9-3 思わぬ事態

     ◆


 それは私から説明します、とアランが言った。

 その手には携帯端末があり、図も見せてくれた。数値もだ。

 人造衛星イェルサレムの建造が始まる前までは、件の通信衛星は生きていた。正確には、不調があり通信が不可能だったが、構造物自体はほぼ完全な形であった。

 人造衛星イェルサレム建造の作業員たちはそれを流用することを思い立ち、とりあえず、修復することにして、困難ながらも手作業で通信衛星の部品を積み替えた。

 本来ならここで通信衛星は蘇り、管理艦隊や連邦宇宙軍に蔓延していた、海王星が敵の手に落ちる、もしくは先に占領される、という妄想は、本当にただの妄想だとわかったはずだ。

 そもそも人造衛星イェルサレムの建設が認められていることでも、妄想という見方はある程度、否定はされただろう。一方で、民間企業のグループとはいえさせるがままに放置できないのが、管理艦隊の実際でもある。

 とにかく、通信衛星は回復した、はずだった。

 しかし、テストとして人造衛星イェルサレムの技術者は地球までの直接通信をテストプログラムで走らせたのだが、これを骨董品の通信衛星は、健気にも原始的な手法、膨大なテキストデータの分割送信しか選択出来なかった。

 最新のシステムなら圧縮や特殊な分割手法で送信されるはずのデータを、古い形式で送信し続けたことで、限界を超える長時間の稼動により、通信衛星は想定外の発熱で、物理的に死んでしまった。宇宙でオーバーヒートというのは、非常に珍しい事態である。

 ちなみに、通信衛星が必死に働いているその間、建造開始直後の人造衛星にいた科学者はコーヒーを飲みながら遅々として進まない送信作業を眺めていたというから、通信衛星が壊れた時はさぞかし焦っただろう。

「あんなに脆弱とは思わなかったよ。まぁ、作業員からだいぶ古い装置とは聞いていたんだが」

 バツが悪そうにルウが言い訳のようなことを言った。

 アランが表示させているのは通信衛星の破損した後の映像で、ヨシノはそれを眺めながら、だいぶ前に設置されているのはなるほど、見ればわかるな、と思った。むしろ古すぎて、今の若い技術者には察しがつかないほど古い。

 ヨシノがそれに気付けるのは、たまたま、それを知る環境にいたからだ。

「管理艦隊は、その、通信衛星の件をどうしてくれるのかな」

 上目遣いにこちらを見るルウに、ヨシノは苦笑いするしかない。

「正直に伝えるしかありません。あの通信装置を設置したのは、オリビエ宇宙通信、というところで、今はランドルフ総合開発、という会社に併合されています。それも知らないのですか?」

「ランドルフ総合開発? 商売敵として知っているよ。しかし、オリビエ宇宙通信の筋から確認しようとしたが、そっけなくあしらわれてね。管理艦隊にこちらが警戒されるくらいなら、説明せずに知らん顔をしておこう、と思ったが、まさか最新鋭艦が実際に来るとは」

 違和感は最初からあったが、ヨシノは無視するべきか、少し考えた。

 何かがおかしい。というか、話の内容に脈絡がなく、トンチンカンだ。

 イアン中佐を見るが彼も険しい表情をしている。

 ダンストン少佐は、と見ると、目の前にある料理がサイボーグでも食べられるかを知りたいらしく、じっと観察している様子だ。

「とにかく管理艦隊の上の方には何事もなかった、と報告してくれないかな、大佐」

「後で賠償問題とか、もっと別の大きな問題になりそうですけど。正直に打ちあけるべきでは? 事故だった、ということで通るとも思えませんが、少なくとも、陰謀とは無縁の事故だ、と伝えることはできます」

 それがな、とルウがうなり声を漏らした時、彼の胸に差し込まれていた端末が音を立てた。最新の、しかしモニターがないタイプの端末だった。

 そこから引っ張り出したイヤホンを耳に差し込み、喋り始める。

「なんだって? おいおい、それは都合が悪い」

 そんなことを言って、ヨシノを見て、ルウはいよいよ難しい顔になった。

「第一番の係留装置を開けてやれ。そこからなら、お客さんは直接は見えない」

 どういうことだ? 何の話をしている?

 そう思った時、ヨシノの携帯端末が音を立てる。断って受けると、ヘンリエッタ准尉からだった。

「もしもし? 何かありましたか」

 ヘンリエッタ准尉は即座に応じる。冷静で、真剣な声だ。

「至近に五隻の艦船が出現しました。光学観測によると連邦の最新の戦闘艦が二隻、含まれています。敵味方識別信号は自動発信ではないようで、今は発信はありません。こちらからは何もアクションを起こしていません」

「チャンドラセカルは今のまま、身を潜めていてください。シャドーモードを起動しておいて」

「艦長、彼らは独立派で間違いないかと」

 わかりました、とヨシノは通信を切った。その時にはルウも端末のイヤホンを回収していた。

「困ったことになりましたね、ルウさん」

 ヨシノの方からそう言ってみたが、トラブルは好かん、とルウが腕組みをする。どうにかやり過ごす方法を考えているようだ。

 視線がヨシノたち三人に向く。

「その軍服でここに居られると、厄介なんだが、なんとかならんかな」

 その言葉で、ルウが本当にトラブルを歓迎していないのはわかった。

「彼らはここへ何をしに来たのですか?」

「物資を受け取りにだよ、大佐」

 前触れもなく、ルウが真相を口にしたので、ヨシノは目を細めていた。ルウの横で、アランが自分の上司の顔を見ている。しかしルウは気にしていない。

 問いかけてみる気になった。今なら答えがありそうだ。

「この人造衛星では、物資を独立派へ横流ししている、と。そういうことですか」

「これもまた商売の一つだ。俺たちの一部は管理艦隊にも物資を融通している。それは知っているだろう」

 情報として、人造衛星イェルサレムを建造している会社の幾つかは、確かに管理艦隊と取引があるのは知っている。

 ルウが席を立った。

「悪いがあんたたち三人は、ここにいてくれ。外には出ないでくれ。連中も物資を受け取れば、すぐに出て行くだろう」

 そう言ってルウは離れていくが、アランがその場に残った。

「一つ、いいかな」

 ルウがいなくなってから、アランの方を見てダンストン少佐が言った。アランは明らかに表情が強ばり、声は裏返りそうになった。

「なんでしょうか」

「これ、サイボーグは食えないよな?」

 アランが真面目な顔で、取り替えます、と答えた。

 イアン中佐が、何かを嘆く、というか、世界そのものを嘆くような深刻なため息を吐いた。




(続く)

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