3-3 若者の言葉

      ◆


 チャンドラセカルに全乗組員が集合し、全員の前でヨシノ艦長から、二十名ほどが艦を降りることになる、という説明があった。

 さすがに軍人だけあって、騒いだりはしない。しかし空気が音ではないものでざわついた。

 ヨシノ艦長は丁寧に説明し、それから、選抜も兼ねてチャンドラセカルの試験を行い、その後、艦を降りるものには通達を出す、と言った。

 解散し、数時間の自由時間が与えられたが、集められていた宇宙ドックの格納庫には半分ほどが残り、立ち話をしている。イアンはそれを横目に、管理官たちとともに格納庫を離れた。

 すでにイアンもヨシノ艦長に名簿を提出していた。

 イアン自身は管理官ほどの部下を持っていないが、それでも四名が補佐として下についている。副長を補佐するために、分野を横断的にカバーできる知識の持ち主だ。

「副長」

 背後から気配とともに声がやってきた。軽重力の通路で足を止めると、その副長の補佐役の一人、リッツェン軍曹だった。

「副長、その、俺は降ろされるんでしょうか」

 リッツェン軍曹はまだ若い。比較的、出世が早く、二十代だった。

 しかし年齢よりも、その技能には特別なものがある。いずれ、副長という立場や、あるいは艦長にもなれるかもしれない。連邦宇宙軍では士官学校を卒業していない艦長はまだ珍しく、叩き上げでその素質を持つものもやはり少ない。

「決められるのは艦長だ、軍曹」

「俺を次の任務に、加えてください」

 無下にすることもできた。

 選ばれなかったのは何かが足りないからだ、とか、もっと別の可能性を追え、とか、言うことはできる。

 ただ何かが違う。

 イアンは少し考え、ついて来い、と軍曹を連れて歩き出した。

 向かった先は、宇宙ドックジョーカーの展望室だった。周囲はぐるりとモニターに切れ目なく覆われ、宇宙が広がる。簡単な飲み物のサーバーもあった。

 まるで観光地だが、息抜きの場である。

 ここは重力がなく、軽く床を蹴れば、体が落ちることはない。

 宙に漂い、イアンはリッツェン軍曹を見た。

「軍曹、なぜ、艦に残りたい?」

「面白い任務だからです。いえ、やりがいがある、いい経験になる任務だからです」

 面白い、などと言える軍人は珍しい。

 戦場に立つことは、そんな生ぬるい事を言えることではない。

 ただ、リッツェン軍曹は、わざとそう言ったのだろう。どこかでもう、チャンドラセカルを降りることになると、確信があるのかもしれない。

「出世したいか、軍曹」

「経験があれば、自然と昇進できると、そう思っています」

「なるほど、わかりやすいな」

 イアンはそう言いながら、自分が軍曹の時の事を思い出した。

 必死だった。そして、貪欲だった。

 少しでもチャンスがあれば、それをものにしたいと思ったものだ。

 今、リッツェン軍曹も、同じ気持ちだろう。

 チャンドラセカルの経験は、どれをとっても他ではできないものになる。今度の任務もそうだ。

「次のチャンスがある、そう思えないか」

 なんとも弱気なことだ、とイアン自身も思ったが、リッツェン軍曹は真剣な顔で応じる。

「チャンスがいつ来るかが、わかりません。今を逃したくないのです」

「他に何か、隠れている重要なものがあるかもしれない。他の艦や他の仕事が、お前の才能を刺激するかもしれない」

「俺がもし四十くらいだったら、降ろされませんでしたか?」

 やはり降ろされるつもりでいるな。

 質問には答えることができる。

「若い者には可能性がある。それは事実だろう。ただ、歳を重ねたものには相応の技術と経験がある。閃きさえもあるかもしれない」

「俺じゃ足りませんか」

 そんなことはない、とイアンは低い声で言っていた。

「足りないなどということはない。誰にも、その者にしかできない部分がある。それは覚えておけ、軍曹」

「チャンドラセカルは、いい船です。もっと、乗っていたかった」

「いつか、また乗れるかもしれん。私の部下などではなく、お前が副長になるような未来もあるかもしれない」

 リッツェン軍曹が小さな声で笑った。

「そんな未来が、もしかしたら、あるかもしれない。でも、何年も必要ですね。俺は軍曹で、副長は中佐です。階級に差がありすぎる」

「階級を超える評価というものがあるのも、忘れるな」

 落胆というのではなく、リッツェン軍曹は何かに納得したようだった。

「無事に戻ってきてくださいよ、副長。チャンドラセカルがあれば、少しは気を楽に持っていられそうです」

「不吉なことを言うものではない」

 笑い混じりの軍曹に、イアンも思わず笑っていた。リッツェン軍曹が矛を収める形にしてくれたのも、気を楽にさせたようだ。

「チャンドラセカルは必ず帰ってくる。そう信じてくれ」

 力強く、若者は頷いた。

「俺が副長になるまで、沈まないことを願っています」

 それでいい、とイアンはリッツェン軍曹の肩を掴み、勢いをつけると展望室の入り口へ宙を泳いで行った。よろめいた軍曹もゆっくりと後を追ってくる。

 イアンとしても、リッツェン軍曹を手放すのは惜しい。しかし部下は二人に減らすつもりでいる。各管理官も同じ苦労を背負っているだろう。

 今のように、部下と話す管理官も少なくないのは、彼らをよく知っているから、わかる。

 ヨシノ艦長が集めた人材は、どことなくヨシノ艦長と似たところがある。雰囲気が様々でも、その奥にはおおらかなものが見え隠れする。そして、背負いこむものは背負いこむ。

 イアン自身は、自分がそんな人間とも思えないが、あるいは、周りから見れば違うのかもしれない。

 軍曹とはチャンドラセカルまで戻り、軍曹は持ち場へ、イアンは発令所へ向かった。

 チャンドラセカルの調整のために、まだ作業が続いている。発令所には管理官が揃っていた。

 遅くなりました、と艦長に断ると、ヨシノ艦長は真面目な顔で、一度、頷いただけだった。



(続く)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る