2-8 次なる任務

     ◆


 チャンドラセカルの管理官が集まり、ヨシノは一度、咳払いをした。

「みなさんにはすでに把握してもらっていますが、新しい任務です」

 オットー准尉、インストン准尉、オーハイネ少尉、ヘンリエッタ准尉、コウドウ中尉、そしてイアン中佐。

 全員が表情を引き締めている。

「チャンドラセカルは、土星勢力に接触したのち、海王星へ向かいます。そこで通信を絶っている民間の調査施設の実態を把握する、というのが表向きの姿勢ですが、実際は違います」

 ヨシノは全員の顔をゆっくりと見回した。

「僕たちは、独立派の実態についての調査を行うのが、任務です。彼らが唐突に脱走を始め、地球からはるかに遠ざかっていくのには、何かしらの公算があるのは間違いありません。なにせ、水も食料も空気もないのでは、生きていけませんから」

「実際に遭遇したら、対話を試みる、と計画書にはありましたが」

 まず最初の疑問を、イアン中佐が指摘した。

 その通りです、とヨシノは頷いて見せる。

「僕たちは戦うことを目的に赴くわけではありません。ただ、理解するためだけに、彼らを探します。もっとも、戦闘になっても僕たちは単艦ですから、戦力的に勝利する可能性はありません」

 イアン中佐が腕を組んで、小さく唸った。

「対話して、どうなる」

 コウドウ中尉が低い声で言う。

「連中は連邦と今更、関わりたいとも思わんだろう。自由になったんだ。好きなところへ好きなだけ向かう、ということにならないか」

「僕の推測ですが、今も独立派はどこかから補給を受けています。それが土星なのか、それとも別の拠点か、それを知るだけでも大きな意味があります。ただ、仮に補給を受けていても、それを絶つことはしません。本当に、対話が目的なんですよ、コウドウさん」

 人がいいことだな、とコウドウ中尉は皮肉げなことを言ったが、否定的でもないようだ。

 他に誰も発言しないので、ヨシノは話を先へ進めた。

「チャンドラセカルの改良はおおよそ終わっています。超長距離の航行を前提として、さらに物資をより多く積めるようにもしてあります。イアン中佐、データを示せますか」

 イアン中佐が映像投射装置で、新しいチャンドラセカルの外観を立体映像で表示させた。

 フォルムが少し膨らんで見えるのは、推進装置を積み替えたことと、増設されたコンテナによる変化だ。

「最長で五年ほどの航行が前提にされていて、データの上では問題はないはずです」

 イアン中佐が解説する。

「コンテナには生命維持に必要な物資と、交換する必要が出るだろう機械部品が積まれます。それと、再生産装置の大型なものが新たに組み込まれました。おそらくこれで不自由なく、旅ができます」

 旅、という表現に場が少し和んだ。

 しかし、まさに旅という感じだ。

 果てない距離を行く旅だ。

「誰か質問は?」

「ひとつだけ」

 そうオーハイネ少尉が挙手した。どうぞ、とヨシノが促すとオーハイネ少尉はわざとらしく渋面を作った。

「乗組員を減らすのは、どうするのですか。俺たちからも、一応、名簿は作りましたが」

「それは」

 無意識に胸の内に痛みが生じるのを感じながら、ヨシノは答えた。

「僕が判断します。しかし、一割は削減するべきだというのは変わりません」

「管理官は名簿の提出だけでいいのですか?」

「艦長の責任です。任せてください」

 ヨシノの方を、全員が不安そうに見るので、ヨシノはわざと笑みを作って見せた。

「そのくらいの責任は背負えます。安心してください、そんな顔はせず」

 そうですね、とオーハイネ少尉は頷き、しかし名簿は提出します、と続けた。他の管理官たちも頷いている。

 会議は細かなことが確認され、明日にでも乗組員を宇宙ドックジョーカーへ向かわせることが決まった。

 解散になり、ヨシノはイアン中佐といくつかの事情を確認した。

 チャンドラセカルの性能変化装甲のバランスに関するもので、これは改修が行われる前から、コウドウ中尉も混ざって議論したことだった。

 戦闘を前提にしない以上、ルークモード、ミラーモードはそれほど必要ないのでは、とヨシノは主張していた。その性能を犠牲にする代わりに、より耐久性を上げられないか、と考えたのだ。

 しかしそれは高望みで、実際的な開発が間に合っていない。

 現在の性能変化装甲で誤魔化すしかなく、バランスの調整で耐久性を底上げするよりないのだった。

 イアン中佐が示したデータを見る限り、現実的な数値で、それでも問題はなさそうだった。

「さすがに今回ばかりは、いざという時に逃げ込める場所がありませんので」

 姿を消すことで何も解決しない、という意図でだろう、イアン中佐が苦り切った声でそういうのに、ヨシノは頷いて見せた。

「決死、とまではいかなくても、難しい任務です」

「艦長は、本当に対話だけでうまくいくとお考えですか?」

 そうですね、と思わずヨシノは天井を見上げた。

「うまくいくとは思います。ただ、絶対は何事にもありませんね。そうでしょう? イアンさん」

「私もどうやら、不安になっているらしい」

 苦笑する副長に、ヨシノは「僕もですよ」とすぐに応じた。

「不安にならない人はいないでしょう。ただ不安なのは、あるいは僕たちよりも、連邦なのかもしれないです。こんな任務を行ってまで、敵を知ろうとする。連邦もまた、動揺しています」

 イアン中佐は無言でじっとヨシノを見ている。

 ヨシノもそれに視線を返すが、どちらも何も言わなかった。

「仕事ですよ、イアンさん」

 空気、話題の流れを区切るようにそうヨシノが言うと、因果なものです、とイアン中佐は小さく答えた。

 とにかくは、まだ準備が終わっていない。

 ヨシノにとって身を切られるようなことが、まだ残っているのだ。

 乗組員を、選ばなければいけない。



(第2話 了)

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