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「希望、ですか?」
「うん、早めに一つ、事件をこなしておきたいと思ってね。
真名君が来てくれて、僕も晴れて社会人復帰だ。実戦は僕も二年ぶりのことだしね。ブランクを埋めていかないといけない。軽めのものでも構わないから、何か事件があったら連絡が欲しいと頼んであったんだ。
といっても、今日は常陸君の紹介だけで済ます予定だったのだけれど。これも大分延び延びになっていたことで、今日ようやく日程が合った。
そこで、
『そろそろ仕事が入るかもしれないから覚悟をしておいてね』
と言うつもりでいたんだ。
いい加減仕事に関するイベントがないと、無職だと思われかねなかったしね。そうしたら、御誂え向きに事件もやってきたというわけだ。
事件については僕も先ほどごく簡単に聞いたばかり。場所は、車で一時間と少しばかりのところにある別荘地だ。大学の文学サークル内で起こった殺人事件らしい。
僕としては、『僕と真名君と真名君の同級生たちが外界から隔絶された山荘に閉じ込められ、数え歌に擬えた殺人が次々に引き起こり……』みたいな、『あれ、これ一周廻って新しい』みたいな展開を期待していたのだが、世の中はそこまで上手くはいかないね」
「その場合、なぜ宗像さんはそこにいるのですか?」
「真名君がどこかに出かけるとなったら、僕がついていくのは当然じゃないか。安心してくれ、事前に決められている夏休みの予定は親御さんに聞いているし、もしイベントが入ったら僕に連絡してもらえるよう根回し済みさ」
「お巡りさん、この人です」
「よしきた」
常陸さんはスーツの内ポケットから手錠を取り出し、輪っかの一つに人差し指を入れてクルリと回すと、そのまま宗像さんの両手首にガシャンガシャンと嵌めた。鮮やかな手並みだった。
宗像さんは鎖の強度と長さを確かめるように二、三度腕を動かし、諦めたようにやれやれと肩を竦めた。そしてテーブルに置かれたカップを両手で持ち上げ、中に入った紅茶を一啜りすると、何事もなかったように話を続けた。
「突然のことだが、どうする真名君? 同行するつもりがあるかい?」
「……その事件、現在進行中なんですね?」
「ああ、警察はとうの昔に到着してるから、これ以上死体は増えねーだろうけど、……解決の連絡は入ってないな」
スマホをひらひら振りながら、常陸さんが応じる。
だとすれば、結論は決まっている。
目を閉じる。息を吸う。息を吐く。目を開ける。
「――でしたら、わたしは自分の役目を果たすだけです」
長かったような、短かったような幕間の時間が終わったのだ。ここで引っ込むという選択を演者がするわけがない。
わたしの答えに、常陸さんが意外そうな表情を浮かべる。
「……へえ。いざ実戦ってなったら、もうちょい躊躇うもんだと思ってたが。肝が据わってんな、おい」
「だから真名君が来る前に言っただろう、常陸君。真名君も事件を望んでいると。
まあ、もろもろ理由はあるだろうが、何より、真名君は採用試験に納得がいっていないのだから。違うかい?」
「……はい」
はい、というのは釈迦の掌の上での発言のようで気が進まなかったが、その通りなのでそう答えるしかない。
わたしは実地の事件を通して、確認しなければならないことがあった。
納得のために、確信のために。
「採用試験って、満点に近かったんじゃねえのか?」
「その通り。そして常陸君がほぼ零点に近かったやつだ。
……すまない、軽口が過ぎた。手錠の鍵らしきものを取り出して折り曲げようとするのは止めてくれないか。常陸君ならできそうで怖い。
前回の試験がどのような種類のものだったかを考えると答えは見えてくるのだけれど、さて常陸君。前回のテストと今回の事件、何が異なっているかな?」
「お前、また、この、あたしが頭を使うのが苦手と知ってそんな問題を」
宗像さんは常陸さんの狼狽する様子を見て微笑むと、腰を上げ、
「では行こうか。正解は、解決の後で」
と言った。どこかの小説のタイトルのようだった。
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