7-7 天才の遺したもの

     ◆


 オーシャンが言うには、独立派にはアルケミスト・アーが初期から関与したが、最初こそ消極的だったらしい。

 アルケミスト・アーの願望は、宇宙の探索にあり、連邦の打倒などは全く頭になかったようだ。

 それがオーシャンと出会い、アルケミスト・アーとして、解放会議に加わった。

「初めて会った時から、爺さんだったよ」

 ヨシノは黙って話を聞いていたが、頭の中では計算が進んでいた。

 ヨシノがドクター・エーを知っているのは、彼が過去に書いた論文がヨシノの研究分野では重要な場面が多く、それこそ世界で初めて開発された循環器の雛形は、ドクター・エーの関与が大きい装置である。

 その装置から発展した循環器システムを構築するにあたり、ヨシノはドクター・エーの関わった研究とそこからの論文のおおよそ全てに目を通していた。

 論文はほとんどが四十年以上前に書かれていたはずだ。

 当時、若手の研究者ということはないはずだが、今は少なくとも七十代だろうか。

 生きているのですか? と確認してみると、わからないな、とオーシャンは答えた。

「今は生きているとも死んでいるとも言えない」

「どういうことですか?」

「冷凍されている」

 今日は何度も驚かされる日だ。

 人体を冷凍し、未来で解凍する、という研究が今も続いているのは知っている。人体実験も一部では行われ始めているという噂もある。

「それは、その、アルケミスト・アーという方は、無事に解凍されるのですか?」

「本人にはその確信があったようだが、僕にはわからないよ。何せ、五十年も冷凍しておいて、それから目を覚まさせろ、っていうんだから、僕の方が死んでいるかもしれないし、僕の仲間も全滅しているかもしれないし、彼が搭載されている宇宙船が遭難するかもしれない」

「宇宙船に乗せているのですか?」

 それは意外だった。もし自分だったら、地球か火星で、安全な場所を選ぶだろう。

 しかし、そう、さっきオーシャンが言った。

 アルケミスト・アーの願望は、宇宙の探索にある。

「もしかして、自分を宇宙の果てまで運んでいくのが、その、アルケミスト・アーという方の願望ですか」

 そういうことさ、とオーシャンが肩をすくめる。

「この戦艦も、彼が大昔に基礎設計した。もちろん、当時は存在しなかった技術もあるし、工法や素材なんかも進歩して、こうしてやっと形になった。全てが、あの男を未来まで連れて行く箱舟なんだな」

「すごいことを考える方ですね」

「狂った科学者、と見ている奴もいるが、こうして僕らも相乗りできる箱舟ができたんだから、文句を言える筋合いではないな」

 その基礎設計のデータを見てみたい、とヨシノは強く思った。

 そこにはまだヨシノの知らない工夫やアイディアが多くありそうだ。

「この船は、レッド・シリウスと呼ばれている。本当は三隻あって、それぞれに、ワン、ツー、スリーとナンバーが付いていたが、もう二隻はなくなってしまったから、ただのレッド・シリウスだ」

 そう言ってから、オーシャンが苦笑いした。

「護衛もいることにはいるんだが、見えないんだ」

 見えない、という表現に背筋が凍るような寒気がした。

 ヨシノが必死に表情を制御する前で、オーシャンは何のためらいもなく、それを言った。

「ノーネーム、と僕たちは呼んでいるが、姿を消せる艦だ。どうやら連邦にも同様の艦があるらしい。向こうはミリオン級と呼んでいるようだな」

 寄りかかっていた壁際を離れたオーシャンが、ヨシノの前に立つ。彼の方が背丈があるので、ヨシノは見上げるようになった。

「建造した科学者の情報も、全てではないが、流れてきているよ。その中に、ヨシノ・カミハラ、という名前もあった」

 どう答えることもできずにいるヨシノに、嬉しそうにオーシャンが笑う。

 無害な、朗らかな笑みだった。

「同一人物だとして、まさか僕たちの側につく、ということでもないんだろう?」

「お話ししなかったことを、謝罪します」

 ヨシノは、自然とそう口にして、躊躇いなく頭を下げた。

「管理艦隊からの任務の一環として、私たちが独立派と呼ぶものとの接点を持つことが、必要でした」

「じゃあ、きみが本当にあのヨシノ・カミハラなのか? 十代で潜航艦に革命を起こした神童?」

 やはり答える言葉がなく、頭を下げたままのヨシノに、オーシャンが低いうなり声をあげた。

「とりあえず、取引しよう、ヨシノくん」

 そう言われて、ヨシノはやっと顔を上げることができた。オーシャンは何かを考え込んでいる表情でしきりに手で頬を撫でていた。

「僕たちはきみの安全を保証する。その代わりにきみはこの艦の運用に助言する。建造に携わったものが少数で、全体像を把握しているのはもっと少数なんだ。きみは循環器にも詳しいだろうし、その様子だと、この艦の秘密にも気づいているよね」

 自分がミリオン級の一隻の指揮官ということは、どうやら筒抜けらしい。

 ここまで来ては、ヨシノの命は独立派に握られているも同然だった。俎上の鯉である。

「それを、この船や、あなた方の秘密を僕が知ってしまっていいのですか?」

 ヨシノがそう確認すると、気軽な様子でオーシャンは頷いている。

「まずはこのレッド・シリウスが遠くまで逃げられなければ意味がないし、この艦の技術が連邦に漏洩しても、少しも痛いとは感じない。とにかく今、僕たちは技術者が欲しくてね。その一点で、きみを許容できる。断るとなると、困ったことになるけど」

 ヨシノは短い沈黙の後、「協力させていただきます」と答えていた。

 命が惜しい、と思っている自分もいるが、それよりも、この艦のことを知りたい、その向こうにいるアルケミスト・アーのことを知りたい、と思っている自分もいる。

「僕からも感謝するよ、ヨシノ。よし! 技術者を集めよう。いい教師がやってきたぞ」

 嬉しそうにそういうと、オーシャンはヨシノの手首を掴んで歩き出した。

 ヨシノは小走りにそれに引っ張られながら、頭の中では好奇心が大きな部分を占拠していた。

 不思議なことに、恐怖なんて少しも感じないほど、それは胸を熱くさせてもいたのだった。

 興奮と好奇心が、走り始めたのをヨシノは感じた。



(続く)

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