9-2 人造衛星イェルサレム
◆
通常航行へ戻り、まずすぐ至近にある巨大な構造物に関する分析を進めさせながら、チャンドラセカルから電文を送った。
巨大な構造物は、まだ全貌が明らかになってない。作りかけなのだ。
それでも球体の八分の一ほどは形になっている。
いくつかの船がそこに接舷しているが、それが小さく見えるほどの巨大な構造物だった。
「人造衛星イェルサレム、ですか」
イアン中佐が誰にともなく言った。
地球連邦への通達ではそういう名前になっている。建造計画書の作成は三年前、受理されたのは二年前だ。
管理艦隊でも把握はしていた。
海王星に設置された民間の通信衛星が音信不通になったことから始まり、この人造衛星の建造に関しても調査はしたわけである。
問題は、この人造衛星が超国家的な、民間企業グループによる新規事業で、つまり軍事目的ではないことによる。
地球連邦ではまだ自由な経済的競争が許されていて、こうして海王星を開発する先鞭をつけることは、大きな意味を持つ。何年後、何十年後になるかはわからないが、ある程度の権利と利権を、その企業連合体は得ることになるはずだ。
電文への返答はすぐに返ってきた。
歓迎する、という文言とともに、接舷するポートが指示された。マップが送られてきて、オーハイネ少尉がそれを元に艦を動かした。
近づいてみると本当に大きい。いずれ内部にすっぽりとチャンドラセカル程度の船なら八隻、いや、十隻は格納できるだろう。居住者は一万人に達するのではないか。
「周囲に感はありますか? ヘンリエッタさん」
「目立った感はありません。危険はないと思います」
「独立派の艦船はどこへ消えたのでしょうか、艦長」
イアン中佐の確認に、ヨシノは「それは彼らしか知りませんよ」と答えるしかなかった。
オーシャンはおそらく、先へ進んだのだろう。この人造衛星イェルサレムは、まだ未完成で、動ける様子ではない。
ただ、補給基地にはなる。
それも人造衛星イェルサレムを建設するという名目で、大量の物資がここへ送られるはずで、そこから一部を横流しさせることも、できそうだ。
人造衛星側から、識別コードが割り振られ、それで何度か確認しながら、ついにチャンドラセカルは係留装置に固定された。
「オーハイネさん、インストンさん、オットーさんはいつでもチャンドラセカルを動かせるように、発令所で待機。ヘンリエッタさんはチャンドラセカルの装置で周囲を確認していてください。何かあれば、僕に通報を。イアンさんは、一緒に来てください」
また交渉ですか、とイアン中佐は憮然としている。
ヘンリエッタ准尉に限らず、全ての管理官が不安げにヨシノを見ていた。
「大丈夫です、戻ってきますから」
そう力を込めて言って、ヨシノはイアン少佐とともに通路に出た。それからダンストン少佐を呼び出した。
ダンストン少佐は人造衛星とを結ばれたチューブのところで待っていた。まだハッチは開いていない。
「艦長、もう冒険はやめてくださいよ」
ハッチがゆっくりと開くのを見ながら、ダンストン少佐が釘を刺すように言った。
「あの時、艦長を送り出して艦に戻ったら、会う人会う人に責められましてね。イアン中佐は平然としておられたが、俺は申し訳ない気持ちになったよ」
「もうそういう迷惑をかけるつもりはないですよ。安心していてください」
「そうあって欲しいものですな」
こちらはイアン中佐の言葉。イアン中佐も内心、不愉快だったのだろう。
ハッチが開ききると、向こうから作業服の男性がやってきた。
「ようこそ、イェルサレムに。私はルウ・イーチェと言います。あなたがヨシノ・カミハラ大佐?」
手を差し出されたので、進み出て強く握った。
「僕がヨシノ・カミハラ特命大佐です。管理艦隊より参りました」
「いろいろなところで噂は聞いているよ」
ルウがそう言って笑い、すぐにイアン中佐とダンストン少佐と握手をした。
ルウの背後に控えている若い男性は、アラン・アロゴンと名乗った。黒い肌をした、理知的な表情の男性だ。彼と比べるとルウはどちらかといえば現場監督風である。
食事にするか、と言われたので、自然とそれを受けた。ここでも会食の場で議論したいようだった。
人造衛星の中に入ると、通路が空気で満たされているせいだろう、音という形で作業しているのがわかる。
無重力の通路を進みながら、ルウが最新の情報をペラペラとしゃべり始めた。
人造衛星イェルサレムの建造スケジュールはだいぶ遅れが出ていて、それは作業員の数が足りないかららしい。事前の計画で集まるはずの作業員の大半が、連邦の混乱のせいで到着せず、建設作業で手つかずの部分もあるほどだという。
ヨシノはそれを聞きながら、すでに解放宣言からも三年ほどが過ぎているのを、改めて理解した。
宇宙にいると時間の流れを忘れる。四季はないし、雨季も乾季もない。日が長くなったり短くなったりもしないし、当然、白夜もない。
しかし確かに、時間は過ぎているのだ。
食堂は作業員と同じ場所を使っているようで、今も三十人ほどが食事の最中だった。部屋の規模からすれば驚くべき少なさで、空席が圧倒的に多い。
誰もがルウやアランに簡単な挨拶をするだけだ。どことなく、チャンドラセカルの食堂にも似ている雰囲気である。
席について食事を前にすると、独立派の戦闘艦のことを思い出すヨシノだった。
独立派の質素な生活で、不思議と心が荒まないのが、やはりオーシャンたちの特徴の一つだと繰り返し思っていた。
それはヨシノが見習いたいところであり、ここにはあの空気と似たものがある。
「通信衛星は、こちらの影響で、通信が不可能なのです」
食事の途中で、何気ない様子でルウが話し始めた。
詳しく知りたいですね、とヨシノが踏み込むと、ルウは困ったように笑った。
「こちらの通信によって、彼らの通信機が焼き切れてしまって」
なんだって?
(続く)
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