 名門女子大学の学生たち。

 文学サークル。俊英の文芸家兼タレント。別荘。絞殺死体。意味深な犯行状。赤い彼岸花。

 前回までの、探偵事務所での勤務が久遠の彼方に思えるような情報のオンパレードである。そしてその情報の根元に、今自分は向かっているのだ。

 殺人の、現場に……現場に?

 ふと疑問が湧く。

 ハンドルを握る常陸さんと、助手席に座る宗像さん、どちらにというわけでもなくわたしは尋ねた。


「わたしは現場のどこでどうしていればいいんですか?」


 まさかその別荘内をうろつくわけにはいくまい。

 警察関係者であれば話を通せるかもしれないが、容疑者にでも見つかったら間違いなく面倒なことになる。自慢ではないが、わたしの外見は年相応である。制服を着ていなくとも、高校生以下にしか見えない。


「ああ、今回は近くに手頃な部屋も用意できねえからな。機材を積んでるワゴンにいてもらうことになる」


 機材? ワゴン?

 わたしが首を傾げていると、常陸さんは、


「これ、何だと思う?」


 と、スーツの内ポケットからペンを取り出し、後部座席に見えるようにして左右に振った。

 どう見ても、ただのペンだった。This is a pen。だからこそ、ただのペンではないのだろうが。

 何も浮かばず、「ペン、ですよね」と素朴に言う。


「へっへー、残念。これ、カメラなんだよ。リアルタイムで映像を送信できる優れもの。ワゴンにはこれの受信装置やらパソコンやら、あたしはさっぱりわかってないが、そんなもんが積んである。

 ああ、ワゴンってーのは、他に呼び方が思いつかねえから、あたしが勝手に呼んでるだけで、居心地は悪くないと思うぜ。長時間そこで話ができるように作ってあるからな。そこらのビジネスホテルよりは快適だ。


 ついでに、これからの流れを説明しておくぜ。

 真名ちゃんにはそのワゴンの前で降りてもらって、あたしと宗像は現場に行ってくる。こいつが人殺しを特定したら、ワゴンで合流。

 んで、軽い打ち合わせをして、あたしは現場に戻って、情報収集。真名ちゃんと宗像は車内のモニタでその様子を確認。あたしはシーバー持ってくから、現場で確認したいことがあれば、その都度指示をくれればいい。

 いやほんと、ちょっと前に比べると、このあたりのやり取りはすげー楽になった」


 改めて、常陸さんの持つペンに目を向ける。

 確かにこのサイズのペンにカメラが搭載されているとは、にわかには信じられなかった。こうした映像機材の小型化は、犯罪行為を増加させる、という文脈での批判も多いだろうが、こうしたメリットもあるわけか。

 ……そしてその一方、やはり懸念も頭を過るわけで。


「………………………………」


「真名君、『事務所内において、宗像さんはこうしたカメラを使っていますか?』と訊きたそうだから答えておくよ。僕に盗撮の趣味はないからね」


「すみません」


 素直に頭を下げる。常陸さんがケラケラと笑う声が車内に響いた。

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