7-6 青い鳥とは何か
◆
食事が終わり、ヨシノはオーシャンから独立派の成立に関しての説明を聞いた。
説明する、とオーシャンの方から言ったので説明なのだろうが、話の内容は、土星共同体から自分たちが出発し、しかし戦争や紛争を望んで起こすよりは、逃げ出す方が誰もが幸せなのではないか、という結論に至った、ということを、オーシャンは手短に話しただけで、非常に端的だった。
「しかし、脱走など……」
ヨシノがそういうと、オーシャンが顔をしかめる。
「連邦の支配っていうのは、そういうところにもある。土星共同体は、自衛艦隊を組織してはいるが、その艦船の建造は限定される。事実、土星共同体は今の所、自前の工廠衛星を持っていない」
それはヨシノも調べたので知っていた。
連邦では工廠衛星の建造を制限し、それがあるのは地球、火星くらいだ。月には月面に巨大な工廠があるが、これは軍民共同の施設になる。
「独立を主張するより、自立を主張する方が正しいのではないか、と僕は考えた。混乱は起きる。争いも起こる。しかしそれは、内側へ向かって押し寄せるのではなく、外側へ向かって拡散するために必要とするよりない。ある程度、離れてしまえば、もう争う相手はいなくなる。双方にとってだよ」
「ええ、それは、わかります」
「さしずめ、僕たちは親に叱られるのが嫌で家出した子ども、っていうところだな。情けないったらない」
最後のポテトを口に入れ、オーシャンは行儀悪く指を舐めている。
「先ほどの、補給の話ですが」
そう切り出してみると、オーシャンが視線だけをヨシノに向けた。ラインはポテトを手元でもてあそんでいた。
「補給が不可能な旅を、どうして始めたのですか。家出、と表現することは、わかります。しかし、家出した子どもは数少ない例外を除けば、親元に戻されます。無理矢理か、仕方なくか、という違いもありますが」
「僕たちがしているのは、青い鳥を探すようなものなのかもな。わかるか?」
「昔の童話ですか。しかし、あの話は」
「そこが重要だ。青い鳥は実は手元にある。それを、地球をいくら離れても、実は地球しか帰る場所はない、と捉えれば、僕たちがやっていることは全くの無駄だ。しかし別の解釈をしよう」
「別の解釈ですか?」
ヨシノが首を傾げると、オーシャンが得意げな笑みを見せた。嬉しそうと言っても良い。
「僕たちが求めていた青い鳥、本当に素晴らしいと思えるものは、すでに僕たちの手元にある。だから僕たちは、旅をする」
哲学的だ。青い鳥とは、科学技術であり、新しい思想なんだろうか。
面白そうな発想、突き詰めてみたい発想だが、やはりやっていることは無謀だ。
ヨシノがそのことを伝えようとすると、それを制するようにオーシャンが先に言った。
「さて、ライン、ヨシノくんは自由なんだよな。もう独房には戻らないな?」
「まだどこに配置するかも、決まっていません」
「いいだろう。ちょっと艦を見せてやろう」
言うなりオーシャンは席を立ち、「ついてきなよ」と手招きする。ラインは食器を片付けるようだ。
ラインに頭を下げて、ヨシノはオーシャンについていった。
通路ですれ違うものはオーシャンに頭を少し下げる程度の反応しかしない。そういえば、ここへ来るまでは元は軍艦である船に乗っていたはずが、その戦闘艦でも敬礼というのは見なかった。
つまり、ここは軍隊ではなく、全く別の場所なのだ。少なくとも、そうなろうとしている。
「この艦の最大の装置を見せてやろう」
そう言われて連れて行かれたのは機関室だった。前は扉を見ただけだった。
その扉からして人の背丈の二倍はある。それが開くとき、厚さがそれこそ人一人の厚さがあるとわかった。特殊合金だろうか。
中に入ると、若干、熱を感じる。
目の前にある巨大な装置に、思わず目を瞠ってしまった。
ヨシノは初めて見る五連循環器だった。
「すごい、こんなに」
そこまで言って、ヨシノは言葉を続けられなかった。
これは以前に見た設計図にはなかった。理論は知っているし、試作モデルのデータも見たことがあったが、それとはまるで違う。
こんなにコンパクトに収まるなんて、と言いそうになった。しかし、一般人は絶対にそんなことは言わない。
オーシャンが専門的な用語を使って解説する間、ヨシノはじっと黙って聞いていた。下手なことを言うと、ボロが出そうだ。
それにしても、この五連循環器は芸術的だった。大きさもだが、デザインが洗練されている。全く無駄がないように見えた。
ヨシノもミリオン級の建造に携わった時、循環器のデザインに参加してる。
ミリオン級の循環器それ自体は全く新規のデザインだったし、それよりも血管を含めた循環器システムを安定させる必要があり、循環器の小型化などは、第一目標ではなかった。
目の前にある巨大な装置は、出力、大きさ、整備性、そういう全てが高い水準で並び立っている。
ただ、こんなものは土星近傍会戦以前に拿捕し、撃破した超大型戦艦にはなかった。あったのは既存の循環器だったはず。
「これを作ったのは、僕たちの間ではアルケミスト・アーと呼ばれる男でね」
そう軽い調子でオーシャンが言った時、何かが引っかかった。
「それは、何かのコードネームですか?」
思わず確認すると、機関室の薄明かりの中で、オーシャンがヨシノを振り返る。
「彼は僕たちに力を貸し始めた時から、そう名乗るようになった。その前は、ドクター・エーと呼ばれていたよ」
危うくヨシノは声をあげそうになった。
ドクター・エーを知らない科学者は、いないだろう。それも宇宙にまつわる工学分野では、教科書に載るような人物だ。
興味がありそうだな、と言ってオーシャンが壁に寄りかかった。
ヨシノはその前で、まっすぐに立って言葉を待った。
精神的衝撃に、本当に絶句したのだ。
クスクスとオーシャンが笑いを漏らし、口元を手で隠した。
(続く)
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