7-6 強さの形
◆
非支配宙域に戻る前に、いくつかの情報が入ってきた。
まず近衛艦隊は再編され、全部で五個艦隊が主力となり、そこに属さない艦船が予備艦隊という位置づけに変わった。
中核になるのは第〇艦隊だが、近衛艦隊司令官が退役し、代わりにハッキネン大将がその座についた。今のところ、階級に変化がないが、元帥に上がるかもしれない。
管理艦隊はといえば、総司令部の肝いりで、最新鋭艦が八隻、新しく配備されるのが正式に決定された。統合本部は陰に隠れた形だが、管理艦隊との貸し借りは残っている。
新造艦は工廠を担う軍事目的の人造衛星で建造が急ピッチで行われ、組み上げられているようだが、クリスティナにはどういう性能かは、数値でしかわからない。
それなりに高水準の戦力になりそうだが、まだ乗組員が確保されていないのも気になる。
管理艦隊司令部は、その創設時と同様、連邦宇宙軍から志願者を募るようだが、クリスティナの感触では、新しくできた近衛艦隊予備艦隊に配属されている兵士たちが、志願しそうだった。
能力の有無よりも、その思想が気になった。
場合によっては統合本部の息のかかったものが、紛れて入ってくるかもしれない。
ケーニッヒ少佐に確認したこと、統合本部による管理艦隊への工作は、クリスティナの中に根深く残っている懸念である。
管理艦隊も内部から崩される可能性がある、と思わずにはいられないでいた。何かしらの思想を蔓延させ、それが臨界を迎えるという時、そっと背中を押すような行動を取る。それで済むのだ。
たったそれだけで管理艦隊の一角が崩れる。
ありえないこと、とは思いきれなかった。
実際、近衛艦隊はそれで崩れたようなものだ。多分に恣意的なものがあったとはいえ、同様の事態を管理艦隊で起こされては、たまらない。
通信は頻繁に管理艦隊司令部とあり、エイプリル中将はそれほど気にもしていないようだが、回を重ねるごとに、エイプリル中将が幕僚やその部下を活用し、管理艦隊の内部を把握するように努めているのはわかってきた。
ただ、動きがないところで今後の動きを探るのは、難しい。
しかし動き出したところでそれを知るのでは、遅い。動いた、という時は、もう止めようがないということを意味する気がした。
クリスティナは自分でも無意識に気がふさぎ込んでいたのか、音声通信の向こうのエイプリル中将に気を使われた場面が何度かあった。
一度、自分の動揺に思わず笑みを浮かべてしまったが、即座に声を整えて、感情は表さないように注意しながら、さりげなくハッキネン大将のことをエイプリル中将に話してみた。
きみが世間話とは珍しいな、とまずエイプリル中将は言った。
「あの方は、高潔な方だと私も知っているよ、大佐。そして外部からの影響に動じない強さがある。ただ、あれはいわば、硬いという強さだ」
「硬い以外に強さがあるのですか?」
「今の管理艦隊がそれだ。つまり硬いの反対は、柔軟、という強さなのだよ」
硬ければ、衝撃を動じずに跳ね返せるが、限界を超えた衝撃を受ければ、粉々に砕け散る。
柔らかければ、衝撃を受けるたびに形を変えるが、引きちぎれるまでは輪郭を保ち続けられる、かもしれない。
「大佐、高潔でいようとするのは、悪いことではない。実はきみはあの方と共鳴するとも踏んでいた。だからこそ第〇艦隊は演習相手に含まなかった」
「騒動が始まれば、私が接触することは予想できたのではないですか」
「当然だ。だから必要以上の接触がない計画になった」
どこまでも誰かが筋道を立ててるようで、クリスティナは薄寒い感じを受け、居心地が悪くなった。
通信の向こうでは、エイプリル中将が笑っている。
「もしかしたらきみも艦隊を指揮する立場になるかもしれない。その時に、ハッキネン大将のことを思い出すといい。きみがハッキネン大将のようになるか、別の立場を選ぶことになるか、それはきみが決めることだ。私はもう、その時にはいないだろう」
弱気な発言ではなく、いつの間にかエイプリル中将も歳を重ねているのだ。
全てが時間の流れの中で、新陳代謝を続けている。
管理艦隊の性質がいつまでも変わらない、という発想をエイプリル中将は否定したいのかもしれない、とクリスティナはその時、考えた。
非支配宙域で通常航行へ戻り、派遣艦隊は揃ってホールデン級宇宙基地カイロの周囲に集結した。クリスティナはケーニッヒ少佐とともに連絡艇でカイロに移った。
報告会の会議室に着く前から、他の艦の指揮官たちと顔を合わせると笑いあい、握手をするのが続いた。実戦の場を切り抜けたことを祝うのと同時に、開放感からそんなことをしてしまう。
クリスティナもまさにそんな気持ちで、他の艦の艦長たちと言葉を交わした。
会議室に全員が揃い、エイプリル中将がリン少将と士官の参謀数人を伴って入ってきた。
「では、まずは総合的に報告を。細部についてはこちらから質問します」
参謀の大佐がそう言って、検討会が始まった。
立ち上がった派遣艦隊指揮官の大佐が、どこか誇らしげに説明を始める。エイプリル中将は途中から目を閉じ、腕を組んで聞いていた。
その報告が終わり、それからリン少将の部下の参謀たちが質問を始める。
その質問があまりにも細部にこだわるからだろう、艦長とその副官たちからは不平のようなものが雰囲気として滲み出したが、誰も文句を言わずに、丁寧に答えていった。
最後まで、エイプリル中将は口を閉じていて、最後の最後に「ご苦労だった」とだけ言った。
(続く)
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