4-8 願い
◆
人造衛星イデアに到着し、イオ・ワンと似たような形になったが、しかし話の内容はまるで違う。
イデアの人間として迎えに来た若い男の他に、軍人が二人、官僚のような立場らしい男が二人、現れたが、彼らはほとんど草の根を分けるように、管理艦隊の意図や計画を知ろうとし、連邦と管理艦隊がどういう関係をとるのか、そういうことを一方的に訊ねてきた。
ヨシノが答えられない部分もあるが、知っていても「それは公開できません」などとやり過ごす場面は、ヴィスタたちとのやりとりより圧倒的に多い。
軍人の一人がテーブルを叩いて恫喝まがいのことを言った時、例の若い男性がそっとそれを諌めた。
「客人の前だということを忘れないでいただきたい」
怒りに駆られた軍人は、それでも耐え切れなかったらしく、椅子を蹴倒して立ち上がると部屋を出て行った。それを官僚の一人が追っていく。
「失礼しました」
謝罪するその若い男性の名前は、シュタールというのは自己紹介で知っているが、立場は聞かされていない。
しかし重要な地位にいるらしい。
「管理艦隊に他意はないのですが、話せないことが多いことは、申し訳なく思います」
ヨシノの方からも謝罪すると、シュタールが柔らかい笑みを見せる。
「イデアと他の二つの人造衛星は、困窮とは言えませんが、立場がより一層の困難に直面しています」
「ええ、それはわかります」
三つ星連合は、いわば連邦が有利なら連邦に助力し、土星共同体が有利なら土星連合体に助力する、という選択肢が選びえた。
しかし今、その片方である連邦自体が曖昧なものになった。
不利な方につけば破滅するのに、安全して組める相手が見当たらないのだ。
「土星共同体の方と話をしましたが、彼らも何かを強制するような雰囲気ではありませんでしたが」
「彼らには彼らの思想がある。その思想と共に滅んでもいい、と思っているように我々には見えますし、その認識が根深い。三つ星連合は、真逆です。生き延びるために今の立場にいるのです」
「管理艦隊からはまだ三つ星連合が、連邦寄りか、独立派寄りか、どちらとも断定されていないことは、確かです。管理艦隊は独立派を、言葉を選ばなければ、潰すことが目的でした。しかし今、その方針はより緩いもの、曖昧なものになりました」
独立派は何を考えているかわからん、と官僚の男性が言った。
それをシュタールがそっと手で押さえる身振りをした。
「独立派の思想は、あまりにも壮大で、土星共同体の独立運動とは全く別種の、不自然なものと、三つ星連合では見ています。ヨシノ大佐、あなたの目から見て、どう感じられましたか?」
質問の内容を吟味して、言葉を選ぶのにヨシノはしばらく沈黙し、指を組んで、それを二度、組み替えた。
「壮大であるのは、僕も感じています。あまりに壮大で、全部が見通せません。しかし希望のようなものはある気がする。幻の光、錯覚の光、願望が見せる虚像だとしても、希望の光に見えます」
「それに手が届くと思いますか?」
「十中八九、届かないでしょう。ただ、百に一つは、あるかもしれない」
シュタールが破顔して、盛大なギャンブルですね、と言った。
「シュタールさん、あなた方は、どうされるおつもりですか」
ヨシノはやっと、逆に質問することができた。最も重要なことが、彼らの言葉から聞き取れずにいたのだ。
問いかけを受けても、シュタールはどこか泰然とした様子を崩さなかった。
「我々はおそらく、どこかで道を間違えたのでしょう」
その言葉に、同じ側にいるはずの軍人が鋭い視線でシュタールを見たが、シュタールはそちらを見ない。そして言葉も淡々と続ける。
「土星が独立することを唱え始めた時、我々は連邦に対して恐怖を感じた。それからは、土星共同体にも、脅威を感じた。だから、どこか逃げるように、すべてから距離をとって、どこにも属さないことを選んだ。不完全な独立は、つまりはただの孤立でした」
ブルブルと軍人の手が震え、彼も席を立ち、部屋を出て行った。一人残った官僚は俯いて手元を見ている。その肩もやはり震えているのが分かった。
どうやらこの人造衛星はまとまりを欠いているようだ。
それは自壊と言うべきなのか、それとも世界が変わる中で、まるで巨大な川の水の流れが地形を変えるように、彼らの思想を変質させ、歪めてしまったのか。
「チャンドラセカルと出会えたことを良い方に生かしたい」
シュタールがそう言って、まっすぐにヨシノを見た。
「我々の中ではまだ議論が落ち着いていません。いずれ、三つ星連合も何かを決めるでしょう。これは民政の最高責任者である私の責任です」
最高責任者と聞いて、危うくヨシノは声が漏れそうだった。
シュタールはニコニコと笑っている。
「これでもイデア首席代表です。三つ星連合の三巨頭の一人ということです」
なんとも言えないヨシノの前でシュタールが声を上げて笑い、その横では官僚が怯えるような雰囲気で座っている。
それから少しの時間、意見の交換があった。有意義といえば有意義だが、実りは少ない。
ヨシノたちをチャンドラセカルへ帰す、とシュタールが言って、実際にシュタールは連絡艇の中までヨシノたちについてきた。
人造衛星イデアを離れた時、シュタールが低い声で言った。
「国が存亡の危機を迎えるのは、厳しいものです」
国、という表現が、ヨシノの中ではどことなく新鮮だった。
人造衛星は、元からあった国家もなければ、元からそこで生活していた民族もいない。
ヴィスタと話していたことと同じである。
全くの一から生まれた国が、この世界にはあると思うと不思議というしかなかった。
しかもその国は、国としては認められていない。
認められなくても国は国だろうと思うが、そうは思えない人も大勢いる。
連絡艇が待機していたチャンドラセカルに接舷する。わずかに船が揺れた。
「ありがとうございました、ヨシノ艦長。話ができて、いい経験になりました」
どういう返答がいいのか、少しの間、ヨシノは頭の中で言葉を探した。
「シュタールさん、なんと言えばいいか」
どうにもうまく、言葉が見つからない。
「平和を願っています」
ヨシノがやっとそう言葉にすると、その通りです、とシュタールは頷いた。
どちらからともなく握手をした。
ヨシノには、シュタールの手がひんやりとしているのが、はっきりとわかった。
(第4話 了)
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