4-7 打診

     ◆


 チャンドラセカルから、食料になるたんぱく質ペーストと調整ビタミンペーストのコンテナが二つずつ、人造衛星のイオ・ワンに送られた。

 このコンテナはチャンドラセカルにそれぞれ十ずつ搭載されているが、長い任務を前提としているので、そのうちの四つがこの段階で失われるのは大きい。

 ヨシノがそれを受け入れたのは半分は計算だ。ここで恩を売っておくのも悪くない。それにチャンドラセカルは土星共同体が邪魔をしなければ、時間さえあれば後方からの支援を受けられる。

 コンテナの移送はユーリ少尉とアンナ少尉が無人外骨格を操縦して素早く済ませ、チャンドラセカルはイオ・ワンを四十時間の滞在だけで離脱した。

 さすがに機雷の群れの間を抜ける道筋を教えてもらえるわけもなく、戦闘艦に先導されてそこを抜けた。

「道筋は見えるんですけどねぇ」

 ヘンリエッタ准尉はヘルメットで半分は顔が隠れているが、口元には不満そうな表情が見える。

「ただの機雷なら自由にすり抜けられても、自航機雷となると、やっかいです」

「戦いに来たわけじゃありませんから」

 発令所の艦長席で、ヨシノはメインスクリーンに映っているイオ・ワンを眺めながら答えた。

 独立派の中で思想の違いが生じた話は、初めて聞いた。あるいは管理艦隊の上層部では、そういう調査も進んでいたのかもしれないが、それは現場にはあまり有意義な情報でもないと言える。

 管理艦隊がやるべきことは非支配宙域を再掌握することで、その路線には、土星勢力を懐柔するするようなものはなかった。

 お互いが理解し会う前に、両者の間には敵味方の関係が出来上がっていたのだ。

 土星は確かに、未知なるフロンティア、とでも呼ぶべき場所になりえた。なりえたが、あまりに地球に近すぎた。これだけ離れてもまだ近い、というのがヨシノにはひしひしと感じられる。

 オーシャンという人物たちは、近いも遠いもない、何の道標のないところへ向かったということか。

 話をしてみたいが、どこにいるかは、ヴィスタにもわからないようだった。

 それは独立派、本当の独立派に接触するときに、確認するとしよう。

 そう、この任務の中では独立派との接触の可能性もあると、最初から想定されている。

「艦長、三つ星連合から電文が入っています」

 機雷が漂う空間を抜け、道案内の戦闘艦も戻って行ってから、ヘンリエッタ准尉が報告した。

「どこですか?」

「人造衛星の、イデア、という名称からの発信です。ただ中継されています」

 星海図は頭上に表示されている。中継点はすぐそばで、感がある。カメラが光学的に捕捉、通信装置のようだ。

 空間ソナーの雰囲気では、周囲にはすでにイオ・ワンの自衛艦隊に当たるものはなさそうだ。

 それもそうだ、中立を表明しているのだ。無駄に武力を見せつけることもない。

 いざという時には、実戦力を如何様にも展開可能なのだろう。ヨシノはそれを頭に入れた。

「電文の内容は?」

「ぜひ、当方を訪問していただきたい、という趣旨です。そちらの端末に送ります」

 ヨシノの手元の端末に文章が表示される。それほど長いものではなく、簡潔だった。

 イデアにぜひ立ち寄ってほしい、というだけのことだ。

「了解したことを伝えてください。ヘンリエッタさん、その人造衛星イデアの座標、その周囲の安全を確認して。オーハイネさん、とりあえずは最短距離で向かいます」

 それぞれから了解の返事がある。

「俺はどうやら、出番はありませんね」

 火器管制管理官のインストン准尉が冗談交じりにヨシノを振り返る。思わずヨシノも笑っていた。

「戦闘になれば、チャンドラセカルだけで、三隻や四隻は相手にすることになります。インストンさんがそれを捌くんですよ」

 そいつは面白そうだ、と少し引きつった笑みを見せて、インストン准尉が視線を端末へ戻す。

 すぐにヘンリエッタ准尉が機雷の存在を把握し、その座標をオーハイネ少尉の端末に表示させている。

 オーハイネ少尉がそこへ艦を向けようとした時、もう一度、電文が送られてきて、機雷の帯の外で待機しろ、という。連絡艇を派遣するから、それに使者となるものを載せて欲しいという。

「土星共同体よりも肝が小さいですね」

 イアン中佐がぼそりという。ヨシノは「それくらい繊細な立場なんです」と答えた。もちろん、想像だ。

 機雷の間を突破できるとしても、そうするわけにもいかなくなったオーハイネ少尉が、どこか投げやりに艦を静止させる。

 連絡艇がそれから一時間ほどで、ゆっくりと近づいてきて、チャンドラセカルとパイプで結ばれた。

 エアロックが開くと、連絡艇の側に若い男性が立っており、その横には自動小銃を持った兵士が二人、立っている。

 ヨシノは右にイアン中佐、左にダンストン少佐を連れていた。他には誰もいないが、カメラが常に監視している。

 ただ、これは間違ったかな、とヨシノは正直、思った。

「同じ待遇らしい」

 ダンストン少佐がそう言った時には、連絡艇からやってきた兵士がボディチェックをしようとした。普通は逆だし、穏便ではない。

 しかしそれを、兵士ではないらしい青年が止めた。

「大切な客人を疑うようなことをしてはいけない。申し訳ありません」

 兵士を下げて男性が頭を下げるので、思わずヨシノも頭を軽く下げた。

 小さな声で、より良い待遇らしい、とダンストン少佐が呟いた。




(続く)

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