3-2 仕様変更

     ◆


 宇宙ドックジョーカーで、イアンはすぐに現場責任者のデック・ベリル技術大佐と打ち合わせをした。階級に差があるが、まるで年来の友人同士のようになっているのは、技術者同士だからだろう。

 トライセイルの最新版が出来上がっており、実際的な試験も終わり、あとはチャンドラセカルとの同期だけらしい。その動機もシステム上では終わっている。

「もう暴走しないだろうな」

 半分冗談でそう念を押すと、ベリル技術大佐は真面目な顔で言った。

「前とは別物ですよ。あんなことは起きません」

 あんなこと、というのはチャンドラセカルが装備したトライセイルの初号機のことだ。

「冗談だよ、大佐。他の部分は?」

 技術大佐は肩をすくめて、手元の端末の上に立体映像で書類を出した。

「チャンドラセカルは基礎フレームに、さらにフレームを増設して、コンテナを四つ、接続しました。それと、推進装置を、残滓回収型エンジンではなく、既存の安定性の高いフラットな推進装置に変えてあります。現役の戦闘艦が積んでいるような奴です」

 データの上では、推力はわずかに上昇しているようだ。しかし空間ソナーに検出される痕跡は大きい。いざとなれば停止させ、スネーク航行で機動することが想定されている。

「燃費は?」

「問題になりません。循環器を積み替えたので」

 次の書類が表示される。複数の図が描かれていて、素人には何の図かわからないだろう。

「これは、二連複流型循環器じゃないか。私が聞いているのとは違う」

「つい一週間前に送られてきて、三日、不眠不休でセッティングしました」

 イアンは腕を組んでため息を吐いた。

 以前のチャンドラセカルの循環器では超長時間の航行では不安がある、ということで、新規開発ではない、実績のある、頑丈は循環器に積み替えることになっていた。

 そのために機関部はデザインをやり直し、大工事の中心にもなった。

 それが今更、また変えるとは。

「ご心配なく、中佐。きっちりと箱に収まるように、いじってあります」

「下手にいじられると、事故が怖いな」

 そう答えながら、新型の循環器のデータをチェックした。

 燃料液の循環を工夫することで、大きさは変わらないが出力は三割上がるとある。循環器という装置がその大きさと出力が比例することを考えると、驚くべき向上だった。

 ただ運用にはテクニックが必要だろう。コウドウ中尉も実際にいじったことはないはずだ。

「取扱説明書はこちらです」

 次の書類には、びっしりと説明書きがある。これは読み込むのに一晩はかかりそうだ。

「ヨシノ艦長には私から説明しておく。このテキストを、コウドウ中尉にも見せてやってくれ」

「僕の部下がすでにコウドウ中尉を実物の方へ連れて行っています。殴り倒されるかもしれない、と思っていますが」

「それくらいは多めに見てやってくれ。なにせ、不愉快なサプライズだからな」

 しかしですね、とベリル技術大佐は悪びれるようでもない。

「二連複流型循環器は最大出力も高いですが、それよりも一定の出力で粘り強く運転し続けるのにも向いてます。不具合も少ないだろうし、部品の交換も最低限で済みます。これは長旅には最適だと思いますよ」

 いざという時、故障した部品を交換しようにも、新規の装備をそう簡単に修理だの部品交換だのできるものか。作業員の習熟が必要だろう。

 そう言おうとすると、さっとベリル技術大佐が身振りで遮る。

「中佐が言いたいことはわかります。こちらでレプリカを用意してあります。本物同然の奴です。チャンドラセカルの機関部員はそれで構造を熟知すればいい。今からでもいいですよ」

 思わずため息を吐き、イアンは携帯端末を取り出すと、コウドウ中尉に機関部員を集めて今、イアンがいる第二係留装置の上へ来るようにメッセージを送った。

「それで、他に何か変わったか?」

「中佐がカイロへ向かう前と変わったのは、循環器くらいのもので、他はおおよそ計画通りです。再生産装置も最新のものが届いたので、それを組み込みました。交換部品も届いています」

 他にも細々とした確認をしているうちに、チャンドラセカルの方から十人ほどが宙を横切ってやってくるのが見えた。

 先頭にいるのはコウドウ中尉で、ヒゲで半分が覆われていても、顔がこわばっている。

「酷いんですよ、大佐」

 そのコウドウ中尉の背後にいる作業員が、ベリル技術大佐に情けない声を出す。その頬が腫れ上がっていた。

「いきなり殴ってくるなんて、野蛮人じゃないんだから」

「おもちゃをいじっているわけじゃないんだぞ、小僧」

 コウドウ中尉が低い、トゲトゲしい声で言う。

「車のおもちゃのモーターを変えるような気分で、軍艦の機関部を積み替える奴があるか」

 コウドウ中尉についてきている彼の部下は、笑ったり、作業員に同情したり、様々だ。

 そんなチャンドラセカルの機関部員を見回して、イアンはベリル技術大佐から聞いた、二連複流型循環器のレプリカの話をした。その途端、彼らは真面目な表情になり、瞳の色が変わる。

 好きなようにバラしたり組み立てたりして、習熟するように。

 そう言うと、全員が一斉に頷き、案内する作業員とともに去っていった。

「二連複流型循環器の噂くらいは聞いていただろう、中尉」

 最後まで残ったコウドウ中尉は、その言葉に顔をしかめている。

「おおよそは知っている技術だがな、新規の構造もある。正直、老骨が新しい技術を身につけるのは、手間がかかると思ったよ」

「なら、誰かに引き継いで、艦を降りるか?」

 まさか、とコウドウ中尉が足場を蹴り、無重力空間を離れていく。空中で器用に、身を捻る。

 不敵な表情が見えた。

「この任務は最後を飾るにはふさわしいと思っているよ。俺はしばらく奴らとレプリカをいじる。邪魔しないようにヨシノ艦長に言っておいてくれ」

 そんな言葉を残し、コウドウは部下たちが消えていく方へ素早く宙を泳いで行った。

「中佐、その」

 残っているベリル技術大佐が、控えめな口調で言った。

「コウドウ中尉もですが、軍に残っていただけませんか。任務が終わったら、ということですが」

 イアンは聞こえないふりをして、新しいチャンドラセカルのデータがまとめられた書類に目を向けた。

「中佐」

「身の振り方は、自分で決めるよ」

 最低限の返答で技術大佐を黙らせ、イアンは今度こそ書類に集中した。




(続く)

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