4-5 告白

     ◆


 食事の席にはヴィスタの他に、イオ・ワンの自衛艦隊から少佐の階級の者が一人、自治を担当する現場を知る市政局主任という肩書きの男性が一人、同席した。ちょうど三人と三人で、テーブルは丸テーブルだった。

 ダンストン少佐がサイボーグだと断ったので、彼には特別な料理が出ている。

「なかなか、美味ですね」

 あまり気後れした様子もなく、海兵隊長は平然とそううそぶいて、目の前の三人を笑わせた。

 食事の場での会話は、ヨシノが質問をして、イオ・ワンの側の三人が答えられることには答え、答えられないことには答えられないとはっきり応じた。

 ヨシノが気になったのは、土星共同体と三つ星連合の関係だった。

「彼らとは最低限の取引しかありません」

 市政局主任のオンダという男性が答える。

「こちらから提供する主なものは、生活に必要な食料品や、消耗品ですね」

「土星共同体は外部と取引しているのでしょう?」

「ええ、それは、ここでは手に入らないものが多くありますから。自給自足を目指していますが、達成には程遠いでしょう。もっとも、我々も他人のことを笑ってはいられない」

 公式の経済活動、交易があるのはヨシノも把握していた。任務に就く前に渡された膨大な資料を読み解けば、それはわかる。

 その経済活動ではギリギリ、生活できるというような量の取引しか起きていない。許されていないのだ。

 しかしこうして人造衛星の一つに入ってみると、そこまで切迫していないから、つまりは裏での取引があるのだと、考えざるを得ない。

 まさか彼らもそれをヨシノに明かしたりはしないが。

 もっとも、この人造衛星のどこかでは、貧困があるかもしれないのだ。もし貧困があるとすれば、それは連邦の悪政の闇と言っていい。

 ただ、三つ星連合との取引というのは、掘り下げてみれば密貿易に近いし、土星共同体にせよ、三つ星連合にせよ、独立派の非合法な組織との取引を行えば、あるいは本当の密貿易に繋がっているのかもしれない。

 そんなことがあれば、連邦にあるいは、優位な理屈が生じるだろうか。

「自衛艦隊は、思ったよりも脆弱そうですね」

 そう言ったのはヨシノではなく、イアン中佐だった。自衛艦隊からの出席者、ラッカ少佐が顔をしかめる。どうやらイアン中佐はこの場での憎まれ役を受け持とうとしているようだ。

「そればっかりは、どうしようもありません」

 ラッカ少佐より先に、ヴィスタが答えた。

「宇宙艦隊は、例えば地上での軍隊のようにはいかない。戦略や戦術が意味を持つのは、同等の戦力を持っている場合で、今の我々の艦隊は、あなた方、管理艦隊の二個分艦隊程度でしょう。手もなく捻られるのは、我々も把握しています」

「戦闘艦など持たずに、船を商売にでも使えばいいのでは? 輸送船としては充分に使える」

 思い切りすぎているイアン中佐に、ヨシノは横目で視線を送ったが、大胆不敵にもイアン中佐は料理をフォークでいじっている。と思ったら、昔ながらのミックスベジタブルを、人参、グリンピース、コーン、の三つを選り分けていた。

 ……何の意味があるんだろう?

「連邦への抵抗の旗印ですよ。形だけでも、旗は必要だ」

 ニコニコしながらヴィスタがそう言って、フォークで強く、ローストされた鶏肉のかけらを突き刺し、口へ運ぶ。

「あなた方はもっと、凝り固まった思想に支配されていると思いましたが」

 フォークでまとめてグリンピースの群れを一度に口に入れると、行儀の悪い様子でイアン中佐が咀嚼しながら言った。

 相手の冷静さを少しずつぐらつかせて、本音を聞き出したいのだろうが、あまり刺激しすぎないで欲しいところだった。

 明らかにラッカ少佐は頭に血を昇らせているが、しかしヴィスタは冷静だった。

「私自身が、まさにその凝り固まった思想の持ち主でした」

 ほう、とイアン中佐が口の動きを止め、少し身を乗り出す。

 ヴィスタが手元の皿の上で鶏肉のかけらを使ってソースをぬぐいながら言った。

「私は土星の人造衛星群が一致団結すれば、地球連邦に対して強く意見を言える、一つの国家のようになれると思っていました。その国家は、人造衛星をさらに建造し、その内部で生産を行い、外部と貿易をし、人が流れ込み、増えていく。地球では国家というものは使い古された、長い歴史を持つものですが、土星では全くの一から、それこそ土地を開墾し、新しい村を作る、というようなレベルで、生み出していくことができると信じていた」

「今は信じていないのですか?」

 ヨシノが確認すると、ヴィスタは初めて見せる、弱々しい笑みを口元に浮かべた。

「今も信じようとはしています。それに同志も大勢いる。強制せずとも、この土星を連邦に認めさせようと声を上げるもの、賛同するものは大勢います。ただ、何かが変わってきた」

 鶏肉を口に運び、彼はしばらく口を閉じていた。

「土星はおそらく、国家になります」

 やっとヴィスタが言った。

「ただ、世界が変わりつつある。我々は図らずも、自分たちが参画し、蚕食しようとした世界を、根本から変えることになってしまった」

 詳しく聞きたいですな、と今まで黙っていたダンストン少佐が言った。

 オンダが顔を伏せ、ラッカはそっぽを向いている。

 ヴィスタが何度か頷き、一人の男から始まったのです、と話し始めた。



(続く)

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