第8話 別れと再会
8-1 奇妙な生活
◆
超大型戦艦レッド・シリウスの中で、ヨシノは慌ただしい日々を過ごした。
機関部から意見を求められることもあれば、艦運用部門とも呼ぶべき整備部門から意見を求められることもある。
それ以外に一日に一時間、講義をするようにもオーシャンに頼まれた。
そこではヨシノが知っている知識を、それぞれの部門の専門家に、可能な限り伝えることになる。
もちろん、ヨシノは全てに精通してるわけではない。
講義の途中でも参加している乗組員たちは容赦なく質問を向けてくる。ヨシノは答えられないと、一緒に考えるようにした。
講義を始めたまさに初日、オーシャンが見ている前での最初の講義で、早速、答えられない質問が飛んできたのだが、困っているヨシノに「全員で考えてみよう」と声をかけたのがオーシャンだった。
その一言で、講義の場は議論の場に変化し、様々な意見が出た。
参加している乗組員はそれなりに軍務についていたか、そうでなければ地球や火星で相応の学習を重ね、実際の艦船の管理に必要な資質は持っている。
一時間はあっという間に終わり、乗組員たちは食事に行く。この船では朝食と夕食だけで、講義は夕食の前に時間が設定されている。
夕食の席でも議論が続くことも再三で、それだけでも彼らの意識がまっすぐ前を見ていることがわかった。
循環器はより高出力で安定し、力場発生装置の不具合も減ってきた。
力場発生装置に関しては、ヨシノは数回、その整備に立ち会った。
一般的な力場発生装置の原理や構造は知っていた。重力制御装置と親戚のようなものである。
しかしヨシノが知っている力場発生装置には全くない装置も付属している。
その部品がどうやらレッド・シリウスの骨格の強度を補正する力場、というより力場という見えない骨格のようなものを形成する装置のようだ。
本当に骨格を力場で補強しているのを実際的に理解したのは、力場発生装置の一つが不調をきたし、艦がきしみ始め、乗組員たちが慌しくなった時だ。
艦が軋むなど、本来はそう滅多にあることではない。
最初は何か、例えば戦闘艦か何かと接舷する時に、絶対になくはない、接触事故が起きたのかと思った。ヨシノは発令所へ行こうとしたがそれより先に顔見知りになっていた乗組員に「マスター、力場発生装置だ。第四十一番!」とほとんど叫ぶように言われて、理解するのに半秒が必要だった。
足を止めて、頭の中の設計図で、第四十一番が左舷の艦尾寄りだと思い出した。
通路を走る間も艦はギシギシと不吉な音を立てていた。
幸い、力場発生装置は手動で補正を加えることで、安定を取り戻し、それから何が不調の理由かを再確認した。部品の劣化によるもので、これは即座に交換され、とりあえず、落ち着きが戻ってきた。
「特別な部品じゃないんですね」
部品を交換した整備部門の男性が小脇に抱えている部品に、ヨシノは見覚えがあった。
チャンドラセカルをいじっている時、様々な用途の数え切れない部品を把握する必要があり、無数のメーカーのカタログを読み漁った時、今、目の前の整備士が持っている部品も見た気がする。
「まさか特注で部品を注文もできないしな」
整備士はそう言って笑っていた。
いつか地球で、オーストラリアが大量の電子レンジを買い集めている、と聞いていた。そこから自然と推測はしていたが、この超大型戦艦は、一般に存在する部品だけで構築されているのだろう。
そんな日々の中でも、ヨシノはオーシャンと話す機会を多く持つことができた。
「物資を調達する目処がたたないうちは動けないとは、歯がゆいな」
ある時はそんなことを言って笑うが、別の日には「こういう準備期間が一番楽しいさ」などと笑ったりする。
レッド・シリウスはまだ海王星にすら達していないという。
物資の積み込みと、乗組員の集合を待っているようだ。
ヨシノは最新の情報こそ知らないが、独立派に加担するという意思で脱走した艦船の数はかなり多い。一部はそのまま連れて行くとしても、置いていく艦もあるようだ。乗組員はレッド・シリウスへ乗り込む。
空っぽになった艦船は解体され、レッド・シリウスの予備部品になる。
まさに箱舟と表現するしかないが、レッド・シリウスの中は広大で、二千人は余裕で収容できそうだ。本来の戦艦が六百人規模で、それを平均とすれば、この艦はあるいは限界を度外視すれば、三千以上を詰め込めるかもしれない。
しかし、独立派がそんな少数ではないはずだから、レッド・シリウスに同行する艦隊が構築されるはずだ。ヨシノはまだその情報には接していないので、全体でどれくらいの規模かはわからない。
食事の席でいつもの議論が終わり、部屋へ戻ろうとすると、オーシャンがふらっとやってきた。
「ちょっと外を見せてやるよ」
そう言うとオーシャンが手招きをする。黙って付いて行くと、超大型戦艦の上部にある観測所だった。ここからはカメラを通すのと同時に、肉眼でも当直が周囲を確認している。
狭苦しい空間にその当直らしい男性が一人きりでそこにいて、オーシャンと二言三言、話をしてヨシノに微笑むと入れ違いに去っていった。
オーシャンが端末を操作し、周囲に展開されている映像を切り替えた。遠距離を確認していたらしい映像の倍率が変化し、俯瞰的にレッド・シリウスが見え始めた。これは千里眼システムのように、他の艦の観測映像を統合しているらしい。
しかし、そんな想像よりも、目の前には圧倒的な光景がそこにあった。
レッド・シリウスの周囲を無数の艦船が囲んでいる。
全部で三十隻近い。とにかく、すぐには計算できない。
「このうちの三分の二は今日のうちに先へ進む。僕たちもあと一週間ってところだ」
「物資が手に入ったのですか?」
「なんとかな。これでとりあえず、海王星だ」
今まで聞きたくても聞けなかったことを、ヨシノは質問した。今なら聞ける、と確信が不意に生まれたのだった。
「海王星には、何かがあるのですか?」
その質問をずっと待っていたように、嬉しそうな顔になったオーシャンがはっきりと答えた。
言いたくて言いたくてたまらなかった、という印象と同時に、言葉が頭に飛び込んできた。
「とりあえずの拠点にして、本当の箱船がある」
拠点? 箱舟? 本当の……?
オーシャンはそれ以上は何も言わず、周囲の光景を眺めていた。
ヨシノも疑問をとりあえず脇に置いて、壮観と言っていいその光景を、焼き付けるようにじっと見つめた。
きっと、こんな光景を目の当たりにすることは、そうないだろうから。
それに、オーシャンと話す機会は、まだあるはずだ。
(続く)
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