[12]


 可能性と否定の唄は、ここで一区切りだった。指揮棒が下ろされたのである。

 宗像さんはソファに背を預け、天井を見つめながら言った。


「……メタ発言で申し訳ないが、高校生当時の僕はここでお手上げだった。

 警察に啖呵を切ったあたりまでは順調だった。


『中に人がいるのがわかっているのに、玄関から靴を脱いで入ってくる強盗はいない!』


 ってね。

 推理を意気揚々と話し始めたら、正確には『犯人はこの中に』と言った瞬間、元相棒に頭を思いっきり殴られた。グーでね。そのまま隣室に連行されて、僕の推理は片っ端から否定された。

 彼女の否定と真名君の否定は、ほぼ一致しているよ。

 可能性五の遠隔操作説に関してはね、さっきは詳しく言わなかったが、ワイヤーとゴムを用いた壮大な仕掛けまで夢想していたんだよ。あの時の、彼女の顔ったらなかったな。


『呆れるな。では昇氏はどうやって被害者をそこに誘導し、仕掛けを作動したのだね。そもそも昇氏が、いつどうやってそんな準備ができたというんだね。馬鹿者』


 ってね」


 宗像さんは青春の一ページを披歴する気恥ずかしさに苦笑しながら、しかし、その青春が心底楽しかったことを隠すことなく述べた。

 そして一息吐くと、再び名探偵めいた眼差しをわたしに向けた。


「しかし、前提は覆らない。宗像九郎は殺人者を特定する。剣菱昇は間違いなく殺人者だ。最後に、当時の僕が元相棒に言ったセリフをそのまま使おう。


『じゃあ一体、この事件の真相はなんなんだ?』」


「当時の相棒さんはこのように答えたんじゃないですか?」


 宗像さんの目を真っ直ぐに見返して、わたしは言う。


「『もう答えは、自分で口に出したじゃないか』」


「…………ああ、やはり、君も、か」


 そう呟くと、宗像さんはスーツの胸ポケットから一通の膨らんだ封筒を取りだし、テーブルの上に差し出した。


「仕事上の秘密厳守に関する書類が入ってる。サインと捺印が必要だからそのつもりで。待遇や出勤日に関しはそれを持ってきてくれた時に相談しよう」


「真相、まだ説明してませんよ?」


「すまない。今日これ以上、黒歴史が暴かれるのが忍び難くてね。次回の宗像九郎に期待する方向でお願いするよ」


「……待遇の説明が後って、契約上ありえないと思いますが」


「流行りのブラック企業という奴だね。僕の名前にも相応しい」


「それ、面白くないです」


「はは、すまない」


 その笑う声には、どこか力がなかった。

 こちらとしてもアルバイト料が目的ではない。採用はしてもらえそうだ。それで十二分に満足すべきだろう。それにまた後日というなら、それはそれで都合がいい。自分も、自分の心の内を整理しなければならないのだから。

 この事件が、テストで使われた意味も含めて。

 そう思い、封筒をカバンに入れ、立ち上がった。


「次はいつ来ればよろしいですか?」


「一週間後はどうかな。今日と同じ時間に。今日の分のお金は、その時に渡そう」


「わかりました。……――それでは、失礼します」


 わたしは宗像さんに一礼して、激しく鳴る心音から逃れるように退室した。ドアを閉める直前に見えた宗像さんは、またぼんやりと、天井を見つめていた。

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