2-7 休暇は終わり

     ◆


 地球から管理艦隊が差し向けていた高速船に乗り換え、一路、木星へ向かった。

 地球の宇宙空港でオーハイネ少尉とアンナ少尉が合流して、二人はあまりにもヨシノの方についてきていた乗組員たちが青い顔をしているからだろう、不思議そうにしていた。 

 軍が運用する船なので、ちゃんとした超長距離通信の設備がある。リアルタイムでは通信できなくても、テキストを送ることはできる。

 ヨシノは小型端末でハッキネン大将と話した内容について、短いレポートを書いて、直接、エイプリル中将へ送った。

 誰かを介してもよかったが、今は統合本部がおそらく、管理艦隊への監視を強化している。

 管理艦隊と共同歩調を取るからこそ、足元をすくわれないように気を尖らせているはずだ。

 だからエイプリル中将への通信にもこっそりと覗き見る目があるはずで、テキスト自体は暗号化したがそれを破ることも考えられた。

 一応、露見しても問題ない程度の内容である。下手に隠そうとすると、余計に疑われるだけだ。

 高速船の中で一ヶ月半ほど、のんびりと過ごすことができた。まったくの自由なので、軽い運動をしたり、本を読んだり、雑談をしたりしたが、オーハイネ少尉とアンナ少尉の旅行の内容が一番、面白かった。

 ヨーロッパからアフリカ、南米、北米、と回ったという話だった。

 オーハイネ少尉が管理艦隊の元に残っているコウドウ中尉への土産だと言って、よくわからない文字のラベルが貼られた酒瓶を出した時は、さすがにその場にいた全員が表情を引きつらせたので、ヨシノは思わず吹き出していた。

 彼らは旅館で過ごす最後の夜、本当にアルコール類の全てを飲み尽くしたので、もう見たくもないようだ。

 そうこうしているうちに、エイプリル中将からのテキストでの返信があり、それはやはり、当たり障りのない内容である。

 ハッキネン大将の件に関しては直に話を聞きたいので、カイロへ寄り道するように、とあった。他には新しい任務に関して、より具体的な計画書が出来上がったからそれを送る、とあり、添付されたファイルがそれだ。

 小型端末でそれを読んで、三日をかけて繰り返し熟読し、曖昧な部分、問題になりそうな部分を考え、管理艦隊の方で検討して欲しいことをリストアップした。

 それをまたテキストとして送り、返信を待つ。

 そんなことをしていると、あっという間に日が過ぎた。

 ヨシノは狭いトレーニングルームでランニングマシンで歩きながら、体が完全に元に戻ったことと、気分も比較的リフレッシュされているのを確認した。

 トレーニング器具が置かれた部屋の隅では、いつでも手を貸せるようにヘンリエッタ准尉が見守っているが、ここのところは本などを読んでもいる。集中できないだろうな、と少し申し訳ない。

 ちなみにヨシノが持ち歩いている一世紀近く前に発表された小説の、紙の本だった。意外に貴重品で、価値がある。

 ヨシノが動きを止めて装置を降りると、ヘンリエッタ准尉がすぐに水の入ったボトルを投げてくる。無重力ではないので、ボトルの動きは早い。素早く掴み止めて、中身を一口、飲んだ。

「もう、休暇も終わりですね」

 ヘンリエッタ准尉が本を閉じ、感慨深そうに言った。

「戻ったらすぐに次の任務なんですよね。なにか、不安になりますね」

 珍しく弱気なことを言うヘンリエッタ准尉に、ヨシノは首にかけていたタオルで額、あご、首元とぬぐいながら、どう答えるべきか、少し考えた。

「まぁ、任務は任務です。終わればまた、戻ってくることができます」

「でも、何が起こるかなんて、わからないじゃないですか」

「そんなことを言ったら、今、この船が急にバラバラになるかもしれない」

 不吉なことを、とヘンリエッタ准尉が顔をしかめる。

 ヨシノは笑いながら、行きましょうとヘンリエッタの手を取った。

 ホールデン級宇宙基地カイロに到着したのは、それから数日後で、すでにチャンドラセカルの管理官は全員がそこに揃っていた。

 イアン中佐とコウドウ中尉は宇宙ドックを現場の技術者に任せてきた形で、しかしすでにおおよそは作業が完了しているようだ。

 一応は会議という形で、ヨシノの号令で全員が広い大会議室に集まったが、休暇の感想などをやり取りして、そんな懇親会のような形のまま会議室を確保していた時間が終わってしまった。

 ヨシノが気を利かせたのだが、イアン中佐は小言こそ言わないが露骨に不機嫌だった。ともかく翌日にもう一度、集まることになったのだった。

 次に会議室を使う軍人たちと入れ違いになり、ヨシノはイアン中佐とヘンリエッタ准尉に断って、一人でエイプリル中将の執務室へ向かった。

 クラウン少将のこともあるのだろう、部屋に入る前に中将の副官に拳銃を手渡すように言われた。クラウン少将が殺された時、副官は女性兵士に誘い出されていた。エイプリル中将の副官は、そんな浮ついたところはなさそうだ、となんとなく考えた。

 執務室へ入ると、エイプリル中将はデスクで端末を操作していた。そこから視線を上げ、端末をスリープさせる手の動きをした。

「戻ってきたか、大佐。胸の傷はどうだ。痛むか」

「いえ、痛みもありません。ご心配をおかけしました」

 うん、とエイプリル中将が頷き、ヨシノに「ハッキネン大将のことだが」とすぐに本題を切り出した。

 ヨシノはそれから、エイプリル中将と三十分ほど話をした。

 思ったよりも管理艦隊は統合本部と接近し、統合本部は活発に動いている。

 ヨシノの懸念と同じものを、エイプリル中将も抱いているようだった。

 連邦宇宙軍の中でも、近衛艦隊が弱体化するのは好ましくないが、しかし今、絶対に連邦に従うという艦隊は、第〇艦隊しかない。

 それに連邦宇宙軍全体に再編の動きがあり、それには火星駐屯軍も、そして当然、管理艦隊も含まれる。

 どうやらノイマンが統合本部の意図を汲んだ作戦の最中らしい。ケーニッヒ少佐の存在が大きいのだろう。

「この件は、流動的だ。ヨシノ大佐、きみにはチャンドラセカルの任務に集中してもらう」

「了解しました」

 ヨシノは直立し、敬礼した時にはもう頭の中を権力争いではない別のことに切り替えた。

 任務なのだ。

 それも、重要と言っていい任務である。



(続く)

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