4-4 土星の人間
◆
イオ・ワンの中に入ってみると、兵士の数は少ない。ただ拳銃を帯びているのは普通のようだ。
普通の市民のような立場の住民もいるが、それよりも作業員が多い。そのあたりは宇宙ドックのフラニーやズーイ、ジョーカーに似ていると言える。
会議室の一つに通されたが、その扉の両脇にはヴィスタを護衛する二人同様の装備の兵士が二人、立っていた。部屋の中には、ヨシノ、イアン中佐、ダンストン少佐、ヴィスタ、二人の護衛の六人だけになった。
「私でも管理艦隊からの親書というものは、読めるのかな」
机に身を乗り出す、若く見える五十代、という風貌のヴィスタの問いかけに、ヨシノは頷いてみせた。
「管理艦隊司令官のエイプリル中将からは、一等書記官以上のものへ渡すようにという指示を受けています。こちらです」
ヨシノは持参した金属製の円筒をヴィスタに手渡した。
ボディチェックで爆発物でもなく、武装の類でもないと確認されたが、この円筒は連邦軍では秘密裏の文書をやり取りするのに、頻用される。土星の兵士もそれと知って、念のために形だけ調べている雰囲気だった。
円筒を開封すると、完全に開く前に立体映像でサインを求める表示が出る。慣れた様子でヴィスタの指先がその映像を撫で、自分の名前を描いた。
それが消えると、今度こそ封筒が開封された。
中から出てきた書類をヴィスタが読み、渋面を作ってから、そっと筒に紙を戻した。この円筒のケースは、一度開封されれば、二度と元には戻らない。
「書状の中身を知っていたのかな、大佐」
「はい。我々にここを通過させて欲しいこと、天王星方面への物資の移送を認めて欲しいこと、それが極めて重要な事柄です」
「天王星を超えて、海王星へ向かう計画だと、そうあったが、そこに何があると思っている?」
「何があるかを、確かめるのが任務です」
ヴィスタは机の上に円筒を置いて、眉間にしわを寄せた。
「代償として、物資の援助を管理艦隊が土星共同体にする、という文言もあった。おかしな話だが、管理艦隊は何が目的だと思うか、大佐の意見を聞きたい」
思わぬ質問に、ヨシノは居住まいを正した。
話をするつもりではきたが、もっと駆け引きが多くなると思ったのだ
「管理艦隊は、一度、把握できる範囲を確認する意図で動いています。独立派と呼んでいますが、連邦から離反したものたちがどこへ向かったのか。それだけでも知りたいのです」
「それはきみ個人の意見か? それともきみが見たところの管理艦隊の意思か?」
「僕の意見の半分だけを、お伝えしまた」
「残り半分は?」
これは管理艦隊と土星共同体のやりとりではなく、どうも、ヨシノとヴィスタのやり取りになりつつある。
「僕は、身勝手を承知で言えば、地球連邦から新しい場所を目指した人たちを、見送りたいのです。それも邪魔をするどころか、そっと手助けするような形で」
ヨシノの言葉に、イアン中佐が少し苛立ったのが雰囲気でわかる。余計なことを言わないように、という気配だ。ダンストン少佐は平然としているようだった。
ヴィスタはテーブルに肘をついて、もう一方の手の人差し指で、トントンと一定のリズムでテーブルを叩いた。
しばらくの沈黙の後、「きみの思想は独立派寄りなのかな」とヴィスタが言った。
「それは、視点を変えればそう見えるかもしれませんが、僕は今は、連邦宇宙軍の一員です。ただ、僕の個人的な願いとして、連邦の正しいあり方を夢想したりはしています」
その夢を聞かせてくれ、と真剣に言われても、ヨシノは笑うしかなかった。
笑いながらでは失礼なので、瞬間的にどうにか表情を整えた。
「夢はまだ、骨組みどころか、柱もありません。ただ、何かがおかしい、何かもっと別のやり方がある、そういう感触がある、というか」
「そんな曖昧な思想で連邦を作り変えられるのか?」
切り込んできたな、とヨシノは微笑みながらも、心をひときわ強く、引き締めた。
「連邦は今、独立派の影響で変化を余儀なくされています。その変化は、例えば、平和を破壊するとか、何かを否定するものではないと、僕には思えます。人はそれぞれに思想を持つし、意思もあります。それを社会という枠組みで制限し、矯正するのは、おそらく違うのでしょう」
ふむん、とヴィスタが頷く。ヨシノは話を続けた。
「いずれ連邦は、何らかの形で危機を迎えたでしょう。それが今だった、この時に起こっただけで、要は未来が繰り上げでやってきただけのことではないですか? 連邦が揺らいだ時、もしくは崩れた時のことを、きっと世界のどこかの誰かが、考えていたと思います。僕はほとんど考えたことがありませんでした。しかし現状は、考えざるを得ない状況です。連邦は変革の時を迎え、それは人類社会の変革そのものでしょう」
「遠回りはいい。新しい連邦で、土星共同体はどういう位置付けになる?」
このヴィスタという男性が何を求めているか、ヨシノは推測しようとした。
土星共同体が連邦に組み込まれることを良しとしているわけではない。
むしろ、連邦の一角として、ある程度の大きさの発言権を求めているのか。
裏側では独立派の一部のはずだが、土星圏の独立を押し付けるようではない。
連邦をまったくなかったことにしょう、というようでもないのが、ヨシノには気になった。
「連邦が残るかも、僕にはわかりません」
探りを入れるつもりでヨシノがそういうと、ヴィスタの目が細まる。鋭い視線に、ヨシノは気を強く持って、動揺を抑え込んだ。
声は普段通りだった。
「土星共同体の立場からすれば、連邦の輪郭が乱れている今こそ、その乱れに一石を投じ、新しく土星としての立場を構築する、という選択肢があります」
その提案、発想にヴィスタは何も言わず、今度こそ目をつむり、腕を組んだ。
短い沈黙の後、彼は顔を上げ、わずかに微笑みを見せた。
「食事にしよう。土星料理は初めてだろう?」
そう言って、さっきまでの議論や真剣さを忘れたように、ヴィスタはさっと軽やかに立ち上がった。
ヨシノは立ち上がろうとして、重力に慣れていないのでわずかに姿勢を見出し、それを素早く腕を掴んで、ダンストン少佐が支えてくれた。
イアン中佐が疲れたように、微かに息を吐いたのが、そちらを見なくても分かった。
(続く)
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