10-3 帰還

       ◆


 チャンドラセカルが管理艦隊に所属するストリックランド級宇宙基地リマに到達したのは、人造衛星イェルサレムを離れてから一年四ヶ月後だった。

 長い時間である。長大な計画だったが、それでも予定の中には収ったのは、今になると奇跡的だ。

 この一年四ヶ月の間に何度か乗組員が慌ただしくなる場面があり、何かを確認しているか、何か仕事をしているようだった。

 時間を見つけては俺は格納庫へ時折、行ってみたが、人造衛星イェルサレムを出た時には残っていたコンテナは大半が折りたたまれ、中身は消えていた。

 艦が航行を停止した時も何度かあった。推進装置の点検だと、ヨシノ艦長の声で全艦にアナウンスがあったのでそれがわかった。

 そう、この一年四ヶ月の間にあった一番大きなことは、ヘンリエッタ准尉が妊娠したことで、方々で話題になったし、ヨシノ艦長の信用問題にも発展しそうだったが、どういうわけか、チャンドラセカルの乗組員はすぐにそれを忘れていた。

 ヨシノ艦長への絶対的な信頼がなせる技、とも思えたが、それよりもむしろチャンドラセカルは長い航海の中で、一つの集団、家族というには大きいが、ちょっとした集落のような関係にはなっている。

 ヘンリエッタ准尉の出産は大きなニュースになり、さすがにそれ以降は、全ての乗組員が赤子のことを気にするようにはなったが。

 旅の間に、食堂で俺が食事をしていると、オーハイネ少尉がやってきて言ったものだ。

「きみは彼女とどういう距離の取り方をしているんだ?」

 ぽかんとしていると、ユーリ少尉のことを考えてやれ、と、この操舵管理官は嘯いたものである。

 俺は実は、ユーリ少尉と親しいことには親しいが、それは友人の域を出ていなかった。やや親しすぎる友人関係だが、俺と彼女の間には、民間人と軍人という壁があった。

 オーハイネ少尉が色恋に関することを話すのは、アンナ少尉からの告げ口だろうと思ったが、俺はあまり追及しなかった。それでもオーハイネ少尉に「少尉はどうしているんです?」と問い返してはみたが、彼はいつも通りに平然と応じた。

「これでも船を操る関係で、どんなものとも繊細な距離の取り方ができる。素人とは違うのさ」

 まったく、この船の乗組員ときたら。

 そんなことを思っていたが、いざ、こうしてリマに到着すると、変にこの乗組員たちから離れたいと思えない自分がいる。

 しかし俺は仕事でこの艦に乗ったし、仕事が終われば艦を降りるのが絶対だ。

 リマに着いて、俺は身柄を確保され、そのまま持ち物の一切を一度、没収されることになった。もちろん、ボディチェックまで念入りにする。大抵、襟に付けている撮影と録音ができる小型の装置も、取り上げられた。

 あとは他の乗組員も受けるだろう、聞き取りを受ける。しかし手短なものだ。

 宇宙基地リマの中の宿泊施設の一人部屋で、五日ほどを過ごす。軍の連中も、俺が記録した情報の全てを洗わないといけないのだから大変だろうが、俺からすれば五日も閉じ込められる方が、しんどい。

 チャンドラセカルの四人部屋の方が、どこか広々としていたようにも感じる。

 五日が過ぎると、荷物が帰ってくる。それを受け取る時に、複数の誓約書に名前を記入した。

 任務で見聞きしたものを他言しない、云々、そんなものだ。

 さらさらっとペンを走らせると、軍の担当者がそれを確認し、通信室でユリシーズ通信と連絡を取るように言った。誓約書の一つで、すでに俺の仕事は終わったことになっている。

 通信室の場所を聞いて通路を進む。

 すれ違う軍人たちは、みんなピリピリしているが、チャンドラセカルのことをあるいは知っているのかもしれない。

 これは本当に、チャンドラセカルは立場が危うい可能性もある。とても大歓迎ではないし、むしろ冷ややかだった。

 通信室で超遠距離通信で火星に連絡を取ると、結構な時間差の後、知らない声が返ってきた。

「あんたがライアン・シーザー?」

「俺がライアン・シーザーだ。管理艦隊の宇宙基地リマからの通信なんだが」

 そう言ってみると沈黙の後、相手は唸り声をあげた。

「こっちは今、朝の六時だよ。ついでに言えば何事もない、平和な朝だ。正確には、何事もない朝だった、というべきか。あんだが連絡してきたからな」

 ああ、そうか、時差があるのか。

 ずっと宇宙船の中にいたので、すっかり忘れていた。嫌がらせではない。

「宇宙軍局の局長、テッド・ハスラーさんはいつ頃、出社するかな」

「テッド・ハスラー? あの人は地球に転勤になった」

 なんだって?

 チャンドラセカルにいる間、通信のほとんどが封じられていたのだが、まさか地球に転勤とは。栄転ということだろう。

「宇宙軍局の局長は誰になった?」

「ニック・ランドナー」

「ニック・ランドナー!」

 相手のそっけない声に反比例するように、俺は思わず叫んでいた。

 ニックは俺がチャンドラセカルに乗る前、国際政治部にいた。年齢は俺と大差ないが、向こうは国際政治部の部長補佐、だったはずだ。

「ニックはいつ会社に来る?」

「あの人は、そう、八時には来るかな。あと二時間後に、また出直してくれ。えっと、レイナンさんでしたっけ?」

 もう面倒になって、ニックが来たらこちらに連絡をしてもらってくれ、と一方的に通信を切った。

 通信室を出ると、次に控えていた見知らぬ軍曹が頭を下げ、入れ違いに部屋に入っていく。

 俺はとりあえず食事にすることにした。ここ五日、大したものを食べていない。

 食堂は混み合っていたが、空気が少しおかしい。

 よく見るとチャンドラセカルの乗組員はその乗組員だけで固まり、他は他でその集団を油断なく見張っているのだ。

 そう、見張っているという表現するしかない。とても、普段通りに食事をしている、という雰囲気でもない。

 これはどうやらヨシノ艦長も今回ばかりは、苦労するかもな。

 俺は自然とチャンドラセカルの乗組員の輪に混ざり、食事の後はいつ通信が来てもいいように、待ち構えた。

 三時間ほど待って、ついに火星からの通信が入ったと、見知らぬ兵士が教えてくれた。




(続く)

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