10-4 贈り物
◆
通信は音声だけだが、声は記憶の中にあるニックの声だった。
「ライアン・シーザー? てっきり死んだと思っていたよ。土星はどうなった?」
「俺の方でもニック・ランドナーはお偉い爺さんの尻に敷かれてると思っていた。俺は土星は素通りした。土星でやるっていう話だったあの仕事はこれからだ」
そんなやりとりで、俺とニックの間にあったものは、あっという間に埋まった。
「ライアン、お前は知らないだろうが、ヨシノ・カミハラという大佐の越権行為は少し前から話題になっている。世界的にだ」
「詳しく知りたいね。内部にいるのに、よく知らないんだ」
「連邦宇宙軍総司令部、というか、総司令官のハッキネン大将と何か、謀をしたとみられている。もう一年半以上前だが、地球から脱走があった。不自然な脱走だ。連中も近衛艦隊のことを知っていたようだし、近衛艦隊も連中のことを知っているようだった。つまり、連邦が瞬間的に独立派と歩調を合わせたように見える。それは市民レベルでだぞ」
通信機のこちらで俺は思わず腕を組んで、言葉が出なかった。
「何も知らないのか? ライアン」
「まあな」
それ以外、何も言えない。
ヨシノ艦長なら謀などやりそうだ、とは思うが。
良いだろう、とニックは追及をやめた。彼からすればいつでも俺を問い詰めれば良い。
「とにかくライアン、こちらへ戻ってこい。記事になるかは知らないが、記録を見せてくれ。うちの分析班でお前の記録の全てを整理する必要がある。土星へ行くのは、その後だ」
「わかった。すぐ帰るが、船を手配できるか?」
ニックはすぐに俺を火星まで運ぶ船の手配をすると約束し、通信は切れた。
通路に出て、さて、どうしよう、と俺は改めて考えていた。
こうなると、チャンドラセカルのことが、心配だ。
しかし今、できることはない。俺はただの記者で、今は何の権利もない。
部屋に戻り、手元に戻ってきている端末の中をとりあえず確認した。
すると、不思議な情報がいくつか見つかった。理由がわからず、思わず俺は首を傾げたほどだ。
何かの映像ファイルなのだが、再生してみると、天王星や海王星の映像である。
問題なのは、俺がその映像を撮った記憶がないことだ。頭はちゃんと働いているはずだから、これは不思議というか、謎だった。
何度かその映像を見る。細かく、端から端まで、念入りに。繰り返すうちに、気付くことがあった。
天王星の映像には観測基地、海王星の映像には建造途中の人造衛星が、それぞれ映っていないのだ。
加工された映像?
映像をさらに念入りに、目を皿のようにして確認し直した。するとその中に、小さな点が見える。宇宙の星の光に紛れているが、瞬いているのだ。
端末の画面のそれに触れてみると、反応した小型端末がどこかとの通信を始めたので、何かの罠だと瞬間的に思った。この手の罠といえば、端末の中身のデータが消される可能性が真っ先に浮かんだ。
慌てて通信を切ろうとしたがそれより先に、テキストがモニターに表示された。視線が反射的にそれを読み、手が止まる。
これは贈り物です。
そうテキストが明滅する
……贈り物?
表示が消える。そのまま見守っていると、かなり巨大なデータが送られてきていて、すぐに端末の記憶容量の八割が埋まっていった。三割は元から端末の中に残っている、軍の検閲を逃れたものだ。
テキストがもう一度、浮かび上がる。
これを公開するときは、今ではありません。
そこまで読んで、誰の言葉か、直感的にわかった。
これはヨシノ艦長が俺のために情報を横流ししたのだ。
いつ、そんな工作をしたのかといえば、例の俺の小型端末を修理した時だ。時間にしてほんの三十分もかからない間に、あの青年はこの、ハード的なのか、ソフト的なのかもわからない細工をしたのだ。
テキストがまた変わる。
幸運を。
そのテキストが消えると、次には小型端末の仕様のメッセージが浮かび上がり、「データを外部メモリーに記録しますか?」とある。
そうか、まさかこの秘密データをこの端末に残しておくわけにはいかない。どこで誰に確認されるか、わからない。
データはスタンドアロンにして、むしろ、端末そのものは破壊した方がいいかもしれない。
俺は端末を抱えたまま宇宙基地リマの中にある売店で大容量データカードを四枚、購入した。使うのは二枚だが、少しでも偽装した方が良いというとっさの判断だった。しかし、逆に不自然かもしれないと、帰り道に気づいた。
くそ、こんなことには慣れちゃいないんだ。
部屋に戻り、まずカードに今の端末の全データをコピーする。これには時間がかかった。
それが終わったら、今度はもう一枚のカードに、本来の検閲を逃れた情報だけを記録する。
全てが収められたカードは、隠し持つしかない。
二枚のカードは新品で中身のないままだが、しかし、もういいだろう。自分が秘密を握っているとなると、少しずつ怖くなってきた。
何にせよ、これでもう、端末は必要なくなった。
ヨシノ艦長が自ら直した端末を破棄するのは気が咎めたが、下手なことをすれば俺の首が締まるだけではなく、ヨシノ艦長の首も締まる。
締まるというか、飛ぶ。
ヨシノ艦長が俺を信頼している、ということが今はまず嬉しかったが、どこまでいっても不安になるのは、避けられない。
この従軍記者である俺に、ヨシノ艦長はほとんど身を任せている形だ。
俺が裏切ってもダメ、しくじってもダメ。
責任は重大だ。
部屋を出て、廃棄物ステーションへ行き、そこで端末を破壊してもらった。こういう場所の常で、データを消すことをしてくれるし、見ている前で端末を物理的に砕いてくれるのだが、今ほどそれがありがたい時もない。
破壊装置の中で、俺の小型端末は文字通り粉砕され、そうして廃棄された。
ため息をついて、俺は部屋に戻った。
少しすると、火星からの通信があり、俺を火星へ運ぶ船の電子チケットが添付されている。
船がやってくるのは五日後だった。
宇宙基地リマの空気に慣れようかという出発前日に、珍しく食堂にオーハイネ少尉がいた。
「よお、元気かい」
そう声をかけるとどこかげっそりしている操舵管理官は力なく頷いた。
「元気だが、疲れているよ」
それから雑談のように、チャンドラセカルの乗組員の状態を聞かされた。管理官はほとんどまだ拘束されていて、オーハイネ少尉が一番早く、解放されたようだ。
ヨシノ艦長には査問への出頭要請があり、イアン中佐も連れずにホールデン級宇宙基地カイロへ一人で向かったという。
言葉の様子では、そこでヨシノ艦長が暗殺されるのでは、とオーハイネ少尉は言外に言いたそうだった。
「お前の彼女はもう自由なはずだよ」
話題を変えたかったのだろう、オーハイネ少尉がそう言った。
「ありがとよ。一応、連絡してみる。ただ、俺は明日には船に乗って、火星だ」
「そうか。また会えるといいな。気をつけて」
そんな言葉でオーハイネ少尉は席を立ち、俺たちは別れた。
ユーリ少尉にはメッセージを入れた。彼女もさっぱりしたもので、火星に行く時はまた連絡する、という程度で、湿っぽいものは少しもない。
俺はリマから高速船に乗り、火星へ向かった。
(続く)
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