9-5 交渉

      ◆


 独立派の艦隊を率いているのは、デニーロ・マンデラという元大佐で、彼はしっかりと軍服を着ていた。

 しかし会議室には、ヨシノ、イアン中佐、アベール少尉の他に、ルウとアランがいて、デニーロ元大佐と彼の部下がいて、というほどシンプルではなかった。

 ルウとアランの背後には作業服の男たちが二十人はひしめいていて、拳銃を腰に差しているか、その体格が見るからにサイボーグだと主張している。

 そしてデニーロ元大佐の背後にも、屈強な男たちが並び、こちらも武装している。

「何か、俺たちだけ貧弱じゃないですか?」

 ボソッとアベール少尉が呟くが、イアン中佐がそれを視線で黙らせた。

 会議の口火を切ったのはデニーロ元大佐で、この六十代だろう初老の元軍人は、落ち着いた口調で話し始めた。

「不幸な事故があったことには、陳謝する。しかし、我々にはどうしても物資が必要だ。人造衛星イェルサレムは既に我々と契約を結び、それを履行する責任があるはずだ」

「第一に」

 ルウが低い声で言う。

「俺たちは無駄な混乱を避けようとしたが、そちらの乗組員が暴走して、今回の事故が起きている。その責任をあんたたちはどうやって取るのか」

「私が自裁すればいいのか」

 即座にデニーロ元大佐が言うが、そういう意味じゃない、とルウは取り合わなかった。

「第二に、独立派と契約はした。秘密裏にだが、確かにした。しかし相手はオーシャンという男が代表で、つまりデニーロさん、あんたじゃない」

「何が言いたい?」

「俺は」

 ルウが何か、苦虫を噛み潰した顔になり、少し伏せていた顔を上げた。

「俺はオーシャンは信用するが、今の段階では、あんたたちを無条件に信用できない。いきなり銃を抜いて、ぶっ放すような奴らだ」

 連邦は俺たちの敵だぞ!

 デニーロ元大佐の背後にいる数人がその声と同時に、拳銃を抜いた。ほとんど同時にルウの部下も拳銃を抜いた。

 膠着。

 お行儀よく発砲せずに睨み合いかね、とアベール少尉が呟くが、誰も反応しなかった。

「そこで僕の出番です」

 ヨシノは思い切って、声を発した。視線がヨシノの方を完全に向くことはない。両者は銃を向けあっているのだ。

 生死が曖昧になる、きわどい空気の張り詰め方だった。

 下手な刺激は、ガスが充満した部屋でライターをつけるようなものだ。そんなことをヨシノは思ったが、躊躇いはねじ伏せることが出来た。

「管理艦隊として、人造衛星イェルサレムが中立であることを保証し、秘密裏に、独立派との接触を認めます。黙認します。それどころか、人造衛星イェルサレムには、裏で管理艦隊と独立派をつないでもらいます」

 バカな、と元兵士の一人が銃口をヨシノに向けた。

 構うものか。

 もう、足は踏み出している。

 あとは、落ちるか、落ちないかだ。

「独立派に何かを要求することはありません。ただ、つなぎがついていればいいのです」

「そんな監視を受け入れると思うか?」

 睨み付けてくる老軍人に、ヨシノはしっかりと視線を返した。

「僕の誠意を見せることは、できると思います」

「ほう。どのように」

「地球から、あなたがたの同志を脱出させます。少しは犠牲も出るでしょうが。まだ、大勢がいるはずです」

 ざわっと空気が揺らめいた。デニーロ元大佐が目を細め、聞こう、と小さく、しかし確かに言った。

 ヨシノが提案したのは非常に簡潔な作戦だった。

 まず彼らの同志を一箇所に集める、それを脱出させる、近衛艦隊が出動するが本気で追撃せず、形だけで船を逃す。しかし形が必要なので、一部の艦は沈められる。そのために無人の艦も用意する。犠牲とはその無人艦のことである、とするが、人命の安全はどうしても完全な保証はできなかった。

「馬鹿なことを。机上の空論だ」

 さすがのデニーロ元大佐も感情を隠さず、吐き捨てるように言った。

「近衛艦隊がそんな茶番を演じるはずがない!」

「それをやらせるのが、僕の仕事の一つです。僕を信じるか、信じないかは、オーシャンに聞いてみればいい」

「オーシャンに聞くだと?」

 静かに一度、頷いて見せる。

 誰も何も言わず、沈黙の中で、しかし最初にデニーロ元大佐が息を吐いた。

「他に選択肢はないのか。例えば、貴様らを全員まとめて、消してしまうとか」

「そうすれば、イェルサレムはあなたたちに協力しないでしょう。今後、一切」

 巧妙に仕組まれた地点に独立派は立たされているのだ。デニーロ元大佐も今気付いたようだが、しかし、遅い。

 もう一度、沈黙が降りてきて、さっとデニーロ元大佐が手を挙げた。彼の部下が全員、拳銃を腰に戻した。

「不愉快な取引だが、念のためにオーシャンの考えを聞いておこう。それより貴様が、本当に近衛艦隊を動かせるのか?」

 やっと一歩、前進した。

「これから通信を結んで、協議します。もし失敗すれば、僕たちは困ったことになりますが」

「博打の好きな男らしい」

「僕を男と呼んだ人は珍しいですよ、ロバートさん。大抵、小僧、とか、坊や、でしたからね」

 ヨシノが席を立って、しかし誰も止めなかった。イアン中佐、アベール少尉が無言でついてくる。

 チャンドラセカルへ戻りながら、さすがにイアン中佐が指摘した。

「安請け合いのしすぎではないですか、艦長。近衛艦隊を動かせるとは思えません」

「細い筋で、なんとか命綱をつなぎます」

 本当に博打ですな、とイアン中佐が言う。一方でアベール少尉は退屈そうだった。自分には何もできない、と割り切っているようだ。

 チャンドラセカルへ戻って、ヨシノはまず管理艦隊に連絡し、近衛艦隊司令部とつないでくれるように要請した。特殊な方式の超超高速通信でも、距離がありすぎる。時間にして、こちらの通信が届くまで数日がかかる。向こうで協議して、戻ってくるまでは、あるいは一週間から二週間が必要だった。

 それも協議がすんなり済めば、だ。

 別の筋にも打診をして、ヨシノは今度は医務室へ向かった。

 ダンストン少佐は眠っていて、すぐそばにエド軍曹がいたが、彼も椅子に座って眠っている。

 そんな様子をヨシノは、ルイズ女史と並んで眺めることになった。



(続く)

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