9-4 混乱

     ◆


 事態がややこしくなったのは、食堂でのんびり食事をしていた時で、連邦軍の制服を着崩した男が三人、入ってきた瞬間だった。

 三人はヨシノたちを見てピタリと動きを止めると、素早く腰の拳銃を抜いた。

「なぜ連邦の軍人がここにいる!」

 そう怒鳴られても、下手な答えはできない。そもそも答える余地があるかもわからない。

 ヨシノもイアン中佐も、ダンストン少佐でさえも、丸腰だった。

 アランが席を立って、ヨシノたちと三人の間に立ったのは、彼の善意と、勇敢さそのものだった。

「こちらの方々はお客人です。あなた方が目当てではありません」

「イェルサレムは、解放会議を売り飛ばすのか! そういうことだろう!」

 怒鳴り声と、冷静な声の交錯。

「違います。そんなことはございません、どうか、拳銃を下げてください」

「構うな!」

 次に起こったことをヨシノが正確に把握するのは、全部が終わってからだった。

 イアン中佐がヨシノを引きずり倒した。

 ダンストン少佐が二人に覆い被さるようにした。

 銃声が四回聞こえ、悲鳴が上がった。短い悲鳴だ。

「大丈夫ですか、大佐」

 その声はダンストン少佐のそれで、まだ耳の奥で反響する銃声の中で曖昧に聞こえた。

「ダンストンさんこそ、大丈夫ですか?」

「銃で撃たれるのには、慣れませんな」

 体を起こしたダンストン少佐が今度は背中をヨシノたちの方に向けて立った。

「まだやるかね。これでも、生半可な銃撃では死なないんだが」

 ヨシノには、ダンストン少佐の言葉よりも、彼の背中が赤く染まっていることの方が、衝撃だった。早く、治療したほうがいい。世の中にはサイボーグを倒す意図で作られた銃弾が無数にある。

 食堂の入り口にいた三人のうちの一人が、足を押さえてうずくまっている。その足も赤く染まっていた。

 アランは、と見やると、彼も拳銃を抜いていた。

 動きがなくなった時、入り口にいる三人の背後に人垣ができた。その人垣が雪崩を打ったように押し寄せ、三人は揉み潰されるように取り押さえられていた。

 ほっと息を吐いたアランが、こちらへやってくる。彼は無事なようだ。どことなく場慣れしている。

「大丈夫ですか、皆さん。ダンストンさん、今、担架を持ってこさせます」

「歩けるよ。しっかり鍛えているのでね。しかしチャンドラセカルには戻りたい」

 その言葉を受けて、三人を取り押さえた作業員たちの中から進み出てきた大柄な男三人が、ヨシノたちを囲む形で、先導してくれることになった。アランは現場に残るようだ。

「死んだら二階級特進で大佐か。ダンストン大佐。いや、できればダンストン准将にはなりたいな」

 胴体を適当な布で縛り付けられてはいるが、歩きながらもダンストン少佐は出血している。にも関わらず、平然とそんな冗談を言うのは、強がりを言える程度に軽傷なのか、それとも軽口を言わないといられないほど深刻なのか。

 チューブを渡り、三人の護衛はそこで足を止めた。

 先に連絡を入れておいたので、その場に軍医のルイズ女史と助手のマルコが待っている。

 手術というより、体に食い込んでいる弾丸を引っ張り出す作業がこの場で行われた。血液の流出を防ぐように有機部品の調整が行われ、とりあえずの出血は止まった。

「あとは医務室で面倒をみましょう」

 そのルイズ女史の言葉の安心感に、危うくヨシノはへたり込みそうだった。

「また後で話をしに行きますから、ダンストンさん、おとなしくしていてください」

「艦長にお怪我がなくて、俺は満足ですよ。次の壁になる役目のイアン中佐も守れたことだし」

 すぐそばで憮然としているように見えるイアン中佐だが、内心、怒りに駆られているのはヨシノにもわかった。

 そこへ遅れて、ルウがやってきた。

 チューブを渡り、無重力なのをいいことにイアン中佐が彼に飛びかかるのをヨシノはあえて止めなかった。

「貴様、何を考えている!」

 襟首を掴んで壁にルウを叩きつけると、珍しいイアン中佐の怒声の後、鈍い音がした。ルウが呻く。

「こんなことにはならないように、させるつもりだった」

 くぐもった声のルウの言葉に、もう一度、鈍い音が重なる。

「すまなかった、許してくれ、許してくれ」

 もう鈍い音はしない。

 息を吐く音がして、イアン中佐がルウから離れた。無重力の中を血の滴が浮かんでいる。

「ルウさん、我々に対して隠していることを、すべて教えていただけますか」

 ヨシノは冷静さを意識して、言葉を発した。

「さっき話した通りだ」

 口元や鼻から血を流しながら、それをハンカチで押さえ、ルウが答える。

「俺たちは連邦も独立派も関係なく、商売をする。俺たちは生粋の商人だ。儲かると思えばなんだってする、儲けるためにはなんだってする。独立派にも、連邦にも、尻尾を振る駄犬だよ。みっともないがね」

 その言葉だけは信用できそうだった。

 しかし、状況が状況だ。

 ヨシノがここで、ダンストン少佐の事を持ちだして人造衛星イェルサレムの立場に影響を与えるのは、正しいだろうか。

 もっと別のやり方が、あるのではないか。

 そもそもヨシノは、チャンドラセカルは、争うために来たのではない。

 好誼を結びに来たのだ。

「独立派の三人はどうなりました?」

 怒りと葛藤を脇に押しやり、そう確認すると、ルウが顔をいっそうしかめる。

「アランに撃たれた一人が重傷だ。他は奴らの艦に押し戻した。まだ奴らに物資を渡していないから、いかようにも交渉はできるが」

 決断するには、集中が必要だった。

 余計なことではないが、忘れることは忘れ、今は純粋に必要なことを選び取る時だった。

「僕が彼らの代表者と話をしていいですか?」

 なんだって? とルウが目を見開いた。

「ですから、僕が彼らと話し合いたいことがある、ということです」

「これ以上の混乱は困るんだよ、大佐。これは俺たちの問題だ」

「ですから、そのあなたたちの立場を、僕が利用する、ということです」

 ヨシノがはっきりと「利用」と言葉にすると、さすがにルウも何も言えなくなった。

「弱味につけ込むようなことを言って、すみません」

 無意味と知りながら謝罪するヨシノに、ルウは口元の血を拭ったハンカチをポケットに突っ込み、こっちだと、ヨシノを先導し始めた。

 ダンストン少佐と入れ違いに、チャンドラセカルの海兵隊の副隊長であるアベール少尉がやってきていた。

「こうなっても武装はなしですか、艦長」

「仕方ありません。僕たちは、争うためにここにいるわけじゃありません」

 ただの弾よけの壁になる任務とはなぁ、とアベール少尉が言って笑う。やや責めるような色があったが、ヨシノは聞かなかったことにした。

 無理をして笑みを返したが、最後尾をついてくるイアン中佐が不機嫌そのものなのが視界に入り、笑みは引っ込めるしかなかった。

 全てにおいて、余裕がある場面ではない。

 それでも余裕を持たなければ、判断を誤りそうだった。



(続く)

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