3-4 思想
◆
食堂でイアンが食事をしていると、フラッとオットー准尉とオーハイネ少尉がやってきた。
「副長、どうも、キナ臭いんですが」
料理を手にテーブルに近づいてきた二人に、イアンは身振りで座るように示す。そうしてから二人を見据えた。
「キナ臭いとは?」
「艦を降りたくない奴らが集団を形成しそうです」
オーハイネ少尉がオットー准尉の言葉の具体的なところを言葉する。
イアンは食事をしながら、考えた。なるほど、ありそうなことだ。
「名簿を作れ。そういう動きをしそうなもののだ、二人とも。他の管理官にも、こっそりと指示を出せ」
「どうするんですか、副長。まとめて拘束するとか」
食事を始めながらオットー准尉が言うのに、イアンは声をひそめた。
「おそらく、思想的な問題だろう。組織といってもいい」
それだけの言葉で、二人は感づいたようだ。へぇ、などと言いながら、オーハイネ少尉が手元でクラッカーをくるくると回している。
チャンドラセカルの中に、独立派に与するものはほとんどいないはずだった。一度目の航海の後、管理艦隊司令部からの通達で数人を交代させたが、それがどうやら内通者を炙り出した結果だとイアンは少し後で気づいた。
ただ、それで根こそぎにされたわけではないのだろう。
今、乗組員を降ろすに当たって、その内通者が先導者に変われば、あるいは混乱が起きるかもしれない。
食事の席でいくつかの情報が交換され、ちょうど食事を取っていた海兵隊の二人、ココ軍曹、エド軍曹をイアンは手招きで呼んだ。
手元にあるマットがわりの紙の端を切り取り、ペンでさらさらと文章を書いた。それを二人の軍曹に持たせる。彼らはすぐに食堂を出て行った。
「あまりいい気分じゃありませんね、こいつは」
食事を続けながら、オットー准尉が唸るように言った。全くだ、とイアンは自然と応じていた。
まったく、気分が悪い。
裏切りだ。
しかし裏切りが許されないのも、また気分が悪いだろう。
イアンは思わず言葉にしていた。
「思想とは、気分がいいだけではない。そういうものなんだろう。何か、大事なものを超越させるような力が、思想にはある」
「そんなに簡単には納得できませんね」
スープをすすり、オーハイネ少尉が目を上に向ける。天井か灯りを見ているようだ。
「俺たちは軍人で、命令に従って、ただの暴力装置でいるべきだと思いますが、そういう割り切り方は間違っていますか、副長」
「いや、正しい認識だ。そういう軍人らしい、軍人としての思想を塗り替えるものが、あの思想にはあると言える」
頭の中では、リッツェン軍曹のことが浮かんでいた。
あの軍曹も、チャンドラセカルで遥か彼方まで行ってみたい、と思っていたのではないのか。
それは独立派の思想に限りなく近い。
宇宙というものには何か、魔性のようなものがあるかもしれないと、イアンは曖昧に思った。
宇宙開発が進んで長い時間が過ぎた。いつの間にか自然と月や火星、木星へ足を運ぶことができるが、大昔では、月へ行くことですら冒険だったのだ。
その冒険は、宇宙というものが持つ、人の心、思想を引き寄せる魔性によるのか。
人間自身の欲求だけからくるとも思えない、不思議な強さが宇宙にはあるように感じられた。
宇宙に魅入られるのは、あるいは不幸かもしれない。
いや、そんなことを考えたところで、意味はないか。
食事の残りは、オーハイネ少尉が地球で見聞きした、独立派に関する市井の人々の様子に関する話になった。
無駄に地球上を飛び回っていたわけではないらしいが、所々で食事の話や酒の話が出てきて、そこにも興味深いものはある。
それよりも本題が重大で、地球では独立派に対してそれほどの危機感がない、とオーハイネ少尉は言う。
なるほど、それは、納得できる状況だった。
地球にいる人間は、今はまだ何の実害も受けていない。それが大きい。
ただ自分たちを守っているはずの艦隊がどこかへ去った、という程度の認識なのだ。
もし独立派が地球を攻撃すれば、その時には全く違った世論が形成されたのは、疑いの余地はない。
巧妙なことに、独立派は火星でも、火星都市への攻撃は行っていない。
考えているのだ。
この世界を、ただ混乱の渦に叩き込みたい、という意思ではないのである。
「まぁ、宇宙軍の連中は仲間が死んでますから、血の気を上らせないほうが、どうかしていると思いますがね」
オーハイネ少尉がデザートのチョコレートを舐めながら、もごもごとそんなことを言って話を締めくくった。
ヨシノは温くなったコーヒーを一息に飲み干し、席を立った。
「他の管理官にさっきの話をするのを忘れるなよ、二人とも」
イアンは休憩に入るところで、オーハイネ少尉とオットー准尉はこれから発令所だ。
チャンドラセカルはすでに出港し、宇宙ドックジョーカーの至近の宙域で、艦の挙動の細部を試験している。
二連複流循環器に関しては問題は起こっていない。さすがにコウドウ中尉は経験を積んでいる。問題が起こらないどころか、少しの不安定さもないコントロールが続いている。
イアンもコウドウ中尉とその部下と共に、レプリカを分解するのに立ち会ったり、実際の循環器を調整する作業にも加わった。
少しずつ、自分の技能を超えた技術が登場し始めているのは感じる。
やがて自分も使い物にならなくなり、どこかでひっそりと余生を送るのだろう。そして若い者に説教をしたり、因縁をつけるようなことをくどくどと言ったりするのか。
心躍る未来ではない。
しかしいつかは、その未来にいそうな気もする。
ため息を吐きながら一人で食堂を出た。部屋に入ると、すぐにベッドに横になった。軽重力を選択しているので、ベルトに足を引っ掛けて、目を閉じる。
ふぅっと細く息を吐くと、眠りがひそやかに近づいてきた。
何も起こらなければいい。
ただそれだけを思ったが、イアンをはっきりと覚醒させたのは、人が騒ぐ声だった。
(続く)
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