[13]
……――真名ひいらぎが肌の内に淡い炎を感じながら出て行って、五分ほど経ったころである。
宗像が資料室と呼んだ部屋に繋がるドアが開き、パンツスーツ姿の女性が出てきた。
年齢は宗像と同じく、二十代半ばといったところ。
口をへの字に曲げ、不機嫌そうに眉を顰めている。襟足まで伸びた赤茶色の髪は、縛るには短く、そのままにするには長すぎるようだった。左手には真名が宗像から渡されたのと同型のファイルを持ち、苛立たし気にそれで自分の腿を軽く叩いている。
女は
「……やあ、常陸君」
しばらくして、宗像はようやくその視線に気づいたという風に、天井から目を離して気の抜けた挨拶をした。
「何が『やあ』だ。あの
頭を掻きながら、常陸と呼ばれた女性は怒気を含んだ目で宗像を睨んでいる。睨まれている本人は、そんな怒気などどこ吹く風と受け流している。
「いや、すまない、元相棒のことを思い出してね。精神薄弱という奴だ。多少の覚悟はしていたんだがね。我ながらひ弱だ。
答え合わせなんて不要だよ。採用試験は見事合格。
前の相棒も組み始めたころは高校生だったんだ。年齢的に問題もないだろう?
仮に問題があるんだったら『宗像のお相手はインバネスを羽織ってパイプを齧っている五十歳過ぎの肥えた男です』とでも報告してくれればいいさ。真名君がお偉いさんと現場で鉢合わせることは、まずないだろうからね。
これで常陸君も、というより常陸君たちも、新たな案件を僕に送り込めるようになったわけだ。昔のように、はしゃいでデスクに上ってシャンパンファイトでもしたいところかもしれないけれど、今日は遠慮を願えるかい? 少しばかり、感傷というのに浸りたくなった」
「あのお嬢ちゃんの採用については別段文句はないさ。能力があれば歓迎するし、
大体、そのつもりがなければ、こんなファイルを女子高生に見せさせねえっつうの。お前がプロなのは知ってる。酔狂で何の考えも無しに採用試験なんてする訳ねえことくらいわかるさ。
そんなことはどうでもいいんだよ。これの答えのわからないあたしはどうすればいいんだ?
『せっかくだから常陸君もやってみる?』
なんて軽く言いやがって。このモヤモヤをどうしてくれるんだ、お前は」
「自分で考えようよ、常陸君。税金で働いている大人が可憐な高校生に負けていいのかい? 現実の国家権力はフィクションと違って、それほど無能じゃないらしいよ?」
「くっ、この野郎、上等じゃねえか! その喧嘩買ってやる! 少し待ってやがれ!」
それから十五分ほど、苦心惨憺、常陸は考えに考えを重ね。
結局答えは出なかった。
「お前の力がインチキだった、と言えれば簡単なんだが……」
「そう短い付き合いじゃないんだ。それがありえないことはわかっているだろう?」
「実はお前が犯人だった、というのはどうだ?」
「却下だね。今更、語り手が犯人というオチで驚く読者はいないよ」
宗像の言葉に、常陸はグウと呻った。
「ああ、ちくしょう、あたしは行動派なんだよ。頭使うのは頭使える奴がやればいいんだよ。チッ、あのお嬢さんは、最後に何て言ってたっけか…答えはもう口にしてるとかどうとか」
「……ああ、常陸君が解けない問題を必死に考えているのを見ていたら少し元気が出てきた。ありがとう、常陸君。ファイルを渡した甲斐があった」
「ブチ殺すぞこの野郎」
「そんな怖い言葉は控えた方がいいと思うな。せっかく整った顔をしているんだから。……そこは照れるという仕草をするべきであって、舌打ちは適切とは言えないなあ。
彼女が口にしたのは、
『もう答えは、自分で口に出したじゃないか』
さ。
これでもわからないかい? じゃあ限りなく答えに近いヒントだ。彼女が言った僕の口にした言葉は『殺意のもとに、〝殺した〟という結果を本人が確信していれば、僕の力の範囲内だ』だよ」
「んなことは知ってるよ」
今更言われるまでもないと言う風に、常陸は鼻白む。その様子を見て、宗像は自嘲気味に言った。
「知っているのにわからないあたりが相当だね、と僕は馬鹿にはできないんだ。僕だって当時からそんなことは知っていたはずなんだから。でも当事者になって、すっかり頭から抜け落ちてしまった。目の前の答えに、ただ無条件に飛びついてしまった」
「目の前の答え? ……殺意のもと、殺した結果を本人が確信していれば、力の範囲内…………………………あ」
常陸は何かに気づき、そして、心底バツの悪そうな顔をして言った。
「ホントあたしは、頭が
宗像は笑顔で頷くと、再び天井を眺め、深く感傷に浸り始めた。
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